155 コムトの町
「慣れの部分もあるが、まあ、簡単に取り回せるものだとは言わん。だから後はリュカリュカ、お前の覚悟の問題だな」
うぐっ……。相談を持ち掛けたのはボクの方から出し、そう言われてしまうと弱いなあ……。
「しかし、今すぐに決めなくてはいけないということでもないぞい。先々に関わってくることだからよくよく考えるべきだぞい」
「そうだな。短槍を作ってもらった鍛冶屋にも相談してみればどうだ。値段は張るがリュカリュカの体格にあった一点物を作ってもらうというのも手だろうからな」
オーダーメイド武器かあ。
現状ではクリエイターのトッププレイヤーに作成してもらうのが一番品質が高いものができるということのようだけど、馴染みになったNPCによる物も侮れない性能であるのだとか。
「もちろん、わしらも手が空いていれば相談には乗るぞい」
「本当ですか?」
「けしかけたんだからそのくらいの面倒は見てやる」
「分かりました。色々と考えてみることにする」
ということでこの話は一旦お開きになる事になったのだった。
そしてその後はカッポカッポと馬たちを進めること三十分ほどで東の町へと辿り着いた。実はかなり街の側まで来ていたようで、移動を再開してすぐに町を囲む壁が見えていたのでした。
町の様子を一言で表すならばクンビーラの縮小版かな。さすがにクンビーラの方が段違いに規模が大きいだけあってか、あか抜けている雰囲気だけど。
それもそのはず、東の町はクンビーラを模倣して作られた町なのだ。とはいえ、大通りの位置が全体的に町の南方に寄っていることなど、細かく見ていくと異なる点も多いのだそうだ。
「今日のところは、コムトに宿泊することになる」
「コムト?」
「東の町のことだぞい。まあ、クンビーラ領内では『東の町』で通ってしまうからコムトと名前で呼ぶ者はほとんどいないんだぞい」
と、『OAW』の妙なところにこだわりのある設定は相変わらずということのようだ。
ちなみに当初の予定だと、何事もなければ町中を通り抜けるついでに『転移門』の登録と夕食の買い出しを行い、そのまま国境の関所まで行く予定だったので、見事に足止めを食ってしまった形だ。
明日中に国境を越えてヴァジュラ側の町に到着するためには、早朝に出発するだけでなく移動速度も早める必要があるらしい。
「だが、さすがにあれだけ高レベルの魔物が現れたとなると、東の町だけでなくクンビーラの冒険者協会や騎士団にも一報入れておく必要があるだろうからな」
レベル四十八だものねえ。まともにやり合えるのは騎士団の千人隊長以上や近衛隊長といったトップクラスの人たちだけじゃないだろうか。
冒険者協会の方だと支部長くらいかな。サイティーさんですら微妙に力不足になってしまうような気がする。
「なかなか良い読みだぞい。五十に近いレベルの魔物となると、討伐するには全員が三等級以上で構成されたパーティーが必要になると思われるぞい」
「全員が三等級以上なんて、そんなパーティーがクンビーラに居ましたっけ?」
所属している冒険者の全員を知っている訳でもないし、街から街へと旅をしていて一時的に滞在していただけ人もいるから正確な事は言えない。
でも、初日の件などもあってボクは新米冒険者としては異例の有名人となってしまっており、また下手にいざこざが起きてはいけないからと、支部長のデュランさんを始めとした職員の人たちが他の冒険者について教えてくれていたのだった。
「いないな。だからもしもクンビーラ近郊にそんな魔物が現れたとすれば、デュランのやつもひっくるめて俺たちが総出で退治に向かうことになっていただろう」
高等級冒険者たちの夢の共演!?
などと言うと素晴らしいものに聞こえるけれど、実質はクンビーラの存続を賭けた総力戦に近いものになるはずなので、絶対に発生して欲しくない出来事の一つだと言えそうだ。
そういう面から考えると、少し離れた場所でしかもディランとゾイさんの二人がいる状況で遭遇できたのは運が良かったのかもしれない。
そんな会話を行っている間にお宿に到着。一泊をお願いしたところ『猟犬のあくび亭』と同じく食堂も一緒になっているということなので、夜と朝、それに明日のお昼のお弁当もついでにお願いすることに。
時間があればのんびりと町の中を見て回りたいところだけれど、急いでヴァジュラへと向かわないといけないので我慢がまん。観光は帰りの楽しみとしましょうか。
「それじゃあ、さっさと用を済ませに行くか」
馬と馬車を厩舎に入れて、てくてく歩いて冒険者協会の出張所へと向かう。
が、大して移動していない間に、どうにも居心地の悪さを覚えていた。
「なんだか、道行く人たちからの視線を感じるような……?」
「そりゃあ、エッ君とリーヴなんて連れ歩いていたら目立ちもするだろうよ。クンビーラではそれなりに見慣れた光景になっていたとしても、この町では初めてなんだからな」
首を傾げるボクに苦笑まじりに教えてくれるおじいちゃん。
一口にテイムモンスターといっても、リーヴのような魔法生物をテイムしていることは少ないのだとか。やはり多いのは動物型で、特にそれほど大きくないイヌやオオカミ系統の魔物を連れている場合が大半なのだそうだ。
「エッ君も見た目は謎生物だぞい。ついつい見てしまう者がいても仕方のないことだぞい」
「そうなんだ。……あれ?でも、さっきの宿の人たちは何も言っていませんでしたよ?」
「この町で一泊するならあの宿にしろと指示されていたからな。騎士団かコムステア侯爵当たりの息が掛かっているんだろうよ」
ボクやうちの子たち、さらには『エッグヘルム』のパーティーメンバーに関しては、外見など一定の情報がクンビーラから各町と村の上層部には伝えられているのだそうだ。
「個人情報の保護とかこの世界で言っても無駄だわね。むしろあの宿はクンビーラの誰かがそうした事情を伝えた上で信用できると判断したのだろうし、変に警戒しないで済むだけ気楽だと思うべきかも」
少し考えこんだのち、結局はそう結論付けたのでした。
まあ、どちらかと言えば用心するのは物珍しさで視線が集まっている今かもしれないしね。
いくら何でも町の人全員にボクたちのことを告知する訳にはいかないだろうし、ヴァジュラとクンビーラを繋ぐ街道の上にあるという立地上、外からやって来ている人も多いだろう。
不埒な考えを思い付いてしまうやつがいたとしても不思議ではない。
ボクはおじいちゃんの背後に隠れるように――気分は内気で人見知りがちなお嬢様です――しながら、熟練度稼ぎも兼ねて〔警戒〕技能をこっそりと発動させるのだった。




