159 彼女が動けば……
『異次元都市メイション』は、プレイヤーの交流の場として作られた街であり、その名の通り異次元、つまり『OAW』本編の世界とは別領域にある、ということになっている。
一応、各プレイヤーのワールドである本編側にもその存在は知らされているのだけれど、その扱いは神隠しだとか幻の理想郷だとかに近いものがあるね。
だから、この場所のことをどうするのかは各プレイヤー次第とされている。大々的に広めるも良し、自分だけの特権として秘密にするも良しといった具合だ。
極端な話、メイションで装備品やアイテムを仕入れて本編側で売りさばくということだってできてしまう。ただしメイションから持ち出した物品は、プレイヤーからNPCに所有権が移った時点でそれぞれの世界に応じた品質へと変化してしまうようになっている。
そのため話しの進め方によっては、騙そうとしたと思われることもあるのだとか。まあ、そうそう楽して儲けることはできないようになっている、ということだね。
それはともかく、今のボクにとって重要な設定がある。
それは「メイションにいる間、本編のワールドは停止した状態である」ということだ。
「ですから、仲間たちが暴走してしまうような事はありませんのでご安心ください」
アウラロウラさんから告げられて、ようやくホッと息を吐くことができたのでした。
ちなみに、メイションへとやって来るための条件は『転移門』を使用することだった。
「なるほど。そういうカラクリだったんですか。てっきりまた良く分からないランダムイベントでも発生しちゃったのかなと思ってました」
「ああ……。リュカリュカさんの場合はそう考えてしまっても仕方がないですね……」
この情報は掲示板やまとめサイトなどでも公開されていて、早い人ならゲームを開始したその日の内に到着することもあるのだとか。
この辺に対する運営側のスタンスとしては、「そうした情報を率先して得るかどうかは各プレイヤーに委ねられていることですから、基本的には口を出すつもりはありません」というものなのだそうだ。
ただ、メイションに関してはゲームへの没入防止策の一環という部分がありそうなので、あえて情報を拡散させている可能性もありそう。
条件自体も簡単なものだしね。
まあ、ボクとしてはこちらの遊び方に口を出してこないのであれば問題なしという感じになるだろうか。せっかく臨場感に溢れた世界なのだから、できるだけ先入観なく進めていきたいところだ。
「ですが、本当に間に合って良かったです」
多分それは聞かせるつもりなど全くなかったのだと思う。
だから本当は聞かなかったことにするのが正解だったのだろうけれど……。
ぽつりと呟かれたその言葉に、先ほどのボクとは比べ物にならないくらいの安堵が込もっているように感じられてしまい、つい聞き返してしまったのだった。
「えっと、どういうことですか?」
途端に「しまった!」という表情になるアウラロウラさん。ううむ。にゃんこのお顔だとは思えない多彩な表情だ。どんだけ拘っているのかと担当者を問い質したくなるね。
しばらく視線をあちらこちらへとさ迷わせていた猫さんだが、こちらが質問を撤回しそうにもないと悟ったのか、諦めたように大きくため息を吐いたのだった。
「私の一存では返事をしかねますので、少々お待ちください……」
そう言ってフリーズするアウラロウラさんだったのだが、いきなり蝋人形か何かのようにピクリとも動かなくなってしまったので、はっきり言ってかなり怖いです。
ぱっちりと目が開いたままになっているのは、折悪くなのかそれとも狙ってやったことなのか……。
周りにいたプレイヤーの皆さまも全員ドン引きしておりますぜ。
加えて、訪れた途端に運営の人間――いや、正確に言うとアウラロウラさんは人工知能ということになるんだろうけれど――に声を掛けられたということで、ボクの方も何やら怪しまれてしまっているもよう。
今の状況だと「大丈夫ですよー。怖くないよー」と言っても、「思いっきり怪しいし!」と突っ込まれるのがオチだろう。
ううん。突っ込んでくれるならまだ良い方で、最悪の場合、無言で胡乱な目になってしまうということもあり得る。
ファーストコンタクトの成否は後々にまで影響してくることが多いから、なんとか無難にやり過ごしたいところなのですが……。いきなり難易度が急上昇している気がする!
例えるなら障害物競走をしているはずが、一人だけハードルではなく棒高跳びのバーを越えろと無茶振りされているようなものだ。
……ごめん。ちょっと盛り過ぎました。
まあ、ボクの気分的にはそのくらいだったと思って下さい。
うーん……。見知らぬ街でいきなり一人にされてしまって、自分で思っている以上に混乱している?
なんだか思考がとっ散らかって収まりがつかない感じだ。
「お待たせしました」
どうしましょう?と悩んでいるところに、頼れる猫さんが帰還して来てくれました。
「あ、お帰りなさい。……どうなりました?」
「どうせ目にすることになるのだろうから、先にワタクシ共からお伝えしておく方が良いだろうということになりました。という訳でこちらへどうぞ」
できているようでできていない説明の後、彼女の誘導に従って広場を抜けて街の奥へと向かう。そんなボクたちの後ろには何故か他のプレイヤーたちがぞろぞろとついて来ていた。
ちらりと視線だけを飛ばして見てみると、「何が起きるんだろう?」とワクワクしているようだ。
完全に突発的な娯楽扱いされているよ。まあ、逆の立場なら似たような事をしたかもしれないので、直接的な迷惑を被らない限りは強くは出られないかな。
ところが、その考えが甘かったと直後に思い知らされることになった。
それというのもアウラロウラさんに連れられて歩いていたのが大通りで、装備品から回復アイテム等各種消耗品などなどを売りに出している露店がずらりと並んでいたこともあってか、たくさんの人目を引いてしまったのだ。
そのためか行列が気になったプレイヤーの人たちがさらに追加されるという流れになってしまい……。
気が付くと某お話の笛吹きのように、大勢を引き連れて進むということになってしまったのだった。
「リュカリュカさんといると、本当に様々なことが起きて退屈しませんね」
アウラロウラさん?選択された言葉だけ見れば誉めているようにも思えますけど、それって実際は呆れているだけですよね!?




