143 ミルファ vs 『毒蝮』
ボクたちが、というかうちの子たちが『毒蝮』のテイムモンスターたちと戦っている間に、ミルファと『毒蝮』本人との戦いも始まっていた。
「【ピアス】!」
「ふんっ!お返しだ!」
「【キュア】!」
鋭い刺突をギリギリでかわしたかと思うと、怪しげな薬液を振りまく。しかし、それが効果を発揮するよりも早くネイトの〔回復魔法〕によって癒されていた。
「ちっ!〔回復魔法〕の使い手がいたか。ならば――」
「させませんわよ」
回復役を優先的に潰すというのはゲームにおいてセオリーの一つだ。それは『OAW』のNPCを統括しているAIの基本ルーチンにも組み込まれているらしい。それはもう見事なほどの釣られっぷりで、標的をネイトへと変更しようとしたのだった。
が、圧倒的な力量差があるならばともかく、そうでない場合には大きな隙を見せることになってしまう。
当然ミルファがそれを見逃すはずもなく、薙ぐようにして細剣を襲い掛からせていく。さすがにこれを完全に避け切ることはできなかったようで、「ぐあっ!?」という悲鳴を残して慌てて大きく後方へと飛び退る。
「ふふん。わたくしを倒さない限り、彼女には指一本も触れさせませんわよ」
ネイトと『毒蝮』の直線上に割って入るように立ち、不敵に笑みを浮かべるミルファ。お互いを守り助け合うことで、二人は格上相手にも互角以上の立ち回りを見せていた。
先日の連続の魔物討伐訓練でミルファは十一、ネイトは九にそれぞれレベルアップしている。それでもエルフちゃん情報によると『毒蝮』は、最低でも最初のクラスチェンジが行えるレベル二十以上は確実だという話だった。
つまり彼女たちはレベル差が倍以上もある相手に善戦してみせているのだ。いくらミルファが普段から騎士団の訓練に混じっていて、魔物と戦うよりも対人戦の方が得意だという点があったにしても、これって実はかなり凄いことなのではないだろうか。
いや、逆に『毒蝮』の動きが悪いという面もあるのかもしれない。
考えてもみれば、この男は暗殺や闇討ちを得意とするタイプだ。今のように正面からの対人戦となると経験が少ないとしても不思議じゃない。常に有利な状況となるように場を整えていきながら、勝てる戦いしかしてこなかったのではないだろうか。
戦術や戦略としてそうしたやり方を否定するつもりは毛頭ないけれど、結果として本来格下であるはずのミルファたちを相手に苦戦するという今の状況に繋がっているのであるとすれば、何とも皮肉なものだと思ってしまう。
隠し玉的にテイムモンスターを潜ませていたのは、こういう時に打開策として使用するためだったのかもしれない。
まあ、今回に限ってはうちの子たちに足止めされてしまったのだけれど。しかもショートバイパーズに至っては、既にリーヴに一方的にやられてしまっているし……。
うおっと、グロ映像注意!
いずれにせよ、せっかく押している状況なのだ。油断せずにきっちりと倒しきってもらいたいところだ。
……こういうやつに限って負けそうになると「もはやこれまで!」と周りを巻き込むような自爆攻撃をしてきがちだからね。
そんなボクの気持ちが通じたのか、その後のミルファは常に戦いの主導権を握っていられるように果断な攻めを続けていた。
もちろんそれはネイトの〔回復魔法〕があってこそのものだ。少しでも動きに異常が見られた時には【キュア】によって、大きくHPが減った時には【ヒール】によって常に最善のパフォーマンスができるように整えられていたのだった。
「【スラッシュ】!さらに【ピアス】!」
「なにっ!?ぐはっ!」
防御用だとばかりに思っていたのだろう――少なくともボクはそう思ってました!――、左手の短剣による攻撃の直後に、本命である右手の細剣による刺突が『毒蝮』の左肩を捕らえる。
これには本気で驚いているようで、慌てて逃げた後で傷口を押さえながら目を白黒とさせていた。
闘技は普通の攻撃よりも威力が強くなっていたり命中率が向上していたりする半面、連続では使用できない仕様となっている。これはどんな基本的な闘技であっても同じだ。
しかしながら、全くの抜け道がない訳でもなかったりする。ミルファが行ったのがその一つで、〔二刀流〕の技能を活かして左右の手で別々に闘技を発動させたのだ。
とはいえ〔二刀流〕自体が使いこなすのがかなり難しい技能であり、プレイヤーの場合は純粋な熟練度の強化だけでなく、高度な中の人の力が求められる。
そのためか×印に切りつけるといった、ほぼ同時に発動させて攻撃するというのが一般的な扱われ方なのだそうだ。
エッ君の【三連撃】やリーヴの【クロススラッシュ】がいかに反則じみた凶悪な闘技なのかが分かってもらえると思う。
……うちの子たち、優遇され過ぎてない?
「ま、まさかこれほどの腕を持つ者が、名も知られずにいたというのか……!」
「単にあなたが弱いだけですわ。わたくしなど、あの方々に比べたらまだまだですもの」
ミルファさんや、『泣く鬼も張り倒す』の二人やゾイさんにサイティーさんに比べれば、ほとんどの人がまだまだってことになると思うよ。
そんなとんでもない人たちが比較対象だとは知らない『毒蝮』は、目玉が落ちそうになるくらい目を見開いて驚いていた。
多分、ここに一緒に乗り込んで来た騎士や衛兵部隊の人たちのことだと思っているのだろう。きっとその頭の中では今頃、クンビーラの戦力を大幅に上方修正しているはずだ。
「くそっ!だがここにいる者たちを全員道連れにすることができれば……!」
んっきゃー!?
なんだかとっても危険な考えを口にし始めましたよ!
「ちょっと、ミルファ!ここまで来て自爆で全滅なんて嫌だよ!」
ちょうどエメラルドサーペントを倒しきったところだったこともあり、思わず振り返って叫んでしまう。
「わたくしだってそんな結末は認められませんわ!」
「ええ。絶対にそんなことはさせません。【アタックアップ】!」
弾かれたような勢いで倒すべき相手へと詰め寄るミルファに、ネイトが物理攻撃力を上げる魔法をかける。
だけど『毒蝮』のHPは未だに半分近く残っている。さっきのような〔二刀流〕による闘技二連発でも削りきれるかどうかは微妙なところかもしれない。




