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B side Collection  作者:
10/10

3、ソウハクスパークル (「Blue Gradation Generation」)

 初戦のオーダーでは、いづる先輩はシングルスじゃなくて東馬さんとのダブルスツー。先手必勝。いづる先輩たちが作ってくれたいい流れに乗って、西岳はストレートで勝利した。

 おれも松江も、とにかく二年組は出番がなかった。いづる先輩と東馬さんはまったく危なげなかったし、応崎先輩と真寺先輩も、真寺先輩が緊張で真っ白な顔してたわりにはいい内容だったと思う。三根先輩のシングルススリーは、相手が先輩の外見に騙されてなめきってたのがわかりすぎて、いっそ哀れなくらいだった。三根先輩、あれでかなり上手いから。

「ごめん、ひいちゃんたちを出してあげれんくって」

 だから、いづる先輩があやまることなんてないんだ。チームが勝ったんだから。

「勝つためのオーダーなんすから、気にしんでください」

「ひいちゃんはやさしいなあ」

 いづる先輩がにっこりして、おれの頭をぽんぽんっとたたく。

「でも次はひいちゃんと松江が先鋒だから。期待しとるよ。ちゃんと勝ってバトンつないだってね」

「大船に乗ったつもりで見とってくださいよ」

「おお! なあセイタ、うちの二年は頼もしいな!」

「言われんでもわかっとるわ」

 いづる先輩と東馬さんが顔を見合わせて笑いあう。我が子を晴れ舞台に送り出そうとする親みたいだ。一学年ちがうだけでなんだかとても子ども扱いされている気がして、胸のあたりがちくちくした。

 おれは小学生のころから、東馬さんとおんなじスクールでテニスをやってた。その頃は先輩後輩とか敬語タメ口とか関係なかったから、東馬くんって呼んでタメ口きいて一緒に練習した。

 でもある時を境に受験勉強が忙しくなるからって、東馬さんはスクールに週に一度しか来なくなって、六年生の夏が過ぎるとほとんど来なくなった。そして年が明けて二月も終わりにさしかかったところで、「西岳に受かったんだ」って満面の笑顔で報告に来た。長く休んでいたせいでずいぶん東馬さんの腕は鈍ってたし、そのあいだにおれもうんと力をつけたから、久々に試合をしてみたところおれは快勝をおさめた。

広夢ひろむ、強くなったなあ」

 東馬さんは年下に負けたからって、あからさまに不快感とか悔しさとかを出したりしない。それは小学生のころからそうで、いつもにこにこしてる、面倒見のいいやさしい兄貴分だった。

「……そうだ。おまえって、頭もいいんだろ? 広夢も西岳目指しゃあよ。そしてテニス部でいっしょにやらん?」

 東馬さんがそう誘ってくれたから、おれはいづる先輩に出会えたし、この場所まで来ることができたんだ。

 最初テニス部の入部届を出しに行ったとき。いづる先輩が出てきて部長だと聞いたときには度肝を二、三個抜かれた気分だった。でも対戦してみたら確かにうまくて、それに気配りとか堂々とした態度とか、しゃべっているだけでも分かる頭の回転の速さとか、そういうのをひしひしと知って、「東馬さんがこの人をほとんど崇拝してるのもわかるな」って納得した。

 今じゃずっと、おれのほうがいづる先輩を崇拝してる。あの人のために勝ちたいと思う。

 ――だからちゃんと見とってください。いづる先輩。

 第二試合。

 いづる先輩が「ひいちゃんたちが先鋒」と予告した通り、おれと松江がダブルスツーだった。自分のためじゃなくて、いづる先輩のために精一杯のことをしようって気持ちだったからか、不思議と緊張はなかった。

 一セット目は取られたけど、二セット三セットと連取して逆転で勝利。先輩たちに「よくやった」ってほめられて、背中をどやされて、なんだかもうたまらない気持ちになった。

 それで大いにいい気分のまま、終わってしまえればよかったのに。

 ダブルスワン。真寺先輩の小さなミスを、相手ペアが意地悪く嘲笑った。応崎先輩はいつものように「気にするな」って真寺先輩に声をかけたけど、相手ペアの根性の腐り具合にあてられて――あんたら、スポーツマンシップって知っとる?――真寺先輩の顔色は紙みたいに生白くなって、とてもまともに試合ができる感じじゃなかった。ストレート負けだった。

