111 すごく、かたいです
誠に残念なことながら悪い予感というものは往々にして当たるようにできているらしく、用途不明品を含むアラサーおじさんの持ち物は綺麗さっぱりと全部盗まれていた。
まあ、ゲームなのだからこうやってイベントが発生するのが当たり前と言えば当たり前のことなんだろうけど。
困ったことにランダムイベントに関連しているだろうことから、イベント発生の通知が一切行われないのが痛いところ。
これは一度リアルに戻って、似たようなイベントについて下調べをしておくべきなのかしら?
でも、本格的にゲームの攻略になってしまいそうなので、積極的にはやりたくはないというのが本音だったりします。
やり直し前提、死に戻り前提で行動する方がよっぽどゲーム的だ、と言われてしまえばそれまでなんだけどさ。
ともかく、情報の共有が必要だということで公主様たちに報告してもらえるようにお願いしたところ……。
「どうしてこうなった……」
先ほどまでいた小さめの部屋から会議場のような場所へと連れて来られてしまったのだった。
後から聞いた話によると、あの部屋はクンビーラの一般住民が登城した際に控室代わりに使われている場所だったそうだ。いきなりお城へ連行はどうかと思うけど、一応配慮はしてくれていたらしい。
しかも、そこに並んでいるメンバーがまた凄い。まずはクンビーラ支配者側からは公主様に始まり宰相さん、四方の領地持ち貴族――当主が自領に戻っているため、次期当主や腹心といった代理人ばかりだった――と官僚に該当する貴族たちがすべて出そろっていた。
ゲーム内時間では、もう夜なんですけど……。
次に騎士団からは騎士団長と千人隊長の三人が、衛兵隊からは統括責任者である総長さん――何気にこの人とは初顔合わせです――が並んでいた。
親衛隊の人もいるけど、こちらは参加しているというより公主様たちの護衛と会場の警備という感じかな。
ここまででも錚々たる顔ぶれだというのに、加えてなんと冒険者協会からデュラン支部長、商業組合代表としてシュセン組合長とボッターさんがいたのだった。
だから、もう夜……。
「あれ?どうしてボッターさんが?」
「嬢ちゃんが関係していると聞いた組合長に無理矢理連れて来られたんだよ……」
ちょうど隣の席に座っていた彼に尋ねてみると、酷く疲れた顔と口調で教えてくれた。
どうやら元々面識があったことに加えて『兜卵の液状薬』の一件でボク担当を押し付けられたらしい。
……何気に酷い言われ方のような気がする。液状薬なんて潜在的な需要があった所にたまたま合致する品物をボクが提供することになったに過ぎない。
言ってみれば、単純に市場リサーチができていなかったというだけの話なのだ。
まあ、ゲーム的に見ればプレイヤーが活躍するための下地を残して置いていたということになるのだろうけれど。
話を戻そうか。集められていた人たちは会議場中央に置かれた楕円形というか卵型のテーブルに着かされていた。
奥の尖った頂点の部分に公主様が座り、そこから向かって右側に宰相さんと領地持ち貴族たち、そして騎士の四名と衛兵隊総長と並ぶ。
もう一方の左側には官僚貴族たちが座っていた。あ、例の王冠を発見することになった倉庫の整理を依頼したシグイム男爵さんもいるね。
反対に卵の平たい底辺側にはボクたち『エッグヘルム』の三人――リーヴは護衛役よろしくボクたちの後方に立っており、エッ君はテーブルの上をコロコロしていた――を始めとして残るメンバーが着席していた。
あ、おじいちゃんは冒険者代表ということでデュランさんの隣に座っているよ。
「ネイト、大丈夫?」
「だ、大丈夫……、な訳ないじゃないですか……!」
ほとんどが顔見知りとなるミルファはともかく、一般的な冒険者として生活してきたらしいネイトには荷が重い状態だったようで、既に涙目になってしまっていた。
ちょっぴり罪悪感を覚えながらも「ボクのせいじゃないし……」と心の中で呟く。
実際、どちらかというとボク自身がネイトの立場に近いので、ガッチガチに緊張してしまってもおかしくない状況だった。
え?そう言う割には平気そうだ?
むしろ余裕があるみたいに見える?
そうだね。まったくもって予想外の事態だけど、この時のボクはほとんど緊張してはいなかった。
ほら、慌てている人を見ると自分はかえって落ち着くっていう話があるじゃない。あれって、他のことでも該当するみたいなんだよね。
つまりですよ。この会議場にはボク以上に、いや、隣でカチンコチンになっているネイト以上に緊張している人がたくさんいたのだ。
緊張している人その一。『エッグヘルム』の一員にしてアタッカーのミルファちゃん。
……どうしてこの娘が?と思うよね。うん。ボクもそう思った。
立場的にはこの場では公主様と宰相さんに次ぐくらいのはずなのに、彼女はネイトの隣で彫像のように固まってしまっていたのだった。
「うーん……。席順を間違えちゃったかな?」
ネイトが緊張してしまうのは目に見えていたので、彼女を真ん中に配置してその両脇にボクとミルファが座っていたのだけど、その隣席に座る相手が悪かったようだ。
先ほども描写した通り、ボクと隣り合ったもう片方の席にはボッターさんが座っていた。そして彼がいるということはそのさらに向こうにシュセン組合長が座ることになる。
そうなると結果的にミルファ側には冒険者協会の二人が着くことになる訳でして。
デュランとディランという憧れの冒険者がすぐ側にいるということでオーバーヒート状態になってしまった、ということらしい。
訓練と称してボクたち全員がその二人からボコボコにされたのはつい昨日のことのはずなんだけど……。
一等級冒険者の肩書は伊達ではないということで、たった二人に良い様にあしらわれてしまったのはかなりショックな出来事だった。
それでも尊敬の度合いは変わらないのだから、筋金入りのファンということなのかもしれない。
そんなミルファの姿に、コムステア侯爵の代理としてやって来ていたバルバロイさんは微妙に不機嫌そうな顔になっていた。
公主様と宰相さんはそんな若者たちの様子を見ては、ニヤニヤととっても楽しそうにしている。
いい趣味してるよ、ホント。
ちょっぴりミルファたちが気の毒になったので、後で公主妃様に言いつけてやろうと思います。




