119 次期公主様への教育方針
思わぬ余興を披露することになった夕食会だけど、その後はすんなり和気藹々と進めることができた。
馴染み過ぎているミルファは論外として、ネイトも緊張はしていたようだけど、受け答えをする分には問題なくできるようになっていた。
それにしてもいつもと全く変わりがなかったうちの子たち二人は、大物だと感心して良いものなのかどうか微妙に判断に迷ってしまう。
とりあえずエッ君は公主妃様の膝から戻ってらっしゃい。
「ふふふ。せっかくの機会だからリュカリュカたちに我が子を紹介しておこうと開いた夕食会であったが、思わぬ収穫となった。改めて礼を言おう」
食後のお茶を優雅に飲みながら、公主様が微笑んでいる。
そのハインリッヒ君だが、そんなことはお構いなしに食後のデザート、蒸しパンのようなものにベリーっぽいジャムを塗りたくった物をぱくついていた。
あ、宰相さんが自分の分も食べさせようと譲っている。
「マクスム義叔父様、あまりハインリッヒを甘やかさないでくださいね」
「はっはっは。毎日ではないのだ、老い先短い老人に楽しみを与えると思って大目に見てくれ」
「病気の一つもしたことがない癖に、お父様のどのあたりを見れば老い先が短いことになるのやら」
公主妃様と宰相さんのやり取りを聞いたミルファが小声でぶちぶちと文句を垂れている。
まあ、これは本心ではなく、父親をハインリッヒ君に取られたような気分になっているだけだろう。
ダダ甘じいちゃんな今の姿からは想像がつきにくいけれど、ミルファからすると厳しい父親だったのかもしれない。ボクと初対面の時にもやらかしたあの娘にウメボシ攻撃をしていたことだし、その可能性は十分にありそうだ。
でも、宰相の奥さん、つまりミルファのお母さんは彼女が小さい頃に亡くなったという話だし、男手一つで娘を育てるために色々と苦労したんじゃないかな。
当のミルファは騎士たちに混ざって剣の腕を磨いていたという、深窓の令嬢とは真逆の位置にいたみたいだからね。
しかし一方で、必要とあらば令嬢然とした態度を取ることもできるのだから、宰相さんの教育が失敗したということではないと思う。
何より、ミルファは他人のことを思いやれるいい子なのだ。
まあ、ちょっとばかり脳筋で猪突猛進なところがあるけど。
「……リュカリュカが何か失礼なことを考えている気がしますわ」
「キノセイダヨー」
「その片言が怪しさ倍増ですわ!」
「まあまあ、二人とも。公主様方の前なのですからそのくらいにしておいてください」
じゃれるボクたちにネイトからお叱りの声が。
ここで止めておかないと本気で怒らせてしまう。普段穏やかな人ほど、怒った時は怖いというのは本当だったんだよ……。
その実体験については、機会があればお話しするということで。
「さて、ハインツよ。そろそろいい加減お前のことを皆に紹介したいと思うのだが?」
「んぐっ!?……は、はい。父様!」
そんなボクたちのやり取りを横目に、公主様がハインリッヒ君に呼びかける。その声音は先ほどまでとは打って変わって冷ややかだった。
七歳という年齢を考えると甘いものに夢中になってしまうのは仕方がないと思うのだけど、次期公主ともなるとそうは言っていられないのかもしれない。
「ヴェルよ、何もそんな冷たい言い方をしなくともよかろう」
「叔父上……。キャシーの弁ではありませんが、ハインツを甘やかせ過ぎないでください。ブラックドラゴンという強大な力が加わろうとしているのです。この子が暗愚となってはクンビーラの存続すら危うくなってしまうのですぞ」
お父さんの厳しい言葉に、しゅんとして俯いてしまうハインリッヒ君。
心情的には宰相さんの言い分に一票と言いたい。
ただ、先々のことを考えると公主様の意見も分からないではない。あのブラックドラゴンはブレスの一発でこの町を壊滅させることができるだけの力を持っていたのだから。
「公主様、この街を支配する者としての責任を説いているのでしょうけれど、それでは全ての重荷を彼に背負わせてしまうことになりませんか?」
それでも、まだ幼いとすら言える子どもを追い詰めてしまうようなやり方はどうかと思ってしまうのだ。
「トップとして一番上に立つのだ。全ての責任が問われる立場であるのは当然のことだろう」
「気概としてはその通りだと思います。だけど現実的に街の人一人一人がしでかしたことの責任なんて取れないし、しちゃいけないことのはずですよ」
後ろ盾となる事と甘やかすことは違うのだ。
大体、認められていない半端者ほど虎の威を借るような発言をするというのが創作物のお約束といえる。そんな連中の尻拭いなどをしていたら、体がいくつあっても足りやしない。
「リュカリュカよ、随分と回りくどいな。それで結局お前は何が言いたいのだ?」
「簡単ですよ。今からそんなに厳しく教え込もうとしなくてもいいんじゃないですか?ということです」
ちょっぴりムッとした様子の公主様の問い掛けに淡々と答えを返す。すると話題が元に戻ってしまったと悟ったのか、彼の顔の険しさが増していく。
「それに食事を始める前に公主様は「内輪だけの席」と言ってくれましたよね。それなら来客時のような態度を求める必要もないんじゃないですか?」
そんな公主様が何か言おうとするのを両手で制して、最重要な一手となる一言を口にする。
ふう……。
なあなあでずぶずぶな関係になるのは、取り込まれてしまいそうで危険なのだけどね……。
それでも、まだ年齢一桁台の少年が、過酷な運命を背負わせられてしまうというのは見ていられなかったのだ。
それこそブラックドラゴンがクンビーラの守護竜になるように仕向けてしまった責任というものもあるし……。
ポカンとする公主様たちにニッと口角を上げて笑いかける。
「ふっ、ははは。そうくるか」
「ヴェルよ、ここはリュカリュカの言に従っておくべきだな」
「そうですな。ここで言い募ってはせっかくの心遣いを無駄にしてしまうことになる。ですが……」
「分かっている。少々度が過ぎていたと反省しているところだ。ハインツが侮られたりしないように気を引き締めておく」
公主様と宰相さんがハインリッヒ君の教育を巡って喧嘩をするという展開も避けられたようだ。
二人が仲直りする様を見て、公主妃様が小さく頭を下げていたのが印象的だった。




