107 戦いが終わって
「同数のロンリーコヨーテを相手にしても慌てることはなくなったようだな」
そう言いながら木立の陰から現れたのは、<オールレンジ>のディランことおじいちゃんだった。
「ふっふん!まあ、ボクたちがちょっと本気を出せばこのくらい楽勝だよ」
「驕るなバカたれ。そうやって油断した時が一番危ないんだ」
胸を反らして自慢するボクとエッ君――あ、無理して一緒にやらなくていいんだよ、リーヴ――に対して、即座に太い釘が飛んでくる。
まあ、「やったか!?」の事例を上げるまでもなく、油断が命取りになるというのは、古今東西創作物に記録物を問わず定番となっているから、おじいちゃんの言い分も良く分かる。
特に戦闘面ではエッ君が暴走傾向にあるし、ミルファも猪突猛進の気が無きにしも非ずだ。
そうした面々が図に乗らないように、事あるごとに率先してボクが先達からの指摘を受けるようにしているのだった。
問題があるとすれば……。
「うふふ。リュカリュカもまだまだですわね」
そう。何と厄介なことに、当の本人たちが自身の性格傾向を理解しきれていないようなのだ。
結果、ボクが空回りしているように見えているらしく、ミルファがそう言うとエッ君も「どんまい!」とでも言うように尻尾でボクの脚を撫でてきたのだった。
その態度にイラッとさせられたボクは、
「ミルファはご奉仕決定。エッ君も部屋に戻ったら『お説教』ね」
「どうしてですの!?」
ミルファの叫びと、エッ君の全身を使った「お説教はいやあ!」という表現が同時に巻き起こったけれど、ここはしっかり反省させるべきところなので手を緩めるつもりはない。
里っちゃんによると「誉める時よりも叱る時の方がタイミングに気を使うもの」という話だし。なんでも「後から叱ったり怒ったりすると、終わったことを蒸し返されたように感じる」のだとか。
さすがにいくら立派な先達とはいえ、部外者であるおじちゃんのいる前では、これ以上はやらないけどね。
「まあ、それは身内内でしっかりやってもらうとしてだな。本当はこのままもう少し手応えのある敵とやり合うのが一番訓練になるんだが……、そうもいかないんだよな?」
「うん。ブラックドラゴンさんがいつ帰ってくるか分からないから、クンビーラから離れる事はできないよ」
この制約は今のボクたちにとって、かなりの枷となってしまっていた。
『OAW』内で強くなるには大きく分けて三つの方法がある。一つは装備を整えること。単純に装備するだけで攻撃力や防御力が上がることもあって、とてもとても分かりやすいですね。
二つ目は技能の熟練度を上げる方法。技能は使用して熟練度を上げるごとにどんどんと使い勝手が良くなっていく。
加えて魔法技能や攻撃系の技能であれば新しい個別魔法や闘技を吸変えるようになるので、戦術の幅を広げる事もできる。
そして最後となる三つ目は、RPGではお馴染みのレベルを上げることだ。レベルを上げることで〈運〉を除く能力値のどれかを一ポイント上げることができる。
『OAW』では基本の数値が低いため、この一ポイントの上昇というものがなかなかにバカにできない違いとなって現れるのだ。
さて、この三つの中で既にボクたちは一つ目と二つ目はほぼ完了してしまっていた。
装備はつい先日ミルファに言われて新調したばかりだし、熟練度の方もおじいちゃんたちに付きあってもらうことでそこそこ上がっているのだ。
まあ、熟練度の方はそのまま続けても良かったのだけど、おじいちゃんたちによると「レベルが低いままだと熟練度が上がっても小手先だけの戦い方になってしまう」らしい。
そんな理由もあって、安全圏である冒険者協会の訓練場から外へ出て、こうやってレベル上げに励んでいたという訳だった。
が、ここに来て問題が発生。
RPGなどをかじったことのある人なら分かると思うけれど、レベルが上がるごとに次のレベルアップに必要な値――経験値とかEXPとかいうやつだね――は多くなっていく。
つまり弱い魔物ばかり倒しているのでは効率が悪くなってしまうのだ。
そして基本的にこういうゲームでは、スタート地点から離れた場所に行くごとに出現する敵が強くなるということが多い。
ゲーム開始直後にブラックドラゴンのような強い魔物が雑魚敵としてそこいらにポンポン湧かれてはたまったものじゃないから、これはある意味当然のことだ。
しかし今、その当然のことがボクたちの足を全力で引っ張ってくれていやがったのです。
「戦いの経験という意味では、ロンリーコヨーテを大量に釣って来て殲滅するのも有りと言えば有りなんだが……」
「ボクたちはともかく、ネイトやミルファがレベルアップするには届かないよね」
それにもしも倒しきれなかったなどということになったら、どんな悪影響が出るかも分からない。
クンビーラは『風卿エリア』の交易の中心的な場所の一つだから、最悪流通がストップしてしまうかもしれないのだ。いくらゲームの中とはいえそんな危ない橋は渡れない。
ちなみに、おじいちゃんがさっき言っていた大量に魔物を釣って来るという行為は、ゲーム用語的には『トレイン』と呼ばれているもので、特にMMOの場合では他のプレイヤーにも迷惑が掛かる可能性がある行為として、マナー違反扱いされることもあるのだとか。
「それにあまり弱い敵ばかりと戦っていると、戦闘での危機意識が薄れたり勘が鈍ったりするんだよ。逆に自分たちの力量が上がったと確認したい時や自信を付けたい時には有効なんだがな」
ああ、苦戦していた敵にさっくり勝てたりするようになれば、強くなったと実感できるよね。
「ネイトはどう思う?」
「わ、わたしですか!?」
「うん。少なくともボクやミルファよりは冒険者としての経験があるだろうから。何か思うところがあるなら聞かせて欲しいなと思って」
後、戦闘が終わってから、というかおじいちゃんが現れてから一言も口を開いていなかったから少し心配だったということもあるけど。
「お前たちはパーティーの仲間同士なのだから、俺のことは気にせずに思ったことを言うといい」
「あ、え、えと、その。はい……」
遠慮をしている雰囲気を感じ取ったのか、おじいちゃんが苦笑しながらネイトに告げる。
ところが逆効果だったのか、彼女は余計に恐縮してしまったみたいだ。
「うわあ……。他の冒険者たちの時にも思ったけど、おじいちゃんやデュランさんは一体何をやったのよ……。ここまで尊敬されちゃっているのを見ると、ちょっと引くわー……」
「わたくしとしては、そんな人をおじいちゃん呼ばわりしているリュカリュカにドン引きですの」
「……。ミルファ、ご奉仕期間追加」
「ちょっ!?それは横暴というものですわー!!」
晴れた空の下、ミルファの悲鳴が響き渡ったのだった。




