108 訓練は続く
余計なことを言って落ち込むミルファ。
雉も鳴かずば撃たれまい、だね。
「またあんな恥ずかしい格好をしなくてはいけないだなんて……」
地面に座り込んでしまった彼女を慰めるようにエッ君がすり寄っていく。
「わたくしを分かってくれるのはあなただけですわ!」
とか言ってガバッと抱きしめている。エッ君も後でお説教が待っている身だから、同じ境遇と言えなくはないのかも。
ちなみに、恥ずかしい恥ずかしいと連呼しているけれど、クンビーラのお城で使用されているごく普通のメイド服だからね。
まあ、あの二人は置いておくとしまして。
「ネイト、落ち着いた?」
「あ、はい。……ですがリュカリュカ、ミルファではありませんが、ディラン様をおじいちゃんと呼ぶのはいかがなものかと思いますよ」
「そうなんだ。うーん……。でも、その呼び方に慣れちゃったんだよねえ」
最後の部分を呼びかけるようにしておじいちゃんの方へと振り向くと、苦笑しながら頷いていた。
「そうだな。今さらリュカリュカにディランさんなんて呼ばれると、背筋が寒くなりそうだぜ」
フォローしてくれているんだろうけど、その言い方は色々とおかしいと思う。
「と、とにかくそういうことだから、ネイトには悪いけど慣れてください」
「慣れ……。うう、頑張ります」
うん。頑張れ。
「それで話を戻すけど、ネイトはレベルアップについてどう思う?」
「そうですね……。パーティーに入ったばかりということもありますけど、このパーティー自体が先日結成したばかりなんですよね?それなら基本的な役割分担や立ち位置を確立するために、無理のない範囲での戦闘を繰り返す方がいいのではないでしょうか。特に訓練の時は一戦一戦で区切られていましたから、今の内に魔物を相手にした連戦の経験をしておくのも手ではないかと思います」
ふむふむ。着実にパーティーでの戦い方に慣れると同時に、これまでできていなかったことにも目を向けるということだね。
それなら例え経験値はわずかでも、作業的にはならずにすむかも。
「うん。良いね。ネイトのその案、採用します。この調子でこれからも気になることがあったらバンバン言ってね」
「は、はい。分かりました」
とはいえ、これから長々とパーティー仲間として一緒に過ごしていくことになる予定――ボクの中では決定事項だけど――なのだから、そんなに気負わないで欲しいところでもあるかな。
「そういうことなら、俺はお前たちが戦闘に入ったところで別の魔物を引っ張って来てやるとするか」
ボクたちの方針が決まったところで、それができやすいように裏方仕事を引き受けてくれるおじいちゃん。見守るだけの状況に飽きたというのが実際のところかもしれないけど。
「おじいちゃん、ステキ!優しい!もし三十歳若かったら惚れてたかも!」
「あー、その頃なら言い寄る相手に苦労はしていなかったから、正直リュカリュカに惚れられても乳臭いガキとしか思わなかったかもしれん」
「ちょっとー!?こんな美少女を捕まえて乳臭いガキとは何ですか!」
リュカリュカの造形はリアルのボクと里っちゃんの良い所取り状態だから、はっきり言って当人から見てもかなりの美少女だと思う。
胸部装甲に関してはそのままだから巨とまではいかないけれど、それでもでぃー寄りのしーはあるんだからね!
「はっはっは。妖艶な色香ってもんを手に入れたら考えてやるよ」
「ふん、だ!その時にはボクの方から願い下げってもんですよ!」
やいのやいのと言い合うボクとおじいちゃんに、それを見てクスリと笑っているネイト。ミルファは相変わらずエッ君を抱きしめたまま愚痴を言い合っていた。
こんなフリーダムなことができているのも、リーヴがしっかりと周囲の様子を確認してくれているお陰だったり。
いつもいつも縁の下の力持ちをありがとうね。帰ったらちゃんと誉めてあげなくては。
そんなこんながありつつ、おじいちゃんの協力もあって、ボクたちはその日――リアルでは翌日にかけてとなる――魔物との連戦を繰り返し行っていったのだった。
「戦いの途中に追加で魔物が合流しても十分対処できるようになるとは、リュカリュカたちもなかなかやるもんだな」
これに関しては自分たちのことながら、よくやったと誉めてあげたくなったね。
まさかこんな隠し玉をぶつけてこられるとは完全に予想外だった。さすがにプレッシャーが大きかったのか、ミルファとネイトの二人は荒い息を吐きながら地面に蹲っている。
「いくらなんでも最後のアレは難易度が高過ぎじゃないかと思うんだけど?」
ニヤリを笑うおじいちゃんをムッとした顔で睨む。パーティーを組んでから日が浅いボクたちが相手をするには荷が勝ち過ぎていたように思う。
「何を言っている。こっちの都合を考えて魔物が襲ってくる訳じゃないんだぞ。お上品な戦いがしたいなら冒険者なんて辞めちまえ」
「むぐぐ……」
悔しいけれど、確かにおじいちゃんの言う通りでもある。
冒険者協会に保管されていた資料にも、知能の高い魔物になると積極的にこちらが不利な状況へと陥れるような戦い方をする種族もいると書かれていたくらいだ。
途中で魔物が追加されるくらい対応できなくては、とてもじゃないけど冒険者としてやっていく事はできないだろう。
「まあ、俺もそこまでの経験を積ませるのは早過ぎるという気はしていたんだが、あいつはそう考えてはいなくてな」
支部長の仕業ですか!
……だけど、そうなると何かしらの理由がありそうだ。
おじいちゃん単独ならば、釣ってきたロンリーコヨーテをボクたちが難なく倒しているのを見て、「どのくらいやれそうか試してみたくなった」くらいの気持ちでけしかけてくる可能性もあったのだけど、デュランさんが裏で糸を引いていたとなると、確実にそうしておかなくてはいけない理由があったのだと思う。
例えば、先日の一件でボクたちを襲ってきた男の正体が分かったとか。
もしかするとその後ろ、男が所属している一味とか黒幕の存在が判明したのかも!?
結局この時のボクは、何だかんだと言いながらも魔物相手の実地訓練を無事に終わらせることができたこともあって甘く考えてしまっていたのだと思う。
クンビーラに帰り着いたボクたちが聞かされた内容は、そんな予想をはるかに上回る事態となっていた。もちろん悪い方向で。




