115 お腹が空いた
完全に前話からの続きですが、章を変更しています。
数分後、ボクたちは全員揃いも揃ってベッドの上で荒い息を吐いていた。
「ふう、はあ……。さて、と……。どう?少しは落ち着いた?」
「は、はい。ご迷惑をおかけしました」
息を整えながら尋ねたボクに、消え入りそうな小さな声で返事をするネイト。
果物の香り付きの水を飲んで一旦は落ち着いた彼女だったのだけれど、その水が入っていたコップがガラス製であることに気が付いてまたもや取り乱してしまったのだ。
それを正面からなだめようとしたのが悪かった。完全にパニックを起こしてしまい、暴れ始めてしまったのだ。
その際に放り投げてしまったガラスコップは、エッ君が素早く動いて床に落ちる寸前にキャッチ!
よって事なきを得たのだけれど、もしもあれが壊れてしまっていたらネイトの落ち込みっぷりに拍車が掛かっていたことだろう。
ミルファとリーヴは暴れるネイトを二人して押さえつけていたため、疲労困憊で動く気力もないのかベッドの上でぐったりしている。
純粋に体力を使ったという点もあるが、それ以上に怪我をさせないようにと言う気疲れがあったのだと思う。
「誰も怪我がなくて良かったよ」
「で、でも――」
「でもはなし、だよ。大体ネイトばかり責められる話じゃないんだから」
こちらではまだガラス製品が貴重で高価な代物だとすっかり忘れてしまっていたことや、混乱した彼女を落ち着かせようと正面から向かって行ってしまったのはボクのミスだ。
ミルファにしても、実家であるという安心感からか不慣れなボクたちのエスコートを怠っていた落ち度がある。
「だから誰も怪我をしなかったし、何も壊れなかったんだから良しとするべきなんだよ」
それでもやっぱり納得ができないのであれば、今後何ら困ったことがあった時に手助けをしてくれればいい。そう言って聞かせると、渋々ながらもネイトは首を縦に振るのだった。
「それにしても、お腹が空いたね……」
今のゴタゴタで午後八時台も半ばを過ぎようとしていた。
「そういえばリュカリュカは、いつも日が暮れるより前に食事を済ませて眠ってしまうのでしたわね」
普段ボクは一度のプレイで数時間しかログインすることができない。そのためゲーム内での活動は、日中の午前中か午後の時間帯にしていた。
食事の時間もそれに合わせていて、夕食は名前の通り夕方に食べるようになっていたのだ。
と、何やら良からぬことを思い付いたらしいミルファが、寝転がったままの体勢でニヤニヤと悪戯っぽい笑みをこちらへと向けた。
「お子ちゃまのあなたが起きているには遅い時間でしたかしら?……あいたっ!?」
そんな彼女を「ていっ」と軽いデコピンで黙らせる。
まったくもう、せっかくの美人さんが台無しだよ。
まあ、そんなボクたちのやり取りを見たネイトがクスッと笑っていたから、今回だけは結果オーライにしておいてあげよう。少しだけ赤くなったおでこを撫でながら上半身を起こしていくミルファの頭の上で軽くポンポンと手を跳ねさせた。
「それにしても、本当にお腹が減ってきましたわね……」
その言葉にようやく空腹を自覚したのか、探検隊を続行していたエッ君がボクたちのいるベッド近くの床に力なく座り込んでしまった。
「食事については……、公主様も宰相さんも何も言っていなかったよね?」
「ええ。ですが、素泊まりができる街の宿であるまいし、泊まる者に食事を出さないだなんてことはありませんわよ」
しかも今回はボクたちがいきなり押しかけたのではなく、あちらから泊まっていくように勧めてきたのだ。持て成さないなどということは貴族として考えられないそうだ。
「もしもそんな話が出回ってしまえば、例え噂であったとしても他国からの嘲笑の的になってしまいますもの」
貴族は見栄と面子で生きている、なんて言われ方をするけれど、そんな貴族には彼らなりの気苦労というものがあるみたいだ。
とはいえ、そんな事情は今のボクたちの空きっ腹には直接は関係ない訳で……。くー、きゅーと可愛らしい――ここ重要!――自己主張を始めたのだった。
「あの、もしかするとわたしたちに気を使って、こちらから言い出すのを待っているのではありませんか?」
確かに、夜道は危険だという理由から半ば無理矢理ボクたちを引き止めたということで、公主様たちが気を遣っている可能性がないとは言えない。
「慣れない環境で落ち着くまでに時間がかかるだろうから、食事のタイミングはボクたちに任せようってこと?……ミルファはどう思う?」
「公主様はそうした気遣いができる方であり、お父様も常々細やかな心配りが大切だと説いていらっしゃいましたから、ネイトやリュカリュカの予想が的外れだということはないでしょう。ですが、それならそうと最初の時点で一言添えられていると思いますわね」
ふむふむ。これまた至極真っ当な意見だね。
それに気遣いができる人が肝心の一言を伝え忘れているというのも考え辛い。
まさか何か良からぬ非常事態が発生してしまった?それが起きたのはボクたちが嫌な想像を抱き始めた時のことだった。
コンコンコンコン、と軽やかに入口の扉がノックされたのだ。
思わず顔を見合わせ合う。が、それ以降は何も起こらない。こちらからのリアクション待ちだろうか?
「は、はい!」
頷き合ってから、とりあえず代表としてボクが声を出す。
「お休みのところ失礼いたします。お食事の用意ができているのですが、いかがいたしましょう?」
扉越しのためか、若干くぐもった若い女性のものと思わしき声が聞こえてくる。
どうやらお城の侍女さんがご飯のお知らせに来てくれたようだ。
「いかがしましょう、ってどういうことかな?」
「この部屋で食べるか、それとも食堂で食べるのかと問うているのですわ」
「なるほど。……それで、ここはどう返すべきなの?」
「普通の賓客であれば交流を深めるためにも食堂へ赴いて、ということになりますわね」
そんな当たり前のことをわざわざ尋ねてきたということは……、ああ。ボクたちの調子を気遣ってくれているのか。「調子が悪くなければ、一緒にご飯を食べないか」と誘ってくれている訳だ。
「さっき一通り騒いだから、一時に比べると落ち着いてはきているけれど……」
ただ、公主様たちと一緒に高級料理をマナー全開で食べられるほどの余裕があるのかと問われれば、確実に「いいえ」だ。
できることなら食事時くらいは気を抜いていたい。
「公主様たちには悪いけれど、この部屋に持ってきてもらうことにしよう」
という選択をすることにしたのだった。




