149 強化された魔物
「【ウィンドボール】!」
いきなり大地から噴出してきた土や小石に向かって、〔風属性魔法〕をぶつける。
着弾と同時に小規模の拡散を起こすというボール系魔法の性質によって、土砂の勢いを散らすことには成功したようだ。
その間にも馬たちが懸命に足を動かしてくれたお陰で、舞い上がった土を被ることなく距離を取れたのは本当に幸運だった。
「くそっ!まさかリザードモールが相手だったとは」
ボクたちと同様に馬を走らせて降りしきる土砂の範囲外へと逃れたおじいちゃんが騎乗したまま悪態を吐いていた。
《イベント『大地からの刺客』が発生しました》
視界に表示されたインフォメーションを速攻で取り下げて、〔鑑定〕技能で確認する。
リザードモール。読んで字のごとくモグラのように地面の下を生息地にしているでっかいトカゲの魔物だ。どちらかというと体形もモグラ側に寄せていてずんぐりむっくりとしている。
ただしリアルの生き物とは違って、魔法的な能力で土中を泳ぐようにして移動するとのこと。その割に前足に当たる部分にはこれまた巨大な爪が装備されていたりするのだけど。
「攻撃方法はあの巨大な爪にトカゲ由来の強靭な顎と尻尾、でしたっけ?」
「土砂を爆散させるようにした地面からの強襲というのも、付け加えておいた方が良さそうだがな」
とはいえその生態から地面の上に出てくることは稀で、冒険者協会に置かれていた資料によると交戦記録は遺跡の地下部分や自然洞窟などに集中していた。
どうしてそんなことを知っていたのかというと、例の墳墓探索が控えているから一応調べておいたのだ。思わぬ場所で役に立った形だけど、こんなことなら役に立たなくても良かったような気もするよ……。
戦いには向かない馬たちがいるので、多めに距離を取って様子を伺う。
「弱点は光属性の魔法全般だぞい。強い光を嫌うから〔生活魔法〕の【光源】を使って追い払ったという話もあるぞい」
「さすがにこいつには効きそうにはないがな」
現在進行形でお日様の光を浴び続けているものね。松明よりは明るく広範囲を照らし出せるとはいえ、【光源】くらいでは怯んでくれそうにもないと思う。
ついでに言うとイベント扱いで登場した魔物なので、通常よりも強化されていてもおかしくはないというメタな予想もあったり。
そうやってボクたちが魔物についての情報を共有している一方で、リザードモールはその身を隠すつもりもないのか、のそりのそりとこちらに向かってゆっくりと這い寄って来ていた。
「ほほう……。正面からでも俺たちくらい相手にできるって訳か」
「ほっほ。なかなか剛毅な魔物だぞい」
「はんっ!ただ単に世間知らずなだけかもしれないぜ。なにせ地面の下の暗がりで生きているようにやつだからな」
そんな魔物の態度に、なめられたと感じたのかおじちゃんたちの声が剣呑なものに変わっていく。ゾイさんも普段通りな口調を心がけていたようだけど、近くにいれば感じ取れる程度には苛立っているようだ。
はっきり言って心臓に良くない。後、馬たちがマジで怖がっているので、もう少し感情を押さえてもらいたいです。
「とにかく、なめられっぱなしというのは性に合わん」
「同感だぞい。あの挨拶の礼もしてやらなくちゃいかんぞい」
言うや否や、ゾイさんが数えきれないほどの光の針をリザードモールの辺り一面に降り注がせる。さらにその着弾に合わせておじいちゃんの手にした弓から猛烈な勢いで矢が放たれていた。【ライトニードル】の魔法は土砂の噴出に対しての、【ショット】の闘技は強襲してきたことに対しての意趣返しも含んでいたのかもしれない。
しかし、そこはやはりイベント用の魔物というべきか。
全てを回避することはできないと咄嗟に悟ったのか、リザードモールは最も危険で威力の高いおじいちゃんの【ショット】を確実に避けるように動いたのだった。
「ちっ!かなり頭が回りやがる」
「魔法の方も、出来るだけ被害が少ない方へと逃げていたぞい」
わーお。これは思っていた以上に強敵かもしれないですよ。もしもおじいちゃんやゾイさんのレベルに合わせているとなると、未だレベル一桁台のボクたちでは手も足も出ないどころか、足手まといにしかならない。
そんな嫌な予感を受けて、もう一度〔鑑定〕技能を使ってみると……。
「はあ!?レベル四十八!?」
一昔前のRPGならラスボスすら倒せそうな高レベルじゃない!?
一瞬見間違えかと思ってしまったが、目をこすってから再度凝視してみてもその数字が変わることはなかった。
「こりゃあ、リュカリュカたちには荷が重すぎるな」
いやいや、おじいちゃん。オブラートに包んだ言い方をしても勝ちの目が全く見えない現実は変わらないからね。
「こういう時は変に気を遣わずに、率直にズバリと言ってもらった方がすっきりするかな」
「そ、そうか」
「相手と自分の戦力差を客観的に見ることくらいはできる冷静さは持ち合わせているつもりだよ」
裏を返せば、そんな実力に見合わない相手とばかり遭遇しているってことにもなるんだけど。ブラックドラゴンは言うに及ばず、ブレードラビットを操っていたおじさんですら二十レベルオーバーは確実だったのだ。うん。一レベルのプレイヤーにぶつけていい相手じゃないです。
「戦いには参加できないけど、その分しっかりと勉強させてもらいますよ」
「ほっほ。これは情けないところは見せられんぞい」
「そうだな!一丁派手にやってやるか!」
待って待って!派手にやったら地形が変わっちゃうから!?
一体何が琴線に触れてしまったのか、何気ないつもりの応援の一言で、二人は途端にやる気になってしまった。
急いで止めようとしたところでハタと気が付く。「これでモチベーションがダウンしてしまったら、ピンチで危険な状態になってしまわないだろうか?」と。
リザードモールのレベルを告げた時の反応から、おじいちゃんもゾイさんもそれ以上のレベルだということは間違いない。
だけど、どの程度余裕があるのかとなると未知数なのだ。迂闊に戦力低下となる事を口にしてしまったことで、その差が逆転してしまう可能性もあるのだ。
それならば二人に気持ちよく戦って勝利してもらう方が結果的に被害は少なくなるかもしれない?




