109 事件勃発
「こいつは面倒なことになったな……」
おじいちゃんの呟きはボクたち全員の心境を的確に表していた。
あれから訓練を切り上げてクンビーラへと戻って来たまでは問題なかったのだけど、門のところに集まっていた騎士団の皆さんに捕まり、そのまま全員馬車に押し込まれてしまったのだった。
そして連れて来られたお城の一室で驚きの展開を知らされることになった。
余談だけど、この時点でリアルの寝る時間となったボクは後ろ髪を引かれつつも一旦ログアウト。翌日に改めてログインして、続きを聞くということになってしまっていた。
「まさかあのおじさんが殺されそうになったなんて……」
覚えている人も多いと思うけど、リーヴと出会うきっかけとなったブレードラビットを操っていた――自供だけど――アラサーおじさんのことだ。
その彼がつい数時間ほど前に騎士団の牢屋で襲われていたらしい。
「幸い発見したのが早かったので一命は取りとめたのだが、毒によるものなのかそれとも恐怖心によってなのか、完全に我々の言葉に反応しなくなってしまったのだ。リュカリュカ殿が協力してくれたお陰で、ようやく情報を得られるようになっていたというのに……」
説明をしてくれた騎士さんは悔しさを滲ませていた。
が、その台詞の中に気になる単語を発見してしまったボクはそれどころではなかった。
「ちょっと待ってください!『毒』って言いましたか!?」
「あ、ああ。襲われた際に毒物を使用されていたようで、かなり苦しんでいたようだ。だが、今は【キュア】の魔法で回復しているぞ」
クンビーラの騎士団及び衛兵隊では素質のある人に〔回復魔法〕を習得させており、そのためか他の都市国家に比べると殉職率が低いのだとか。
それはともかく、問題なのは襲った相手が毒を用いていたということだ。
「なんだかすっごく嫌な予感がひしひしと!?急いで衛兵部隊の詰所を確認して来て下さい!」
「どういうこと……、まさか!?」
どうやら騎士さんもボクが懸念していることに気が付いたみたい。
「すぐに部下を向かわせる!」
「おい、リュカリュカ。一体何がどうした?」
いきなり部屋を飛び出していった騎士さんの様子に目を白黒させながらおじいちゃんが尋ねてくる。
「この前ミルファが先走って返り討ちにあったことは話したよね」
「ちょっ!?言い方が悪いですわ!」
ミルファが何か騒いでいるが、聞いている余裕なんてないので話を続ける。
「その時にも毒が使われていたの。運良くネイトが助けてくれたけど、あと少し遅かったから危なかったかもしれない」
真っ昼間の街中ということで目撃者が多数いたから事件そのものは誤魔化しようがなかった反面、怪我をしたのがミルファだったことやその怪我が毒物によるものだったことなどは関係者以外には秘匿されていたのだ。
クンビーラの冒険者協会支部長という役職に就いているデュランさんなら通達されていたかもしれないけれど、身分的には一介の冒険者となるおじいちゃんには知らされていなかったという訳だ。
「おいおい。つまり騎士団本部に忍び込んで捕えていたやつを殺害しようとしたのは、そいつの仲間っていうことか?」
「それもあり得るね……」
そして口封じのために襲われたのだとすると、中央広場にある衛兵詰所に捕まっているはずの男も狙われているかもしれないのだ。
同じ建物内にいた騎士さんたちは被害を受けていないことから、敵は無差別に攻撃してくるような輩ではないのかもしれない。
が、見張りをしている人や運悪く鉢合わせてしまった人が害される可能性はあるのだ。
ボクたちは祈るような気持ちで新たな情報が入ってくるのを待つことになるのだった。
そうして待つことしばらく。
ようやく届いた待望の新情報には吉報と凶報が入り混じっていた。
「衛兵部隊に被害を受けた者はいなかった。だが……、捕えていたはずの男の姿はどこにもなくなっていたらしい」
何とこちらは殺害されるようなこともなく、身柄を奪われてしまっていたのだとか。
「申し訳ない。賊同士の繋がりを危惧して連中を分けていたことが裏目に出てしまった。騎士団、衛兵部隊共々の大失態だ」
「いえ。今はこちらの仲間内に被害がなかったことを喜びましょう」
これでもし誰かが死亡、もしくは復帰できないほどの大怪我を負っていたりなんかしたら、ボクの気持ち的にリセットしなくてはいけなくなっていただろうからね。
「ディラン様の予想通り、衛兵隊に捕らえられていた毒物使いは仲間だったということなのかしら?」
「そして騎士団に捕まっていた男は、仲間ではないので口封じのために殺されかけたということでしょうか」
ミルファとネイトが現状から導き出される推測を口にする。
分かりやすい流れだとするならば、まず黒幕からアラサーおじさんがボクの殺害の依頼を受ける。しかし逆に倒されて捕まってしまったことで、二番目の毒物使い集団にボクの殺害とおじさんの口封じを依頼したということだろうか。
だとすれば狙いはブラックドラゴン関係ということになる?
「あれ?何かおかしい?」
なんだ?何が引っかかっているの?
思い出せ、ボク。
ミルファを追いかけて路地裏で追いついた時、あの男はなんて言っていた?
『追いついて来たか。だが好都合だ。この場で全員まとめて始末してやろう!』
そうだ!ボクたち全員を殺害することを目的としていたのだ。
ブラックドラゴンとは無関係であるはずのミルファを含めて!
つまりは毒物使いの男はミルファも関わっていること、王冠と墳墓方面でボクたちを狙っていたのではないだろうか。
それじゃあ、なぜ彼やその仲間たちは危険を冒してまでアラサーおじさんを狙ったのだろうか?
ボクたちの誤解を誘うため?実際引っ掛かりそうになった訳だし、大いにあり得る。だけど、本当にそうなのだろうか?
さっきから頭をフル回転させているせいなのか、どうにも何か巧妙に落とし穴が仕掛けられているように感じられてしまうのだ。
「んっにゅうぅ……。ダメ!これ以上は分からない!」
「うわっと!?」
煮詰まった頭をリセットしようと大きな声を出してしまったからか、おじいちゃんたちが驚いていた。
「び、びっくりしました……」
「……きゅう」
あ、ミルファが気絶してる……。
「ごめんごめん。どうにも煮詰まっちゃって……」
謝りながら、改めてここまで考えていたことを整理し直していく。
本当は口に出して説明できればいいのだけれど、墳墓のこととか秘密にしておかなくてはいけないこともあるのだ。
ああ……。どうしてこうも次から次へと問題が発生してしまうのだか。
里っちゃんと違って、ボクは至って平凡な星の元に生まれたはずなのになあ。
「優ちゃんが私のことをどう思っているのか、一回しっかりと話し合う必要があるね!」
愛しの従姉妹様の抗議の声までもが、どこからともなく聞こえたような気がした。




