164 彼の罪
ここまで話を聞いたところで、ふと、ミノムシさんのことに一切触れられていないことに気が付いた。
「(さて、それでは本題のあの男がやらかしたルール違反についてお話したします)」
にゃんこさんに釣られて見てみると、ミノムシさんは相変わらず周囲に集まったプレイヤーたちとやいのやいのと言い合っているようだった。
「(……罰の内容は変更を含めて再考するように上の者に伝えておきます)」
「(えっと、はい。お任せいたしますです)」
にこやかなお顔だけど、声が微妙に苛立っておられますですよ!
こういう時には逆らっちゃいけません!
全部丸投げで好きに料理してもらって構わないので、ボクにだけ見えるようにこっそりと血管が浮き出た怒りエフェクトを表示するのは止めてください!
それと、反省はしているようだし、罰としてのネタ提供も頑張ってこなしているようだが、本人も含めて集まっている人たち皆が楽しんでしまっているのはいただけないかも。
こういうことは本人の意識以上に、客観的な目線で見た第三者の意見が重要視される傾向にあるからね。今のミノムシさんの様子だけを見ると、形式だけの謝罪だったと受け止められる可能性も高くなるのだ。
「(はあ。あれの処分は後ほど改めて考えるとしまして……。先も軽くお話ししましたが、リュカリュカさんのメイション到達、つまりは公式イベントへの参加資格をめぐって会議は紛糾しました。中には「他のプレイヤーから特別扱いされてしまってでも参加資格を与えるべきだ」という強硬な手段を訴える者たちもいたのです)」
アウラロウラさん、真面目な話をしている時に超絶に上手い声真似を入れたりするのは止めてください。一瞬、別の人が話に割り込んできたのかと焦ってしまったよ。
「(早い話があの男もそうした強硬派の一人であり、最終決定が出た後もくすぶっていたようなのです)」
そんな折、『毒蝮』たちに勝利し、帰還してきたブラックドラゴンとの会談を終わらせたボクがヴァジュラへと向かうという話が飛び出してくる。
大半の運営の人たちはヴァジュラからの帰還時に『転移門』を利用することでメイションへの移動、すなわち公式イベントへの参加資格を得ることができるだろうと考えていた。
が、ミノムシさんは違った。
これまでのボクのプレイ状況から、想定外の出来事が起きて『転移門』の利用が公式イベント開催に間に合わなくなるかもしれないと思ったのだ。
「(否定できない自分がいる……)」
一応弁明しておくと、どれもこれも巻き込まれたものなんだからね!
……いけない。動揺し過ぎてキャラがおかしくなってますよ。
「(そうですね。ワタクシも事後の釈明でこのことを聞いた時には、思わず納得してしまいそうになりましたから)」
そこは義理でも建前でもいいから、「そんなことはない」と言って欲しいところなのですが……。
ともかく、そうした危惧から彼は絶対にボクが期間内にメイションへとやって来られるように細工を施したのだそうだ。
「(その方法が穏便であれば、ここまでの罰を受けさせることもなかったかもしれないのですが)」
つまりは危険がやばくてピンチな方法だったと。
あー……、今の一言でどんなやり方をしたのかが薄ぼんやりとではあるけれど見えてきた気がする。
「(死に戻りを利用した方法だったんですね)」
ボクの言葉にアウラロウラさんは瞳を閉じてしっかり首を縦に振ったのだった。
VRゲームの売りは、言わずと知れたその『現実にはない現実感』にある。とはいえ、プレイヤーの基本的な部分はリアルによって培われたものであり、ゲームであろうともそれを覆すのはなかなかに難しい。
その中でも代表的なものの一つとして取り上げられるのが、死への恐怖だ。
この問題を詳しく解説していくと、リアルでの生活に悪影響を及ぼすので覆してはいけないだとか、暴力を推奨しているだとか様々な意見が出てきてしまい、ついには終わりのない議論へと発展してしまうのでここでは割愛する。
まあ、簡単に言ってしまうとですね。ミノムシさんはボクがトラウマになって『OAW』を止めてしまうかもしれない方法でもってメイションに連れて来ようとしたという訳だ。
厳しい?罰を受けさせられているはずだよ。例えその方法が上手くいってメイションへとやって来たとしても、最悪プレイ自体を止めてしまう可能性すらあったのだから。
そうなってしまえば当然、イベントにも不参加となるだろうから、参加資格を貰えたとしても全く意味のないものになってしまっていたはずだ。
それに、自画自賛をするつもりはないけれど『テイマーちゃんの冒険日記』は高い人気だと聞いている。これがきっかけになって『OAW』を始めたというプレイヤーだって存在しているのだそうだ。
要するに、運営にとって――全体から見れば微々たるものだけど――今のボクは金の生る木であり、金の卵を産む雌鶏的な存在なのですよ。
それをミノムシさんはどういう理由だったにせよ台無しにしそうになったのだから、他の人たちが激怒してもおかしくはないってものです。
「(相当どころか、とんでもなく絞られたでしょうね)」
「(それはもう、直情の上司から始まってトップまで順番に叱責されていったそうです。さらに同僚からは今でも真っ白な目を向けられ続けていますね)」
それはそれは……。まあ、自業自得というやつだし、迷惑を掛けられた身としては擁護する気にはならないよね。
「(でも、運営内部の人が手引きして死に戻りを狙ったにしては、リザードモールは呆気なく倒されちゃいましたよね)」
「(え?あの、リュカリュカさん。彼が小細工をしていたのは昨日のことになります。それも全てワタクシを含めた他の者たちによって解除されておりますよ)」
……はい?
昨日?
解除済み?
「(ちょっと待ってください。それじゃあ、ボクたちが東の町に到着する手前で遭遇したリザードモールは……)」
「(大変言い辛いのですが、正規の手順に則って出現した魔物ということになります。リュカリュカさんの引きの強さが、また効力を発揮したということですね)」
あははと乾いた笑い声を響かせるアウラロウラさん。
いやいや、そんな物騒な吸引能力を持った覚えは一つもないんですけど!
どうせなら小っちゃくてモフモフで可愛いテイムモンスターと出会える能力が欲しかったよ!




