157 『転移門』を潜ろう
クンビーラから連絡が入れられていたのか、それともデュラン支部長で慣れているのか、東の町の冒険者協会出張所の職員さんたちはおじいちゃんたちを見ても取り乱すことはなかった。
規模が小さくとも職務内容に大きな違いがある訳じゃないから、少数精鋭という感じなのかもしれないね。
まあ、さすがにうちの子たちを最初に見た瞬間には、ピクッと肩が揺れていたけど、それくらいは十分に許容範囲内だと思う。
「す、すぐに対応を行います!」
けれど、レベル四十八のリザードモールの出現には驚いたようで、慌てて衛兵詰所やコムステア侯爵の屋敷との連絡を取り合い始めたのだった。
「クンビーラへはわしたちから報告をしておくぞい」
「あ、申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
ドタバタとしながらも、ゾイさんに向かって丁寧に頭を下げる職員さんたち。
「構わんぞい。わしもクンビーラを拠点にして長いから、こんなことで荒らされるのは御免なんだぞい」
冒険者には大きく分けて各地を旅して回るタイプと、一カ所に拠点を構えるタイプの二つがある。
これはどちらが優れているというものではないけれど、どちらかと言えば前者の方に高等級冒険者が多い。一方で『冒険者協会』という組織からすると、管理等々がやり易くなるために後者の多い方がありがたいのだとか。
まあ、いざという時に緊急依頼を発令しようにも、冒険者がいなくてはお話にならないものね。
そういう事情もあって、高等級冒険者が居座り良い街作りというのは、この世界では意外と重要であり、ゾイさんのように愛着を持って拠点として利用してくれている冒険者には、職員の人たちも自然と当たりが柔らかくなる傾向があるのだった。
「やはり職員連中と話し合う時には、長年その場所を拠点にしているやつに任せるのに限るな」
「ディランほど名が知られていれば関係ないとも思うぞい」
「そうかもしれないが、今は急ぎだからな。確実な方が前に出ている方がいい」
外へ出たところでそんなことを言い合うおじいちゃんたち。交渉一つ、話し合い一つをとっても色々と考えて行動していたようだ。
ところがボクがそう言うと、二人揃って少し困った顔になってしまった。
「あー、感心してもらっているところに悪いんだが、俺たちは何もそこまで深く考えている訳ではないぞ」
「あれ?そうなの?」
「うむ。ほとんど勘と経験で、考えるより先に動いていることも多いんだぞい」
いやいや。それはそれで十分に凄いことだと思うんだけれどね。そこまでの域に達するためには、一体どれだけの経験が必要になってくるのやら。
こればっかりは時間と回数を積み重ねることが必須になってくるので、ボクだけでなく里っちゃんであっても早々は彼らと同じ高みには至れないだろう。
とはいえ、それならそれで別の手を打ってくるのだろうけどね。
通用しないのであれば、また違った方法を考え出してくるのがボクの従姉妹様の恐ろしいところであり凄いところなのだ。
「『転移門』をご利用ですか?」
そんなことを考えている間に、すぐ側にまで近付いていたらしい。
冒険者協会の出張所自体が『転移門』の設置されている広場に面した場所に建てられているのだから、あっという間に到着して当然だわね。
「ああ。クンビーラまでな。だが、その前にこの娘に登録させてからだ」
「分かりました。お嬢さん、こちらへ」
「はいはい」
うわー。お嬢さんだなんて呼び方、リアルでもされたことないよ。
慣れない呼称に背筋がムズムズするのを感じながらも指示に従う。
応対してくれた鎧姿の『七神教』の人――神官戦士というらしいです――はさわやかな笑顔を浮かべながらボクを門近くへと誘導していたのだけど……、目が笑ってないからかえって不信感を抱いてしまった。
これなら愛想笑いなんて浮かべずに真面目な顔をしていた方が好感が持てたように思えるね。
ちらりと他の神官戦士たちにも視線を飛ばすと、さっきまでよりも緊張しているように見えた。
問題はあちらが何を気にしているのかということだ。順当に考えればうちの子たちを怪しんでいるということになりそうだけど、情報がない状態で断定するのは危険だ。
ヴァジュラの『闘技場主』と繋がっているかも、という最悪のケースを想定しておいた方が無難かもしれない。
「こちらにお持ちの冒険者カードをかざしてください」
門の側面に取り付けられた小さな布を案内役のお兄さんがはぐり、さらにそこをパカリと開くと、やたらとメカメカしい部品が目に飛び込んで来た。
世界観をぶっ壊してしまいそうなその光景に、思わず「おいおい……」と突っ込みたくなってしまったよ。
おっと、いつまでも呆れて固まっていては胡散臭がられてしまう。言われた通りアイテムボックスから冒険者カードを取り出しては、露出しているメカパーツの前にかざす。
すると、すぐにピッ!という聞きなれた機械音が響き、メカメカしい部品たちが緑色に発光しては消えるということを繰り返し始めた。
「……はい。登録が完了しました」
どうやら今のが登録完了の合図だったらしい。色々とモヤッとするところはあるけれど、とりあえずは無事に登録できたことを喜ぶべきかな。
「よし。無事に登録も済んだようだな。それじゃあクンビーラへ行くぞ」
「利用料はお一人三十デナーとなります。テイムモンスターは無料ですのでそのまま一緒に転移をお願いします。あまり離れすぎると転移失敗ということになりますので、出来るだけ詰めて進んでください」
淡々と説明を行う神官戦士のお兄さんだが、やっぱりその表情はどこか取り繕っているように感じられる。
おじいちゃんたちもその微妙な雰囲気に気が付いているのか、どこかピリッと張り詰めた空気感を漂わせていた。
「はい。結構です。門の前で行き先を告げて下さい。『転移門』が起動します。それではお気をつけて」
ボクたちから預かった金額に誤りがないことを確認すると、彼はにこやかな笑みを浮かべて見送りの体勢に入ったのだった。
「やれやれ。思ってもみなかった所で緊張する羽目になったぞい」
ゾイさんが小声でぼやいているけれど、まあ、いつもの語尾が付いているようだし、差し迫った危険があるということではないのだろう。
「行き先はクンビーラだ。開け」
少し強めの口調でおじいちゃんが言うと、門の中がシャボン玉の表面のように虹色に輝き始めた。
その不思議な光景を見てボクは、それまでの不快な気持ちを一切合切忘れてワクワクした気持ちになっていた。
おじいちゃんを先頭にゾイさんが続き、その後ろにエッ君とボク、リーヴという順番で転移門を潜っていく。
そして薄い膜をこじ開けるように通り抜けたそこは……、見たこともない景色の街だった。




