103 公式イベントの秘密
意気揚々とゲームを再開したはずなのに、気が付くとボクは再び例の不思議空間へとやって来ていた。
「こんにちは、リュカリュカさん。……何やらご機嫌斜めのようですね」
「いくら運営でも、いきなりプレイヤーを拉致するようなやり方はどうかと思うんですけど?」
唐突に、しかも強制的に連行されたとあって、不機嫌を前面に押し出して抗議する。
「おや?事前に連絡がされていたはずなのですが。確認しますので少々お待ちください」
ボクの苦情を受け、アウラロウラさんはチェックを開始したようだ。いつか見た『にゃう・ろーでぃんぐ』の文字が彼女の頭上に浮かんでいる。
今さらだけど、あの時は作成したキャラデータを保存するための待ち時間だったのだから、ロード中じゃなくてセーブ中だったのではないだろうか?
まあ、別にどうでもいいといえば、どうでもいい話なのだけど。
「確認できました。リュカリュカさん、やはり連絡のメールは送られていましたよ」
「え?」
「そして開封されて既読になっています。ほら」
と調査結果を空中投影してくれる。
……確かに。
慌ててボクの方でもメール一覧を確認してみると……。
ありましたよ、同じ物が。到着時間を見てみると、お昼ご飯を作っていた時のようで、公式イベントの件についての話があるということと、次回ログインの時――つまり、今だね――にこちらの空間で詳しい説明をする旨が記載されていた。
「うわ!これ完全にボクのミスだ。……一方的にそちらが悪いと疑ってしまってごめんなさい」
家の中なので、端末も自室に置いたままだったのが裏目に出てしまった。
「いえいえ。……しかし、メールに気が付かれなかったというのは問題ですね。メールの開封時間は……、つい先ほどですか」
「さっき?『OAW』を起動した時ということですか?」
「……もしかすると、起動時にタイトル画面が表示されるのをスキップした際に一緒にメールの開封が行われたのかもしれませんね」
言われてみればヘッドギアを起動して表示されたタイトルを消した時に、いつもより手間がかかっていた気がする。
「詳しく調査をして、より確実にメールを見て頂けるように改善すべきかもしれません。上への報告として挙げておきます」
「あー、なんだか余計な手間を抱え込ませたみたいで、ごめんなさい」
「いえ、これもプレイヤーの皆様に快適に『OAW』で楽しんで頂くためですから。ところで、本題に入らせてもらっても平気でしょうか?私はごらんのとおりの存在ですから、時間を改めることも可能ですよ」
「今でいいです。このまま本題の説明をお願いします」
また今度、なんて言っていると、また忘れてしまっていそうだもの。
「かしこまりました。本日リュカリュカさんをお呼び立てしたのは、公式イベントについての詳しい説明を行い、出来ることなら参加してもらえるように了承して頂くためです」
なんだか取り込まれるのが前提な内容みたいですが?
「まず、参加してもらいたい一番の理由としましては、以前のメールに記載させて頂いていた通り、なりすまし等を行う輩を排除するためです。我々運営が即座に対応するということが伝わって以降は沈静化していますが、先日の最新号の『冒険日記』公開によってリュカリュカさんが『OAW』を再開したことは多くのプレイヤーの知るところとなっています。これに乗じてと考える不届き者がいないとは言い切れない状況となっているのです」
それなら『冒険日記』の公開を止めれば済む話では?と思った人もいるよね。ボクもその一人だったりします。
その疑問に対して返ってきた答えがこちら。
「実は『冒険日記』の人気が我々運営の予想していた以上に高くなっているのです。リアルの生活に影響が出てはいけないということでリュカリュカさんにはお伝えしていなかったのですが、「休載を取り止めて欲しい」というお願いや「再開はいつになるのか?」という問い合わせが毎日のように相次いでいました。そのため、こちらとしてもやめる訳にはいかなくなってしまっているのです……」
前にも言ったけど、アレが受けるなんて、ねえ……。
世の中何が当たるか分からないものだ。
「そして、ここから先は秘密にしていただく部分となるのですが、実は今度の公式イベントは『OAW』単独で行うものではないのです」
「???スポンサーや協賛している企業とかとのタイアップがあるということですか?」
「いいえ。まあ、そちらも多少は絡んできているので全くの無関係ということはないのですが、今度の件の核心部分はそこではありません」
なんだか勿体付けてくるね。
お陰で何が言いたいのか、さっぱり分かりませんですよ。
「端的に言ってしまいますと、今度の公式イベントは『Other World On-line』との合同イベントなのです」
なんですと!?『Other World On-line』、通称『笑顔』といえば、確か『OAW』の元となったゲームだったはず。
システム的には共通しているから、できなくはないとは思うけれど……。
「随分と思い切ったことをしますね」
というのが本音のところだ。
というのも、あちらは徹底的にリアリティを追求した世界観であり、イベントは全プレイヤーが共有することになっている。
当然NPC――あちらのプレイヤー風に言うなら『現地人』――たちの状況も共有している。つまり、あるプレイヤーのミスによってNPCを死なせてしまうと、他のプレイヤー視点でもそのNPCは死亡したことになるのだ。
単純に言うと、タイトル通り『異世界』を目指したのが『笑顔』であり、よりゲームらしさを強調したのが『OAW』ということになる。
こうした違いがあるためか、一部のプレイヤーの中にはお互いを良く思っていない連中もいるのだそうだ。
『笑顔』側からすれば『OAW』はゲームという肩書を盾にした軟弱者で、『OAW』側からだと『笑顔』はフィクションと現実を混同している変態、ということになるのだとか。
「全くもってくだらない」
「同感です」
結局のところはプレイヤー個々人の好みの問題にしか過ぎないのだ。
それなのに自分たちの主張が正しいと信じ込んで、異なる意見を排除しようとしているのだからバカバカしいとしか言いようがない。
「今度の公式イベントが合同での開催となっているのは、そうした現状を改善したいという目論見も含まれているのです」
そういったアウラロウラさんの言葉には、いつになく切羽詰まったものがあるように感じられた。




