158 特別な街
気が付くと不思議な場所にいた。
壁も天井もなく柱と梁だけなので、建物と呼べるのかどうかは微妙なところかもしれない。そんなおかしな空間のちょうど真ん中にボクは立っていたのだった。
正面には広い道があり、その先には噴水が据えられた広場へと繋がっているようだ。
「ここ、どこなんだろう?」
その街を一言で言い表すとするならば、『異質』だろうか。
どこか近未来的なSFチックな様式の景観であり、到着するはずだったクンビーラとも、さっきまでいたはずの東の町ともことなっていたのだ。もちろんリアルの街並みともかけ離れている。
まあ、ボクの行動範囲なんてどちらの世界でもたかが知れているから、単に似通った場所を知らないだけという可能性は否定できないところではあるね。
なにせ『OAW』を始めてから二カ月も経ってからようやくクンビーラを離れたくらいだもの。
おっと、ボクがのんびり屋さんかもしれない疑惑はこの際どうでもよろしい。問題なのは今目の前に広がっている状況の方だ。
「うーん……。まさか一日の間に、二回も知らないお空の下に出てくることになるとは思わなかったわね」
しかも今回は一人ぼっちのようなので、知恵袋なおじいちゃんたちに教わることもできやしないときている。移動前に発動させていたはずの〔警戒〕技能がさっぱり仕事をしていないことや、開いたメニュー画面にログアウトの文字が問題なく表示されているままなので、安全圏である事だけは確かなようだけど。
幸いにも天気は晴れ。天井のない上部を見上げてみれば、青い空にぷかりぷかりと白い雲かいくつか浮かんでいた。
太陽の方はというと少し傾いていて、建物の陰に隠れているみたい。移動前とは少し違っているところを考えると、リアルの時間と連動しているのかな?
とりあえず動くことに支障はない。道に迷ってしまうかもしれないが、この時点で既に迷子になっているようなものなのだから今さらな話だよね。
道の先の広場の方に人影が見えているので、まずはそこまで行ってみるとしましょうか。
そう考えて建物――壁も天井もないけど――から一歩外に出た瞬間、再び景色が変わっていた。
「うえっ!?……ここ、さっきの場所から見えていた広場!?」
振り返ってみると、その広さの割に人通りのない殺風景な道があり、その突き当りに先ほどまでいたのであろう建物がぽつんと建っていたのだった。
なんといつの間にボクは瞬間移動という高等技術を身に着けていたのか!?
……もちろんそんなはずもなく、元々そういう仕様になっていたというだけのことなのだろうけれど。
直接広場に現れないようになっていたのは、街の遠景を見せるためだったのか、はたまた転移者に落ち着く時間を与えるためだったのかもしれない。
後者であったのならば、ボクにはまったく意味がなかったと言わざるを得ないけれどね。
大きな声を出してしまった上にきょろきょろと当たりを見回したり、背後を振り返ったりと挙動不審な動きをしてしまったからか、近くにいた人たちから思いっきり奇異なものを見るような視線を向けられてしまっておりますのことよ。
この場所について情報収集を兼ねていくつか聞いてみたかったのだけど、まともに答えてもらえるのかな?
だけど、いつまでもまごまごとしていられない。リアルに戻されたならまだしも、ゲーム内であるならば、こうしている間にも同じように時間が経過しているかもしれないのだ。
経験豊富なおじいちゃんやゾイさんたちなら、すぐに似たような症例などを思い出して取り乱すようなことはないだろう。
が、うちの子たち二人は話が別だ。
特にエッ君がパニックを起こしてしまい、周りの制止を振り切って〔不完全ブレス〕なんて使ってしまった日には、クンビーラや東の町にどれだけの被害が出るか分かったものじゃない。
最悪の未来を想像してしまい、ぶるりと体が震える。急いでみんなに合流しないと、とんでもないことが起きてしまうかもしれない!?
「ああ、良かった。無事イベントが始まるより前にやって来られたようですね」
そんな風に危機感を抱いていると、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
急いで内向きだった意識を外へと向けると、そこには見知ったにゃんこさんが二足歩行でこちらへと近付いて来ているところだった。
「ほえ?もしかしてアウラロウラさんですか?」
「はい。もしかしなくてもワタクシですよ」
にこやかに答えてくれる猫さんですが、彼女はどちらかと言えば管理側のAIではなかったのだろうか?
一瞬、偽物とも思ったそれはないなと考え直す。なぜなら彼女はデカデカと『職人魂!』と卓越した筆遣いで書かれたシャツを着ていたからだ。
彼女のどのあたりが職人だというのか。相変わらず謎だ。こんな意味不明でこちらを混乱させるような服装を好んでするようなお人なんてそうはいないはず。
ちなみにサイズが合っていないのか、どことは言わないけれど布地が引き延ばされてしまっているため、せっかくの達筆が台無しになっていた。
いや、あれがあってこその芸術作品なのかも?
そして、案の定というかそのいびつになった文字周辺に一部男性陣の視線が吸い寄せられていますな。
同行者に女性がいた場合、すぱこーん!といい感じに叩かれていて、さらにその光景を見た人が血涙を流しそうな勢いで「爆発してしまえ!」と恨み言を叫ぶという、なかなかにカオスな空間が広がっておりますです、はい。
つまり、いつかのようにボクだけに感知できるように干渉したという訳でもなさそうだし、ゲーム内を堂々と出歩いても大丈夫なのだろうか?
「その様子ですと、やはりここがどこだか分かっておられないようですね」
ところが、そんなボクを見てアウラロウラさんは苦笑していた。
おんやあ?こちらが心配していたはずなのに、それって一体どういうことだってばよ?
「ここは確かに『OAW』の中ではありますが、限られた人だけしか出入りすることのできない特別な場所なのです。」
「特別な場所?」
「はい。ここはプレイヤー同士の交流のために作られた街。つまりワタクシのような一部を除いて、プレイヤーだけ訪れることのできる場所なのです。リュカリュカさん、『異次元都市メイション』にようこそ」
そう言った彼女は、ボクが『OAW』を始めて起動したあの日と同じ微笑みを浮かべていた。




