126 それからそれから
あれから後の事は、正直言ってかーなーりしんどいものがあった。侵入者があったことの報告や何やらで、本当に予想した通り徹夜となってしまったのだ。
まあ、クンビーラのトップがいるお城に怪しい人が侵入していたのだからさもありなんという話だろう。深夜になりかけていたにもかかわらず、上へ下への大騒ぎとなってしまったのだった。
もちろん適当なところでログアウトを挟むことで、リアルではしっかりと休息や睡眠を取ってはいた。
しかし、『OAW』ではああいうイベントの時のみの隠しパラメータが存在するのか、極度に疲れたような、やたらと体が重い状態にされてしまっていたのだった。
それと、侵入者さんを追い返した時点でインフォメーションがなかったことで薄々は気が付いていたのだけれど、彼女が成りすましていた本来の侍女さんを発見した時にも何も起きることはなかった。
つまり、今回のイベントは未だ継続しているようだ。
そういえばミルファが死にかけたあの事件でも、襲撃者を衛兵隊に引き渡しても何も起こらなかった。もしかすると、この二つは同じイベントで、まだまだ進行中として処理されているのかもしれない。
侵入者さんはボクとの取引に応じてくれたのか、襲撃者たち敵対している連中はすっかり鳴りを潜めてしまっていた。
このまま上手くこちらの策にはまってくれるとありがたいのだけど、はてさてどうなる事やら。
余談だけど、例の侍女さんは空き部屋となっていた客室のベッドで、布団を掛けられて寝かされていた。
彼女によると、お風呂の準備ができたところでボクを呼びに行こうとしたところで侵入者さんに襲われたそうで、湯浴み場から出たところから記憶がないそうだ。
そんな彼女だけど気絶させられただけで怪我らしい怪我はしていないとのことだった。侍女服を剥ぎ取られていたため、発見した騎士さんに下着姿を見られてしまったのが一番の被害だったのかもしれない。
その後、柔肌を見てしまった責任を取ると、その騎士さんが宣言した――これまた周りに言わされた感はあったそうだけど――こともあって正式にお付き合いすることになったとかどうとか。しかも以前から二人ともどうやら憎からず思っていたらしく……。
何だこの桃色風強硬ハッピーエンドなルート展開は?と思ってしまったのは秘密です。
ボクの方だけど、さすがに侵入者を無断で取り逃がしたことには問題があったようで、宰相さんから小一時間ほどお説教を受ける羽目になってしまった。
まあ、最終的には当時のボクの状況や、見逃した狙いも理解してもらえたのだけどね。
「まあまあ、叔父上。これで向こうが先手を打って奇襲を仕掛けてくるのを封じることができ、しかもこちらの準備が整っている状態のところへ手を出さざるを得なくなったのだと思えば、リュカリュカの機転には感謝しなくてはいけないでしょう」
という公主様のとりなしがあったから、ともいえるけど。
「それにしても髪型で侵入者を見分けるとは恐れ入った」
「身だしなみをしっかりさせていたのが功を奏しましたな。侍従たちにも一目で見分けることができる特徴的な何かを身に着けさせるべきかもしれません」
いきなり目の前で公的な公主と宰相モードに変わられたりして困惑する、なんて一幕もあったり。
結局、お城だけでなくクンビーラの街全体の巡回や警戒を強化することになり、各門での出入りの審査も念入りに行われることになったのだった。
その際に、ブラックドラゴンの守護竜化を記念する式典を大掛かりに執り行うことを名目としたのはさすがだと感心したものだ。
これで冒険者たちが流す噂や商人たちの動向と合わせて、ボクが侵入者さんに語ったことが真実であると、敵対している連中により一層印象付けられたはずだ。
さて、その侵入者さんなのだけど……。
「ま、まさか潜入したことのある場所で警備の仕事をすることになるやなんて……」
その貴重な経験を活かして?クンビーラのお城で働くことになっていた。
近衛兵や騎士さんたちに巡回の時に特に気を配るべき場所の解説をしたり、侍従さんや侍女さん、文官の人たちに不審者からの逃げ方を教えたり、さらには潜入経路と逃亡経路を潰して回ったりしているそうだ。
「なに他人事みたいに言うてんねん!それもこれも全部あんたのせいやないの!」
その働きっぷりをニヤニヤしながら眺めていると、侵入者さんがキーっと叫び声をあげそうな調子で詰め寄ってきたのだった。
「えー。だって、あんな場所で再会したんだよ。これは運命だって思うのも当然だと思わない?」
ニッコリと会心の笑みで、しかしながら彼女にだけ聞こえるように小声で告げると、「ぐぬぬぬぬ……」と唸り声をあげて悔しそうな顔をする。
そう、今の彼女が先日ボクと遭遇した侵入者であることは秘密となっていたのだ。知っているのは公主様や宰相さんといった極わずかな人のみ。
どうしてこんなことになっているかというと、それはあの騒動のあった翌日の昼頃のことへと遡る。
その日の朝、貫徹してフラフラになって定宿の『猟犬のあくび亭』へと帰ってきたボクは、そのまま倒れるようにして眠りに着くことになる。
そしてお昼になった頃、階下から漂ってくる美味しそうな匂いに誘われて、ようやく覚醒したのだった。
「うーん……?ああ!帰って来てそのまま寝ちゃったんだっけ。みんなは……、冒険者協会の訓練場か。まあ、あそこならおじいちゃんたちもいるし安心でしょう」
ボクと違ってミルファたちは昨晩しっかりと眠っていたので、今日一日は自由行動にしてもらったのだ。とはいえ、命を狙われているかもしれない状況では行き先の選択肢がほとんどなかったみたいだね。
うちの子たちも付いて行っているようだけど、もうろうとした意識の中で「ネイトの言うことをちゃんと聞くように」といったような気がするので大丈夫だと思う。
「はあ……。それにしても長い一日だった」
ゲーム内の二十四時間をほぼ全て体験したようなものだ。
その間にリアルではなんと四日も過ぎていた。
パーティー全体で戦うことの訓練をしていたはずが、とんだ展開になってしまったものだ。
「はふう。お腹空いた」
気が付けば空腹度が五十パーセントを超えていた。
そういえば昨晩からのゴタゴタで朝ご飯を食べることができていなかったのだった。ちょうど良い時間になっていることだし、久しぶりに『猟犬のあくび亭』のにぎわう食堂でお昼ご飯を食べるのもいいかもね。
まさかそこで、まさかの人と再会することになるとはつゆとも思わずに、ボクは軽い足取りで部屋から出て行ったのだった。




