138 奇襲(する方)
そんなこんななやり取りがありまして行われたお城の警備強化訓練は、まあ、無難に終えられたと思う。
お城の人たちを前にしたところで尻込みをしてしまったエルフちゃんをニヤニヤと生温かい目で見ていたら、なぜかムキーッと怒られてしまったけれど。
「リュカリュカもなかなかにいい性格をしているな」
ミルファ関連の情報を婚約者であるバルバロイさんに流しては一喜一憂させている宰相さんに言われたくはないです。
事態の進展があったのはゲーム内でそれから三日後、お城の湯浴み場でエルフちゃんとの邂逅を果たしてから五日後のことだった。
……どうでもいいけど、こう書くといかがわしいように思えてしまうのはなぜなのか?実際は色気を感じている暇なんてなかったのだけどね。ボクのアンダーウェア姿のサービスシーンが掲載されるかは秘密です。
中世欧州風の世界観であるためか、クンビーラの夜は早い。営業している店も少なく明かりがほとんどないのだ。
新月に近い下弦の月は未だ東の空にもその姿を現しておらず、夜の闇を一層深くしていた。
そんな暗い街中の、商人たちが各地から集めてきた様々な荷を一時取り置いておくための倉庫が立ち並ぶ一角にボクたちはいた。時折微かに耳に届く息遣いが潜んでいる人の数の多さを物語っている。
しかしそれは潜む側に属しているからこそ感じ取れたことだったのかもしれない。人々を眠りへと誘う宵闇の中でボクたちの周辺だけが、冷ややかな熱気とでも例えるべきだろうか、そんな異様な温度を醸し出し始めていた。
徐々に空気が張り詰めていき、それに伴い緊張感も増していく。
雰囲気に耐え切れなくなるものが出てくるのも時間の問題だろうと思われた頃、誰かがすっくと立ちあがるのが感じ取れた。
その人物は真っ直ぐに片腕を真上へと掲げると、ヒュンと風切り音がしそうな勢いで正面へと振り下ろす。
「うおおおおおお!!」
刹那、暗がりに潜んでいた者たちが裂帛の気勢の声を上げながら、一斉にある建物へと殺到していく。
それはさながら、引き絞られたまま放たれるその時を今か今かと待ちわびていた矢のようだった。
建物は外界と繋がる扉や窓を固く閉ざされていたが、所詮は木製の一般的な代物に過ぎなかったらしく、あっという間に破壊されて流れるような勢いで人影を飲み込んでいく。
「な、なんだ!?」
「襲撃だと!?」
「貴様、俺たちを謀ったのか!?」
内部からは複数の驚きに満ちた叫び声が聞こえてくる。
「我々はクンビーラ騎士団並びに衛兵部隊である!逆らう者は反逆者として容赦はしない!」
それも束の間、名乗りが聞こえたかと思うと、すぐに困惑や驚愕は悲鳴へと塗り替えられていった。
「容赦しないというより、問答無用で攻撃しているみたいなんだけど……」
「下手に手心を加えようとしては、逆に味方を危険に晒してしまいますもの」
「制圧優先だっていうのは理解できるよ。でも、情報が偽物だった可能性もない訳じゃないよね?」
そんなボクの懸念をミルファは首を横に振ることで杞憂だと一蹴する。
「事ここに至っている時点でそれはあり得ませんわね。それにあの様子からすると間違いなく当たりだったようですわ」
ついと指さされた先の建物からは「ここで終わってたまるか!」とか「逃げ切ってやる!」といったものから、「くそっ!せめて一撃だけでも!」とか「死なば諸共!」だとか言う物騒なものまで、逆らう気満々な台詞がいくつも飛び出してきていた。
とりあえず大人しくするという選択肢はないようだし、彼らがクロであることは間違いがなさそうだ。
「ボクたちもそろそろ行こうか。このままだと出番がないまま終わってしまいそうだし」
絶対に安全ということはないので、あまり気乗りはしないのだけどね。
見るとネイトも同じ気持ちなのか顔色が良くない感じだ。怪我を癒すという役回りの彼女だけれど、だからといって怪我をすることに寛容な訳じゃない。むしろ仲間が傷付くことを嫌悪している節すら見受けられるのだ。
「今日こそはあの時の失態を取り戻してみせますわ」
そんなボクたちに対して、ミルファは気合十分なご様子。各方面からお説教されたりお仕置きされたりと溜まりにたまった鬱憤を発散しようと企んでいるみたい。空回りとならないようにだけは気を付けてもらいたいものだ。
そしてミルファに触発されたのか、うちの突撃小僧であるエッ君もやる気になっている。現段階ではあくまでもボクの予想に過ぎないことから詳しい説明はしていなかったのだが、もしかすると本能的に『竜の里』から連れ去った相手がいるかもしれないことを嗅ぎつけているのかもしれない。
「リーヴ、二人が暴走しちゃわないように気を配っておいてね」
もちろん後衛であるボクたちもしっかりと目を光らせておくつもり。でも、いざという時には近くにいるだろう者がフォローできるかどうか重要になってくるのだ。
不安に感じるボクやネイトの想いに応えるように、しっかりと頷いてくれるリーヴ。硬質な鎧姿が頼もしい。ピグミーサイズだけど。
突入していった数以上の人たちが監視と警戒に当たっているので周囲を気にする必要はない。
動員された人数からもクンビーラ側の本気度合いが覗えるというものだ。
そんな中をボクたちは、遅れてやってくる主人公よろしく悠々と目的の建物へと向かって進んで行く。
不意の攻撃にも対処できるようにリーヴを先頭にして、次いでミルファとエッ君、その後ろにボクとネイトが続くという戦闘時の隊形だ。
自然にとこんな並び方ができるまでに慣れていたことに内心で小さく驚く。思っている以上にボクはこの世界にのめり込んでいるのかもしれない。
入口で警戒していた騎士の人たちに挨拶してから中へと入る。「止めてくれるなら外で大人しくしているよ」というボクの心の声は届かなかった。残念。
未だに戦闘が続いているのか、怒号や悲鳴が飛び交う間に、硬い物同士がぶつかり合う甲高い音が薄暗い建物内の至る所から聞こえてきていた。
「この中からある一人を探し出すのは難しくないですか?」
「大丈夫だよ。探さなくてもここにいるだけで、向こうから勝手に見つけてくれるはずだから」
ゲームだからね、という言葉はさすがに飲み込んでおいて、弱った顔をしているネイトにこの場で待つと答えるボク。
戦闘が続く中を駆け抜けるとでも思っていたようだ。ついでに片手をひらひらと振って、余計な力みを抜くように暗に告げておくことも忘れない。
ミルファたち前線メンバーならともかく、ボクやネイトのような後衛は冷静でいる必要があるので、場の雰囲気に当てられ過ぎないように気を付けておかなくちゃいけないのだ。




