105 事情説明
この様子からすると、ネイトさんにミルファが宰相の娘――しかも公主様の従姉妹に当たる――でバルバロイさんと婚約関係にあるということについては、しばらく時間を置いてから話した方がいいのかも。
そんなことを考えていた時がボクにもありました。
「そなたがミルファの命を救ってくれたという冒険者だな。礼を言うぞ」
なんといつの間にか――いや、恥ずかしがるミルファを見てニヤニヤしている間のことなんだけどさ――ボクたちのテーブルに近寄って来ていた公主様が、おもむろにそう言うと小さくだが頭を下げたのだ。
あまりの出来事に一瞬呆けてしまうネイトさんだったが、
「い、いえいえいえいえ!わたしに出来ることをしただけのことでございますですので!」
すぐに状況を理解すると、飛び上がらんばかりの勢いで立ち上がると、頭を下げ返したのだった。
ちなみに、立ち上がった際に椅子を弾き飛ばしてしまっていたのだけど、回り込んでいたリーヴによって受け止められたお陰で、大きな音を立てることもなければ破損するようなこともなかった。
なんだか、リーヴのさりげなくフォローする能力が上がってない?
「そんな一見なんでもない「自分に出来ることをする」ことが難しいのですわ」
「キャシーの言う通りだ。そしてそれができるそなたが近くにいたからこそ、我が従姉妹は命を繋ぐことができたのだ。まったく感謝してもし足りんよ」
「ルルグさまのおっしゃる通りです。何といってもミルちゃんは私たちにとって年の離れた可愛い妹のような存在ですから」
公主妃様は公主様と幼馴染だったと言うし、年齢的な面を考えると三人の関係はそういうことになるのか。
「カストリア様!?その呼び方は人前ではしないと約束したではありませんの!?」
「あらあら、そうだったわね。でも、無茶ばかりする子にはお仕置きも必要よね?」
「ひうっ!?」
ニコニコほんわか笑顔のはずなのに、なぜか視線は極寒の絶対零度状態!?
対象となっているミルファは小さく悲鳴を上げた後でカタカタ震えてしまっている。余波を受けただけのボクたちですら背筋が冷たくなった気がしたくらいだから、さもありなんというところ。
「本当に、あまり心配を掛けないでね」
そう言ったかと思うと、公主妃はミルファをそっと抱きしめたのだった。
「……ごめんなさい、お姉さま」
その言葉と行動が本心からのものだということが分かったのだろう。彼女にしては珍しく、大人しくされるがままになっていたのだった。
「昔からミルファはキャシーに懐いていたからな。あちらは任せておけば問題ないだろう」
いつまでも立たせたままにさせられないと思ったところで、ちょうど良くリーヴが現れて席を引く。
すっかり有能執事です。本当にありがとうございました。
そして図らずとも公主様と同席になってしまったことで、ネイトさんは完全にカチンコチンの彫像と化してしまったのだった。
「そうみたいですね。……ところで公主様、『ファーム』の件はどういうことだったんですか?」
そんな彼女に申し訳なく思いながらも、昨日出掛ける要因となったある事柄について尋ねた。
「物自体については面白い話を耳にしたから紹介したに過ぎない。テイマーとしては耳寄りな情報だったであろう?」
「はい。その話が本当なのであれば、ですけど」
「その辺りも含めて、より多くの情報を得ている頃であろう冒険者協会と商業組合の名を出すようミシェルに頼んでおいたのだよ。不穏な動きについてもある程度は漏れ聞こえてきていたのでついでに忠告させておこうと考えていたのだが……。まさかこれほど早く、しかも我らの街の中で手を出してくるとは想定外であったわ」
現在、衛兵隊、騎士団共に総動員でクンビーラの街だけでなく町や村など支配地域全てを厳戒態勢にしているらしい。
それだけ大規模に人を動かしているということは……、犯人の後ろにいるのもそれなりに大きな組織ということかしら?
「リュカリュカを狙ったことから、恐らくはブラックドラゴンの守護竜化を阻もうとする勢力の仕業だろうと当たりを付けているのだが、当の男はだんまりを貫いているのでな。どこかを断定するための確たる証拠はまだ見つかっていないというのが現状だ」
ただ、宰相さんから墳墓探しを依頼された直後だったということもあって、そちら関係での犯行だった線も捨てきることができないでいるのだとか。
「大陸統一国家時代が遥か過去のこととあって、正当な『風卿』の子孫を名乗る者には事欠かなくなっている。実際この地に住む者であれば、大半は祖先を辿っていけばどこかで『風卿』の一族に当たるだろうからな」
『風卿』由来の品というだけでも、この地方にとっては火種の元みたいだ。
ましてや本当に使用されていた王冠ともなれば、例え出まかせの話であっても真実に変えてしまえるだけの力を持ってしまうかもしれない。
この地で覇権を築こうと企む人たちであれば、喉から手が出るほど欲しい代物だと言えそうだ。
これはもしかしなくても安請け合いし過ぎたかな?
クンビーラからそれほど離れることもないし、墳墓を見つけてその様子を報告するだけだと軽く考えてしまっていたかも。
思っていた以上に面倒なことに頭を突っ込んでしまっていたことに、今さらながらに気が付かされてしまい、思わず大きなため息をついてしまった。
それにしても本当に喉から手が出てきたりしたら、完全にホラー映像だよね……。こんな例えを生み出したりしているんだから、昔の人も今に負けず劣らずぶっ飛んでいたと思う。
閑話休題。
でも振り返ってみると、あの時点で既に宰相さんからはロックオンされていた気もする。
付け加えるなら、クエストの途中であの王冠を見つけてしまっていたことで、ルートが確定していたようにも思う。
ミルファとネイトさんという仲間もできたし、リーヴという頼りになる子とも出会えた。さすがに今ある関係を捨ててやり直すような真似はしたくない。
そのためには、どんな悪巧みに巻き込まれようとも返り討ちにできるくらい強い力が必要になるだろう。レベルアップに熟練度アップは必須かな。
宰相さんには悪いけど、墳墓の探索と調査は後回しにして、クンビーラ周辺で魔物狩りをするべきか。
ついでにクエストを受けておいて、冒険者の等級を上げておくのもいいかもしれない。




