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テイマーリュカリュカちゃんの冒険日記  作者: 京 高
第十一章 お城での一夜

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121 お風呂に入りたい

 気が付くとネイトはすっかり寝入ってしまっていた。可愛らしい――ここも重要!――「すぅすぅ」という寝息を立てている。

 一方、ボクはというと汚れが気になって眠るどころではなくなってしまっていた。


「あのぅ、すみません……」


 ネイトを起こしてしまわないように、小声で外に呼びかけながら小さく扉を開く。


「はい。何か御用でしょうか?」


 そこにはなんと侍女さんがいた。

 おおう!もしかすると御用聞きとして誰かいるのかも?とは思っていたけれど、本当にいたとは!彼女はボクの顔を見るなり椅子から立ち上がって近くへとやって来る。


 おや?食堂に案内してくれた人とは別の侍女さんだ。

 クンビーラのお城は就業時間が長時間に及ばないように配慮されているホワイトな職場のようです。まあ、就業時間の長短が企業倫理の良し悪しと直接に関わってくる訳じゃないらしいけれど。


 例えば同じくらいの能力を持っている人たちの中で、一歩抜きんでようとするにはどうすれば良いか?

 一番簡単なのが、費やす時間を増やすことだ。まあ、人間は機械じゃないからそれだけで上手くいくとは限らないけれど、それでも費やした時間は経験や自信となっていくものなのだ。


 本当に性質の悪い企業というのは、社員のそうした向上心や克己心といった正の感情すら煽り利用して使い潰していく所なのだとか。

 と、偉そうなことを言っているけれど、ボク自身はアルバイトすらしたことのない甘ちゃん学生な訳でして……。

 今の話も報道系の番組の聞きかじりの知識なので、精々参考程度に思っておいてほしいところです。


「あの……、いかがされましたか?」


 うおっと、盛大に思考が横道にそれてしまっていたよ。

 侍女さんの胡乱うろんげな視線が痛い……。


「えっと、実はちょっと体の汚れが気になってしまいまして。できれば身体を拭く物とかがあればなあ、と……」


 さすがにリアルのニポンとは事情が異なり過ぎるので「お風呂を用意して」とは言えませんでしたよ。

 ところが。


「リュカリュカ様方のご要望は可能な限り叶えるように言われております。湯浴みの支度をして参りますので、少々お待ちください」


 それだけ言うと、侍女さんは軽く一礼してスタスタと廊下を歩いて行ってしまったのだった。

 その後ろ姿に余計な仕事を増やしてしまって申し訳ないと思いつつ、心の中では「公主様、ありがとー!」と叫ぶボクなのでした。


 そして数分後、コンコンコンと扉を叩くような音が微かに聞こえた。


「ん?」


 ……ような気がしたのだけど?

 が、それ以上は何も聞こえてこない。ちょうど折悪くエッ君たちと遊んでいたところだったのではっきりと聞き取れていなかったのだ。

 どうしようかと悩んでいる間に、「これで違っていたら結構恥ずかしいかも?」とか、「こういうお城とかお屋敷って、幽霊ネタが鉄板だよね!?」などという余計な空想が頭の中で広がっていく。


 でも、もしも新規のイベントならインフォメーションが流れるはず……、ってダメだ。

 このゲームには不意討ちのランダムイベントなどというものがあったのでした。しかもボクの場合、ランダムイベントの『竜の卵』を曲がりなりにもクリアした影響で関連すると思われるイベントもインフォメーションが流れないようになってしまっていた。


「えっと……、幽霊というかゴーストって、こういうゲームではアンデッドモンスターという(くく)りの魔物扱いになるんだっけ?」


 リアルと違って倒すことができるのはありがたい、のかな?

 まあ、一方的に恐怖を振りまいてくる存在じゃないだけマシかもしれない。


 とはいえボクもか弱い女の子でありますから、できることなら遭遇(こんばんは)したくはないというのが本音のところ。


 はい、「か弱い女の子?」と疑問符(ハテナマーク)を浮かべたそこのあなた!

 ちょっと話があります。表出ろ。


 などと、恐怖心からか意味不明な寸劇を脳内展開していたところ、コンコンコンと先ほどよりは少し大きな音でノックする音が聞こえてきた。


「……失礼します。湯浴みの準備が整いましたのでお伝えに参りました」


 そして、遠慮がちな小声が扉の向こう側から発せられた。


 うおう!?やっぱり侍女さんが来てくれていたんだ!

 どうやら、こちらを気遣って音や声を控えめにしてくれていたようだ。わたわたと慌てて扉へと取り付くと、眠っているネイトを起こさないようにそっと開く。


「はいはい、お待たせしました。……あれ?」


 そこには先ほどとはまた別の侍女さんが立っており、ボクの姿が見えると同時にゆっくりと頭を下げる。その動きに合わせるように、肩口を超えて背中の方まで伸びている髪が廊下に配置された燭台に灯る蝋燭(ろうそく)の揺らめく光を受けて(つや)やかに波打っていた。


「どうかなされましたか?」

「うひゃあ!」


 その幻想的な光景に思わず見入ってしまっていたところを呼びかけられて、思わず変な声が出てしまう。

 やばいです。先ほどの侍女さんに引き続いてまたしても胡乱げな視線を向けられてしまう。


「あー、ええっと、その……。あ!皆さんたちが着ているその服って可愛いですよね」


 咄嗟に思い付いた侍女服を誉める作戦に出るボク。

 すると彼女の方もまんざらでもないのか、微笑んで「ありがとうございます」と返してくれた。


 罰ゲームとしてミルファにも着せた物だけど、クラシカルなメイド服っぽい装いでとっても良いものです!ってボクはどこかの評論家か。


「あ、お風呂……、湯浴みの用意ができたんでしたよね。すぐに用意します」


 断ってから一旦部屋の中へと戻り着替えを……、ゲームだからアイテムボックスがあるのでした。

 ものすごく無駄なことをした気分になりながら、せっかく戻って来たのだからと、もしもネイトが目覚めた時のために『お風呂に行ってきます』とメモを書き残しておくことに。


「これで良し。エッ君、リーヴ、お風呂に行こう」


 うちの子たちと連れ立って部屋の外へ出ると、侍女さんに案内してもらって湯浴み場へと向かう。


「こちらになります」


 そこもまた来客のための施設なのだろう、あっという間に到着してしまった。


 ふとボクの前、侍女さんの真後ろについて歩いていたエッ君を見る。

 夜の(とばり)が下りて周囲が暗くなっていることもあるけれど、それを除外しても彼の卵ボディが薄っすらと灰色じみている気がする。

 そんなボクの視線に気が付いたのか、振り返って「どうしたの?」と言いたげに体を傾げるエッ君。


「エッ君さあ、なんだかちょっと汚れてない?一緒にお風呂入って洗ってあげようか」


 とボクが口にするや否や、ぶんぶんぶんぶんと体を横に振ることで全身で拒否を表現すると、ぴゅーっと音が出そうな勢いで少し離れた場所まで逃げてしまった。


「しまった。問答無用で連れ込むんだった」


 失敗を悟ったボクは彼を捕まえることを諦めて、侍女さんの先導で湯浴み場へとリーヴと一緒に入って行ったのだった。


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