112 どらごんていまー
さっきも言ったように緊張している人はミルファだけではなかった。
むしろ緊張していない人の方が少数派だったかもしれない。公主様と宰相さん。バルバロイさんは……、ミルファが気になっているだけかな。
後はデュランさんとおじいちゃんくらいなものだろうか。
「シュセン組合長が緊張しているのは意外かも」
「いくらクンビーラが自由交易都市といっても俺たち商人に大きな権力はないからな。組合長でも担当の貴族様以外とは面識がある程度だろう」
クンビーラの場合だとそんなものらしい。てっきり貴族の御用商人として深い所まで食い込んでいるものとばかりに思っていたのだけど意外だ。
この辺りは商人側がへたれていたということではなく、公主家の代々の政治手腕が優れていたということなのかもしれない。
ちなみにボッターさんが落ち着いているように見えるのは、ボクと同じで自分以上に緊張している組合長が隣にいたことに加えて、こうやってボクが話しかけているからだろう。
「貴族さんたちが固くなっているのは、やっぱりデュランさんとおじ、ディランさんが揃っているから?」
「そうだろうな。十人の仲間たちと共に千を超えるオーガの軍勢を壊滅させ、その上たった二人でオーガキングを倒したという逸話は大陸中に広がっているからな」
冗談みたいな話だけど、今から三十年ほど前に西の『土卿王国ジオグランド』で実際にあった出来事なのだそうだ。
そしてついたあだ名が『泣く鬼も張り倒す』。厳ついというよりは微妙に面白おかしい感じなところに、おじいちゃんたちの悪あがきの跡が見えるような気がする。
「ブラックドラゴンがまだクンビーラの守護竜として首に紐が付いていない現状、対抗戦力となり得るのはあの二人くらいだ。貴族様方としても機嫌を損ねないように気を遣っているんだろうさ」
なるほど。ちょっと他力本願な気がしないでもないけれど、現状が理解できているのだから無能な人たちという訳ではないみたい。
「しかし、噂に漏れ聞こえてきてはいたが……。嬢ちゃん、本当にあの<オールレンジ>を「おじいちゃん」呼びしているんだな」
「ネイトやミルファからも言われた。でもこれで慣れちゃってるから、今さら変えるっていうのも変な気分になりそうで……。やっぱりまずいかな?」
「本人が気にしていないようだから構わないとは思うが……」
と、そこで言葉を区切るボッターさん。
「冒険者の中にはあの二人を神のように崇めている連中もいるという話を聞いたことがあるから、一応気を付けておけよ。まあ、クンビーラなら嬢ちゃんも『竜を手懐けし者』として有名になりつつあるから、いきなり喧嘩を吹っ掛けられることはないだろうけどな」
知ってる。それ、フラグって言うんだよね!
……というかちょっと待って!
何やら聞き逃してはいけない危険ワードが飛び出してきていたようなんですが!?
「ボッターさん?つかぬことをお伺いしますが、『竜を手懐けし者』って何?」
「何って、嬢ちゃんの呼び名だぞ。まだクンビーラ限定だが、住人なら皆知っているくらいには広まっているぜ」
「おうっふ……」
なんてこったい。いつの間にかそんな恥ずかしい呼び方が広まっていただなんて……。
しかもエッ君のことがあるから、完全に違うとも言い切れないのが辛い。
「ブラックドラゴンが守護竜になった時点か、もしくは式典の時くらいに正式にお披露目ってことになるんだろうな」
「な、なんとかそれを回避する方法は――」
「あると思うか?」
「ですよねー……」
そんなものがあるとは全くもって想像もつかなかったです。
クンビーラとしても『冒険者協会』としてもいい宣伝になるだろうから、取り下げてはくれないだろう。よしんば聞き入れられたとしても、ああいうものは人の口伝いに勝手に広まっていくものだ。完全に食い止めるのは不可能に近い。
椅子の背もたれに体を預けて――あ、この椅子背中が当たる部分もふかふかだ!――がっくり項垂れてしまう。
まだ始まる前だというのに、関係のないところで疲れてしまったよ……。相変わらず他の大多数の人たちは緊張しっぱなしのようだし、この後の会議は大丈夫なのだろうか?
そんな心配をしてしまったけれど、そこはやはりクンビーラを動かしている人たちや、それぞれの組織で長やその補佐をしている人たちということになるのだろう。
いざ、会議が始まってしまうと、それまでの微妙な空気はすっかり消えてしまっていた。
部署や組織ごとの醜い足の引っ張り合いなどが行われることなく、全員が揃って同じ方向に向いていたことも大きいと思う。
一歩間違えればクンビーラ存亡の危機に直面するかもしれないという内容だったことが、ここでは幸いした形になったのかも。
「敵が公主殿下とブラックドラゴン殿との会談の最中や、その後の守護竜となった記念式典で手を出してくるというならば彼の方に先に接触ができることになる。よっていかようにも対処できると考えられますな。……もっとも、これはこれで問題ではあるのですが」
邪魔が入ることを前提として行事を組む必要があるし、それだけ多くの警備や護衛を必要とするようになってしまう。
だけど個人的にはそれ以前に、あのブラックドラゴンがこちらの言うことを素直に聞いてくれたり、指示に従ってくれたりするのだろうか?ということだったりします。
「逆にそれより先、例えばクンビーラへと戻ってきた瞬間などに仕掛けられるとなると、敵の思惑通りに我らの裏切りだと捉えられてしまうやもしれませんぞ」
現状、こちらの一番の問題点はブラックドラゴンとの連絡手段がないということだ。
そこを突かれてしまうと、どうしても後手へ後手へと回らされてしまうことになる。官僚貴族さんたちの言葉に公主様は腕を組んで唸っていた。
「ふむ……。会談や式典の最中を狙う方が効果は高いが、成功率を高めるならばクンビーラに帰って来た直後ということか」
イベント事や行事の最中に起きた出来事は記憶に残り易く、普段よりも強い印象を与えることができる。しかしですよ。実はこれ、失敗させるよりも成功させる方が簡単だったりするのだ。
それというのもイベント事や行事というものは、「例え目立った出来事がなくても、それは十分に成功だと言える」からだ。
対して失敗させるためには決定的な何かが必要となってくる。
それこそクンビーラとブラックドラゴンが完全に決別するような、誰が見ても破綻したと思えることでなくてはいけないのだ。