 座り込んでも膝が震えてるままの真寺先輩にタオルをかぶせてやって、いづる先輩がコートに立った。

「落ち込むなとは言わん。ただ、早よ立ち直れ」

 真寺先輩に声をかけたときのいたわるような、しょうがないなって表情は、スイッチが入ったとたんにいづる先輩から一瞬にして消え失せた。

 シングルススリーの相手は、いづる先輩を心理的にゆすぶる作戦に出たらしい。試合前にネットをはさんで握手を交わす時に、さっきの真寺先輩について粘着質にからかった。それが、いづる先輩のリミッター解除のスイッチを入れたんだ。

 前髪の間から睨め上げる視線に背筋が寒くなる。普段優しいはずの口もとが、にいやり歪む。サディスティックな嗤い。

「悪いけど、泣いても知らんよ?」

 そこからはもう、一方的だった。

 立て続けのサービスエースで動揺させたところに、きつく回転をかけたボールで翻弄。ボレーは着弾してそのままラインを切り裂くかと思いきや、いったいどんな回転がかかっているのか垂直に飛んで、まさに追いつこうとしていた相手のアッパーに入った。今度は低い位置をねらって返すとイレギュラーに跳ねて、それを拾おうとした相手が足をすべらせた。……ぜったいありゃあ、変なふうに足首ひねっとる。

 サービスゲームは鉄壁、確実にキープ。相手にサーブ権が移るといっそあわれに思えるほどあっけなくブレーク。勝敗は、あっという間に決した。

 そのあとのシングルスツーは東馬さんが堅実な試合運びで何とか勝利をものにして、おれたちは上に進む権利を得た。相手校の選手たちが化け物を見るような目でいづる先輩を見ていたけれど、先輩本人は、もう一度だってあの奴らを振り返ることはなかった。

 あんな風に豹変するいづる先輩をはじめて見たときは、おれも怖くなった。でも、がたがた情けなく震えていたおれに東馬さんは微笑って、

「いづるはさ、制服を着とるあいだはものすごく品行方正な優等生なんだよ。ご両親や先生たち大人が理想とする“優等生”であろうと、ずっと努力しとってさ。でも本心では、それがストレスだった。悔しいことがあれば大声で泣きわめきたいし、怒れることがあったら叫んで暴れたい。だけどそんなことをするのは、品行方正な生徒にとっちゃいかんことだろ? だから悔しさや怒りをテニスボールにぶつけて打つことで、それを消化しとるんだ。リミッターをはずしたプレースタイルを解禁しても、スポーツマンシップから外れないぎりぎりのラインは守っとるでさ、まあ、心配しんでもだいじょうぶだよ」

 これは団体戦だ。いづる先輩さえ勝てば、チームが勝つってわけじゃない。それでも、いづる先輩がいてくれさえすれば、負ける気がしなかった。

 勝ち上がってベストエイトという称号を手に入れたおれたちは、ベストフォーをかけた試合に臨んで円陣を組んだ。

「いいか? 勝つのはうちらだ」

 いづる先輩の目が生き生きと輝く。凶暴に降り注ぐ日射しに応えて、汗がこめかみからあごへと伝ってしたたる。

「ベストエイトだ。ここまで来たらベストフォー、いや、てっぺんを目指さんでどうする? 西岳の力を見せつけたるぞ!」

「応っ!」

 いづる先輩の喝に、おれたちは鬨の声をあげる。

 そして運命の試合は、始まりを告げた。


 ビビっていたわけでも、なめていたわけでもない。それでもダブルスはツーもワンも完敗だった。あとはシングルスを全部取って、逆転に賭けるしかない。

 後がないシングルススリー。いづる先輩が進み出て、相手選手と握手を交わす。相手がパワープレー型の大型選手じゃなくて助かった。

 ベストエイトが出そろってからの試合はどこも死闘になる。いづる先輩ほどの人であっても、デュースに次ぐデュースの我慢くらべな試合展開で、ほとんど運に助けられたような形で第一セットを取った。

 どさりとベンチに座り、タオルで汗を拭く。スポーツドリンクを飲みながらスコアボードをにらんでいるいづる先輩を見つめていたら、横から聞きなれない声がした。

「いづちゃん?」

 いづる先輩がはじかれたように振り向く。見開かれた目の視線を追うと、そこには他校の制服を着た女子が立っていた。

「やっぱり、いづちゃんだ! 陶野なんて苗字めずらしいから、人違いのはずないって思ったんだよ。……でも、なんで男子の試合に出てるの? いづちゃんって、いつの間に男子になっちゃったわけ?」

 短いチェックのスカートに臙脂のリボン。そこそこかわいい顔をしてたけど、おれはこの女子を殺してやりたいと思った。

 いづる先輩の顔からみるみる血の気が引いてゆく。処刑場に引き出されていく人みたいな、壮絶な蒼白さだった。


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