141 追加される蛇
ついにクンビーラに厄災を振りまこうとしていた『毒蝮』とその仲間を追い詰めたボクたち。
敵対する者たちを騎士さんや衛兵さんたちが捕らえていく中、雌雄を決するべくミルファが一人『毒蝮』と対峙していた。
「こう言うと、ミルファがすっごく主人公っぽく感じられるよね」
「あの、リュカリュカ?もう少し緊迫感を持った方がいいんじゃないでしょうか?」
ついついボケに走りがちになるボクを、隣に立つネイトがたしなめてくる。その緊迫感に耐え切れなくなりそうだというのが本当のところなのだけれど、ね。
自分が矢面に立つのであれば、大して緊張もしなかっただろう。だけど、仲間を一人前に出すのがこんなに苦しいものだとは思ってもみなかった。
リアルだと里っちゃんの背中を見送るのが常だったから、こんな気持ちになるなんて予想外もいいところだ。まあ、残念お嬢様のミルファとパーフェクトレディーの里っちゃんとでは――ボクの気持ち的に――大違いということなのかもしれない。
うーむ……。ゲーム内とはいえ本物のご令嬢よりもレディーなボクの従姉妹様って一体……。
「リュカリュカ、始まりそうです!」
緊張感から逃避気味の思考をしていたボクに、ネイトの鋭い声が届く。
ハッと意識を取り戻して前方を見たその時、『毒蝮』の口角が嫌らしく上がっていくのが見えた。
「エッ君!リーヴ!」
直感に従って二人の名を呼ぶと、すぐさま反応して飛び出して行く。
「我が僕よ、こいつらを蹴散らせ!」
やっぱり毒を用いる以外にもまだ隠し玉を持っていたね!『毒蝮』の言葉に合わせてどこからともなく現れた二体の魔物がミルファへと襲い掛かる。
「させない!邪魔できないように距離を取って!」
が、間一髪で割り込んだうちの子たちによってその動きは阻まれている。それどころか一体はリーヴの構えた盾で、もう一体はエッ君の痛烈な尻尾ビンタによって弾き飛ばされて大きく距離を開けることになってしまっていた。
「二人の援護はボクがします!ネイトはそのままミルファのフォローに回って!ミルファ、ここまでお膳立てしたんだから絶対に勝ってよね!」
「了解です!」
「もちろんですわ!」
仲間たちの言葉を背に、弾き飛ばした二体の魔物に追撃を加えようとしているうちの子たちの側へと走る。
さて、ぶっちゃけここまでは想定の範囲内の出来事だった。実はエルフちゃんからあらかじめ「もしかすると『毒蝮』はテイマーかもしれへんで」という忠告を受けていたからだ。
彼女がその考えに思い至ったのは二つの点からだった。
一点目は彼の使用している毒の出所がようとして知れなかったこと。商売道具であり企業秘密の塊のようなものだから当然だと思うかもしれないけれど、裏社会なりにも付き合いというものがある中で入手ルートが完全に秘匿されているというのは異常なのだそうだ。
普通は義理的な観点から、または偽情報として一つか二つはそれとなく開示されているものなのだとか。その当たり前がないことから、毒を自前で確保しているのだと推測するのは当然の流れだった。
そして定期的に安定した供給を受けるための方法の一つとしてテイムモンスターを思い付いたという訳だ。
次いで二点目は、『毒蝮』が請け負っていた仕事内容だ。既に明らかになっている通り、彼はヴァジュラの『闘技場主』から客寄せの目玉となる魔物の捕獲を依頼されていた。それも一度や二度ではなく、かなりの頻度であったそうだ。
エッ君の時には卵だったけれど、育成や捕獲のバランスから考えると幼生体や雛の場合が多かっただろうと思われる。時には成体の魔物を要望されることもあったかもしれない。そうした仕事において、〔調教〕技能のあるなしは成功率、難易度共に桁違いとなる。
つまり、テイマーでなければ務まるはずがないのだ。
ちなみに、召喚魔物のようにどこからともなく現れたのは、以前公主様から教えてもらった『牧場』とかいう新アイテムを用いたのだろう。
ほ、欲しい!
でも、『毒蝮』のテイムモンスターが入れられていたアイテムだとすると、ちょっと汚いような気がしないでもないかな……。
うおっと!新型アイテムについては後でゆっくりと考えることにしまして。今は目前の魔物をなんとかするのが先決だった。
新たに登場した『毒蝮』のテイムモンスターは当然のごとく初見の魔物だ。少しでも多くの情報が必要だと、すぐさま〔鑑定〕技能を使用すると、それぞれショートバイパーズとエメラルドサーペントという魔物であることが判明した。
ええ。名前からもお気付きのことと思いますが、見事にどちらも蛇型の魔物ですよ。通り名といい、何か蛇に思い入れでもあるのだろうか?いや、別に聞きたくもないけど。
「エッ君、エメラルドサーペントは常に鱗の表面に体液が分泌されていて、打撃系の攻撃は滑ってしまうから気を付けて!」
ボクの指示に「分かった!」と頷くと、エッ君は装備している蹴爪をシャキン!と鳴らす。
あれなら、攻撃を流されることなくザックリと深手を負わせられそうだ。
「リーヴ、ショートバイパーズは一体じゃなくて何匹もが群生しているから、全部倒すまで気を抜かないように。それと強力な猛毒持ちだから……、ってリビングアーマーだから毒は効果がない?」
ボクの疑問に、リーヴは「その通り」と言わんばかりに猛攻を始める。
多分、小ささと数の多さを活かして獲物にわらわらと寄ってたかっては毒状態にするのがショートバイパーズの戦い方だったのだろう。しかし、一番の強みである毒を封じられた今、彼らは単に矮小な狩られるだけの存在となってしまった。
シャーシャーと威嚇音を上げながらリーヴのことを取り巻いてはいるが、ある一匹は剣で首を飛ばされ、ある一匹は盾で弾き飛ばされ、またある一匹は金属質の足で踏み潰――!?
「うええ……。今のはちょっとグロかった……」
この調子だと片が付くのは時間の問題と言えそうだ。援護も全く必要ないだろう。エグイ光景には早々に背を向けて、もう一つの戦いの場へと視線を向かわせる。
「ギシャー!」
怪獣のような雄叫びに怯む様子も見せずに、エッ君は大蛇の懐深くへと高速で飛び込んでいく。
だがそれは誘いだったのか、その先には体に相応しいサイズの頭が待ち構えていた!?




