156 『転移門』と管理者
好奇の視線を浴びながら町の中を歩くこと数分で、ボクたちのは目的地である冒険者協会の出張所がある中央の広場に着いていた。
「特段変わったことは起こらなかったね。驚いてこっちを見ていた人も、ほとんどはすぐに自分の仕事に戻っていったし」
その結果、屋台で売られていた数本の串焼きがボクたち――特にエッ君――のお腹の中に入ることになったのだけど……。少しばかり顔を売るという目的もあってのことで、このくらいの出費で余計な諍いを回避できるのなら安いものだろう。
「クンビーラ国内ならそんなもんだぞい」
「なんといっても天下の自由交易都市だからな。大陸中から様々な物が集まって来ているんだ、隣接するこの町でも色々とお披露目されているんだろうよ」
とは言っても、さすがに国宝並みの珍品奇品となると話は別のようだけれど。
「それはともかくとして、リュカリュカは『転移門』を見るのは初めてだろう。あれがそうだ」
つるりと話を変えたおじいちゃんが指さした先、広場の中心付近には、どでん!と大きな門が建っていたのだった。
まあ、大きいとは言っても町の外壁に拵えられた門などに比べればかなり小さな物となる。ちょうど同じくらいの大きさというと……、クンビーラの貴族街にあった大きなお屋敷の入り口の門くらいでしょうかね。
「へえ……。あれがそうなんだ」
『転移門』は華美な装飾を施されることもなく、どちらかと言えば質素な印象を受けた。が、〔鑑定〕技能によると一見ごく一般的な石のように見えるけれど、実は謎物質で作られているとのことで、門自体が貴重な物であるということのようだ。
その門の周囲には縄張りがされており、その中では数名の見慣れない鎧姿の人たちが見張りをしているようだった。
「あそこに居る人たちは?」
「あれは『七神教』の連中だぞい。『転移門』の管理をしているんだぞい」
「ああ、あの人たちがそうなんだ」
これまで説明する機会がなかったのだけど、この『OAW』にも宗教というものは存在している。
それが『七神教』だ。
その名の通り七柱の神様による多神教で、魔法の属性に絡めてそれぞれ赤火、橙光、黄雷、緑風、碧土、青水、紫闇の神様という呼び方をされている。
ちなみに、神様個々人のお名前はない。
性別等も決まりはないようなのだけれど、赤火に黄雷、紫闇の神様は男性神として、残る橙光と緑風、碧土や青水の神様たちは女性神として描かれることが多いらしい。
基本的には七柱ワンセットの信仰であり神様たちも同格という扱いなのだけど、魔法の属性の関係から単独である『黄雷神』を中核に据えることが多いのだとか。
その一方で、農村などでは『碧土神』や『青水神』が単独で祀られていることも多いとのこと。
そして実はネイトもそうした農村の出身らしく、『碧土神』を中心とした信者さんだったりします。村にいた神官さんから教えを受けていたそうだけど、ネイトからすると魔法の先生という意味合いも強かったようだ。
さて、このように『七神教』は生活に根差しているけれど、本拠地はアンクゥワー大陸とは別の大陸にあるという設定のため、『OAW』では緩めの教義や戒律となっている。
この辺りはリアルニポンに準拠しているということなのだろう。
余談だけど、冒険者カードの九等級から三等級にかけての虹色七色は神様たちとは一切関係がありません、という話だった。
まあ、神様の順位付けをするようなものとなるので、下手な事は言えないよね。超国家な巨大組織同士で喧嘩になったら大変どころの騒ぎでは済まないだろうから。
大雑把に説明してきたけれど、とりあえず『転移門』の管理をしてくれているのが『七神教』だと覚えておけば問題なしです。
後はまた追々に、ね。
「そういえば、クンビーラの『転移門』はどこにあるんですか?」
「ちょうど東西に『市場』が連なっている南の広場沿いにある『七神教』の建物の中にあるぞい。クンビーラに限らず大きな街では門の設置されている建物ごと『七神教』の連中が管理しているのが普通だぞい」
道理で見覚えがないはずだ。印象的な建造物だから一度見たら忘れることはないだろうからね。
ちなみに屋外の『転移門』の場合、雨の日などは簡易式のテント――運動会などで使用されている学校のテントをイメージしてください――を張って見張りをしているのだそうだ。お勤めご苦労様です。
はてさて、ここまでのボクたちの会話である事を疑問に感じている人がいるのではないだろうか?
「いやあ、それにしてクンビーラにある『転移門』に登録をしていないと思っていたから、焦っちゃいましたよ」
そう。ここで『転移門』を始めて見るということは、ボク自身ではクンビーラでは登録していなかったということなのだ。
「さっきも言ったが、それを説明していなかったのは完全にクンビーラ支部の方の手落ちだぞい。リュカリュカは何も気にする必要がないぞい」
「あの騒ぎの後だったからな。抜けがあっても仕方がなかったと思ってやってくれ。俺だって横で聞いていたのに伝え忘れていたくらいなんだからな」
しかめっ面をしたゾイさんの言葉に、おじいちゃんは居心地悪そうな顔で頬を掻いていた。
実は冒険者登録をした際のサービスとして、『冒険者協会』が代わりにその町や街にある『転移門』の登録をしてくれていたのだ。
しかし、ボクが冒険者登録した時というのはご存知の通りアレが何してこうなってしまっていた訳でして……。
担当してくれたお姉さんもすっかり話をするのを忘れてしまっていたのだった。
「今さらの話だし、それに何か害を被った訳でもないですから、これ以上は蒸し返すつもりはないですよ」
ボクはボクで、『帰還の首飾り』の一件があったからそれどころじゃなかったという部分もあったからね。こちらの落ち度もある以上、くどくどと文句を言い続ける気もない。
「いつまでもこうしていても仕方がない。まずは冒険者協会で報告して、被害が出ない内に他の冒険者たちに注意喚起をしても貰わないとな」
「そうだね。のんびりしたせいでどこかの誰かが怪我をしたなんてことになったら嫌だもの」
空白地帯に侵入しようとしている魔物が、討伐したリザードモール一体だけとは限らないのだ。
おじいちゃんの台詞に従って、ボクたちはクンビーラの支部に比べると随分と小ぶりな出張所の建物へと入って行ったのだった。
本文中にも書きましたが、『七神教』と冒険者カードの色は関係ありません。
そのため、カードの色の方は赤、橙、黄、黄緑、緑、青、紫と少し変えております。
要するに、題材や元ネタにするものが被るということは、結構ありがちだということです。




