128 侵入者はエルフちゃん
デュランさんの話の通りであるとすれば、現在クンビーラに居るエルフ種族の冒険者は彼一人だったはずだ。つまり、今ボクと相席している彼女は冒険者ではない、もしくは長らく冒険者としての活動を停止している人ということになる。
「何であんたがここに居るんよ」
その彼女から険のある言葉が飛び出してきた、のだけど……。
「か、カンサイ弁を喋るエルフ……!?」
それより何より、その事実に驚いてしまっていた。
昨今の創作物では方言で話すキャラは珍しくなくなっている。むしろありふれていると言っても過言ではないほどだ。
そちら方面にも造詣の深い里っちゃんによると、「会話が続いた時に、どのキャラクターが話しているのかがすぐに分かるようにするための手段」なのだそうだ。しかし印象に残りやすいため、別作品やステレオタイプの影響を受けやすいというマイナス面も持っているのだとか。
ちなみに正確にはカンサイ弁風ということになるのだろう。
本場の人が聞くと微妙にイラッとするというあれだね。
「何なん?うちの喋り方に文句つける気?」
おっと、創作物と方言キャラの関係についてはこの際どうでもよろしい。
「ああ、ごめんね。聞きなれない話し方だったから少し驚いちゃったんだよ。それ以上の他意はないから許して欲しいな」
とりあえず落ち着いて欲しくてそう返すと、ムムムと唸り始めるエルフ女性。残念ながら警戒は解いてもらえなかったけれど、ガルルと威嚇されないだけマシと思うことにしよう。
「そうそう、ボクがここに居る理由だけど、この宿に泊まっているからだよ」
「そんなん調べたから知っとるわ。ウチが言いたいのは、なんで昨日の今日でこの宿に帰って来とるんか、よ!」
「え?だって用事が終わったら帰ってくるでしょう」
何言ってるの、この子と言外に表情で訴えると、無言でダンダンと足を踏み鳴らして何やら悔しがっているご様子。
ひとしきり暴れてから、荒ぶった息を整えようと深呼吸するエルフちゃんは、なかなかに色っぽかったです。
ちなみに、ギリギリボクに聞こえるかどうかくらいに足音は調節されていたため、周りの人もうどんを食べて感動したのだろう、くらいにしか思わなかったはずだ。
お城に侵入するなんてことができるだけあって、器用な娘ですな。
「あんた、本当に自分の立場が分かっとるの?ブラックドラゴンがクンビーラの守護竜になるためのキーパーソンなんやで。一番安全な場所で匿ってもろうとるんが普通やん」
ああ、ボクが襲われていたのって、そういう風に捉えられていたからなのか。
「訂正する点が二つあるね。一つは守護竜関連について。確かにクンビーラの守護竜になるように勧めたのはボクだけど、詳しい方法その他諸々の条件等については一切関わっていないよ。だから極端な話、ボクがいなくてもブラックドラゴンと公主様との会談は行われるだろうし、その後の式典もつつがなく開催されるはずだよ」
会談などに同席させようとしているのは、半分以上はボクへの嫌がらせだろうと思っている。「面倒事を押し付けて一人だけ楽をするつもりじゃないよな?」という、宰相さん辺りの恨み節が聞こえてくるようです。
「それと二つ目、昨日どこかの誰かが侵入してきたお陰で、お城は一番安全な場所ではなくなってしまっているんだよね」
現在急ピッチで警備手順の見直しが行われている真っ最中なので、下手をすれば街の南部にある大商会の建物の方が安全面では上になっているかもしれない。
さて、ボクの説明を聞いたエルフちゃんはというと、呆気にとられたようにあんぐりと口を開けたままになっていた。
うーん……。ミルファといいこの娘といい、ボクの周りには残念美人さんばかりが集まってくるようにでもなっているのだろうか?
「ていっ!」
「いたっ!?」
人が近づいてくる気配を感じたため、テーブルの下で軽く彼女の足を蹴飛ばして強制的に意識を取り戻させる。
「リュカリュカちゃん、お待ちどうさま。『昼からしっかりスタミナ定食』だよ。……これ、本当に一人で食べるのかい?」
やって来たのは顔見知りのウェイトレスな若奥様の一人だった。
その手に持たれているプレートの上には、各種料理が山のようになっている。
「朝ご飯を食べていないから、がっつり食べたいとは言いましたけど……。ここまでになると罰ゲームの領域ですよね」
運ばれてきた料理を見ながら苦笑いを浮かべるボクたち。向かいではエルフちゃんが再び唖然としている視線を感じる。
ほぼ初対面だから大食いキャラとでも思われたかしらん?
「どうしても食べきれないようなら周りにいる男どもに声をかけてごらんよ。リュカリュカちゃんみたいな可愛い子の食べ残しなら、喜んで食らい尽くしてくれるだろうさ」
「それはそれで、あんまり嬉しくない光景のような気も……」
若奥様の軽口に乾いた笑いしか出てこないです。
まあ、うちにはもらえれば貰えただけ食べ尽くす欠食児童がいることだし、残ってしまったらアイテムボックスにでも収納しておけばいいだろう。
仕事に戻って行く彼女にひらひらと手を振ってから別れて、目の前に置かれた料理山脈へと挑むことにする。
「あんた、もしかしてそれ全部食べ切るつもり?」
「まさか!食べられる分だけしか食べないよ」
ゲーム内だから満腹にはならないので、食べきれないことはないけどね。ただ、ステータスやその他諸々には何の変化もないので本気で無駄にしかならない。
リアルで食事制限のある身という訳でもなし、無理にボクのお腹に詰め込むようなことはしなくてもいいだろう。
「欲しければ分けてあげようか?こうして相席になったのも何かの縁だろうから」
「つつしんで遠慮しとくわ。ウチはこれだけで十分や」
そう言うと、再びうどんを食べ始めるエルフちゃん。ボクとの会話で適度に冷めたのか、先ほどとは違ってスムーズに食べていく。
それを見て、ボクもとりあえずは空腹度の減少に努めるために、自分のお昼ご飯に取りかかることにしたのだった。
そして二十分後。
「はふう。さすがにもうこれ以上は食べられないかな」
「いやいやいや。それだけ食べれば十分やん」
ごちそうさま直後のボクの台詞に、即座に突っ込んで来るエルフちゃん。
その顔は得体の知れない生き物でも見るように恐れおののいていた。プレートにはまだ半分くらいは料理が残っているというのに失礼な話だよね。




