16 ブラックドラゴン退治
ブラックドラゴンとの膠着状態が始まって既に相当な時間が経っていたにもかかわらず、その行為を止めるための具体的な方法が何も思い付けないままでいた。
そんな中で、事態は新たな展開を迎えることになる。
「チッ!盗人めが……。時間稼ぎをしていたな!」
「え?」
ブラックドラゴンが発したその言葉の意味を理解するよりも先に、たくさんの靴の鳴る音が聞こえてきたのだ。
そしてあっという間に百を超える人々によってボクとブラックドラゴンは包囲されることとなった。同じような装備に身を包んでいるところを見ると、クンビーラの騎士たちといったところじゃないかと思う。
「じょ、嬢ちゃん!?」
「衛兵さん?」
素っ頓狂な、でも聞き覚えのある声がした方を見ると、城門のところでボクとおじさんの応対をしてくれた衛兵さんが、ボクと同じく驚いた顔をしていた。
「やはり仲間が来るのを待っていたか」
しまった!ボクたちのやり取りを見て、ブラックドラゴンの敵意が上昇している。
「その姿から察するにこの街を支配する側の連中だな……。ということは、幼子をさらったのはこの地の人間の総意ということか!」
しかも勝手な設定を付け足し始めているから始末に負えない。
「いやいや、その考えはおかしい!」
「うるさいぞ、盗人!やはり人間は信用ならん!この地にいる全ての人間を根絶やしにせねば!」
そう言うとこれ以上の問答は不要とばかりに、いきなりその口の端から炎を漏らし始めた。
「まずはこの街を灰塵へと変えてやろうぞ!」
「なあっ!?ブレスでクンビーラを壊滅させるつもりなのか!?」
騎士たちの誰かが叫ぶ。
ブレス攻撃。ドラゴンが持つ最大最強の技。体内で精錬され魔力を込めて吐き出されるそれは、触れるもの全てを破壊し尽くすと言われている。
そんな最終兵器がボクへ、そしてクンビーラに向かって放たれようとしている。
正直に言って、その時の気持ちを正確に思い出す事はできない。
ただ、ゲームだとかなんだとかそういうことは関係なく、こんな理不尽がまかり通って良いはずはないと、そんなことを考えていた気がする。
「ダメーーーーーー!!!!」
そしてできたことはと言えばそうやって叫ぶことだけ。何とも後味が悪く、だけれども呆気なくボクの最初の冒険は終わりを告げることになる。
……はずだった。
思いっきり叫んだその瞬間、ボクの腕の中から一筋の光が破壊の黒龍へと走って行った。
「自力で脱出するとは、さすがは我らが血を継ぐ幼子よ。今、全てを終わらせるから少し離れているのだ、ぞ!?」
ブラックドラゴンが言い終わらない間に、黒竜の顔の真下へと辿り着いていた一陣の光、つまりエッ君は次の行動に出ていた。
ぐっと脚や尻尾に力を溜めたかと思うと、そのまま真上に飛び上がったのだ!
「ごぼほおっ!?」
想像もしていなかった下からの体当たり攻撃に、ブラックドラゴンの頭が真上を向く。
そして――、
「ぶっふぉおああああああ!!!!」
クンビーラに牙をむく瞬間を今か今かと待ち構えていた破滅の極炎が、空の彼方へと解き放たれて行ったのだった。
「エッ君!」
突然の出来事に呆けていたのも束の間、やり切った感満載で地面に転がるエッ君を見て、ボクは急いで彼の元に駆け寄っていった。
「エッ君。エッ君……」
すぐ近くにブラックドラゴンがいるけど、そんなことは関係ない。今は大切なこの子の容体を確かめることが一番だ。
「エッ君、大丈夫?」
話しかけると、彼は弱々しいながらも頑張ったと胸を張る。
「うん。頑張ったね。エッ君のお陰で誰も傷つかずにすんだよ」
もしもあの攻撃が間に合わなかったら、クンビーラは確実に世界から姿を消していたことだろう。
そう考えると今さらながらにゾッとする。そしてそんな危険へとエッ君を一人で行かせてしまったことにも。
「でも、もうあんなことは絶対にしないで。皆が助かってもエッ君がいなくなったら意味がないんだからね!」
抱き上げて目線?を合わせて、今度は絶対に許さないと言い含める。
どんなに価値があったとしても、自己犠牲なんてボクは認めないのだ。
「うぐぐぐ……。幼子よ、なぜ邪魔をしたのだ……?」
そんなボクたちに無粋な声がかけられる。言わずと知れたブラックドラゴンだ。
エッ君の攻撃を受けたことで自身のブレスによってダメージを受けていたように見えたのだけど、治癒能力が高いのか、それとも回復魔法を使ったのか、既に話せるまでに回復していた。
「なぜ?あなたの非道な行いを許せなかったからに決まっているでしょう!」
エッ君に代わって彼の想いをぶつけてやる。
「うぬぬ……。幼子ゆえ崇高な理が分からぬのか」
カッチーン!
「崇高?人の話も聞こうとしないで自分勝手に振る舞っていただけのくせに!」
「ふん!人間のような矮小な者どもの言葉など聞く必要などない。そもそもお前が幼子を連れ去らなければ――」
「それが間違いだって言ってるんだこのバカー!!」
「ぐおっはあ!?」
ボクの感情の高まりに感応して、再びブラックドラゴンの頭へと突進するエッ君。
さっきのがアッパーカットだとすれば、今度のは綺麗に入った右ストレートとでもいう感じだろうか。対格差が数百倍はありそうなのに、頭や首だけでなく大きな体ごと後方へと吹き飛んでひっくり返ってしまった。
「ドラゴンを吹き飛ばしただと?」
「お、おい!あのお嬢さんは一体何者なんだ!?」
「わ、私も城門で街へ入る際の応対をしただけですので、何とも……。ただ、冒険者になるためにやって来たと言っておりましたが」
衛兵さんたちが何か気になることを話していたけど、こっちを先に何とかしないと。
「ぐぐぐ……。おのれ人間め、幼子を操るとは何たる外道」
ブラックドラゴンの言葉にボクは怒りよりも先に呆れてしまった。
「あなたは本当に自分が見たいことしか見えていないんだね……。仕方がない、あまりこの手は使いたくなかったんだけど……」
「う……、今度は何をするつもりだ……」
エッ君にふっ飛ばされたことがようやく効いてきたようだ。
ちなみにこれ、ただ単にもったい付けているだけ。こちらのペースに引き込むための、里っちゃん直伝の話術その一だ。
「そんなに怖がらないでも大丈夫だよ。ボクと一勝負してもらうだけだから」
「一勝負だと……?」
「その通り。……まさか、偉大なドラゴンが拒否したりしないよね?」
「当然だ!矮小な人との違いを思い知らせてやろうぞ!」
クロオオトカゲが釣れましたー。
次回投稿は本日夕方18:00の予定です。




