59. 比率 2:1
「あのー……フェレシーラ、さん……?」
「なに」
「いやさ。俺、なにか気に障ること言ってたか……? なんていうか、その、いきなり」
「なによ。言いたいことがあるなら、はっきり言う。……急にわがまま言い出してって思ったのなら、そう言えばいいでしょ」
「べつに、わがままだとは思わないけどさ」
拗ねたような物言いのフェレシーラに、俺は言葉を選び後を続けた。
「その、フェレシーラからしてみれば、俺の面倒見てばかりで疲れてるだろうし」
「……ふーん。べつに、そんなやわな理由じゃないですよーだ。今のは単なる……思いつきよ。思いつき。それよりも、不定術法式の練習が終わったのなら打ち合わせにしましょう。ホムラもそろそろお休みしちゃいそうだし」
「あ、ほんとだ。こいつ、幸せそうな顔しやがって……よーしよし、今日もよく頑張って遊んだな。明日は町を見て回るから、色々食べさせてやるぞー」
言われてホムラの羽根を撫でると、「ピゥゥ」という鼻息のような欠伸が返されてきた。
人の気も知らないで呑気なもんだ。
しっかしこいつ、ほんと食う寝る遊ぶを地で行ってるな。
まあ小さいうちは大抵の生き物が……って。
「あれ……なんかこいつ、最初に会ったときよりでっかくなってないか……?」
「そりゃあ成長期の真っ最中って奴でしょうから。目に見えて大きくなるなんで普通のことでしょ。人間でいえば……そうね。一応少しは飛べるみたいだし、三、四歳ってところなんじゃないかしら。こうして抱えていられるのも、今のうちかもしれないわね」
「そっか。それじゃお前も、父ちゃんみたいな立派なタテガミ、すぐに生えてくるかもな……!」
フェレシーラの言葉に、俺は思わず彼女の膝の上で丸まっていたホムラを抱え上げてしまう。
初めて会ったときは大人の猫ぐらいの体つきだったのに、今はもうその一回り以上の大きさがある。
翼のほうも、少しずつだがしっかりとした赤と茶の羽根が増え始めていた。
目に見えるその成長ぶりに嬉しくなり、その場で「たかいたかーい」をしてやると、先程のそれを上回る盛大な欠伸が返されてきた。
どうやら本当に、寝つく寸前だったらしい。
少し悪いことをしたと思いながらも、俺は再びホムラを純白の寝床へと降ろしてやる。
するとそこで、目をぱちくりと瞬かせるフェレシーラと視線がかち合った。
「鬣って……フラム、貴方なに言ってるの?」
「なにって……なんだよ、フェレシーラ。急に変なモノでも見るような顔で、人のことジロジロみてきて」
言葉の意味がわからずに、反射的に口元を手で覆ってしまう。
そんな俺をじっとみつめながら、フェレシーラが再び口を開いてきた。
「雌だけど」
「……へ?」
「だ、か、ら、メス。その子、雌だって言ってるの。ホムラは女の子よ? それで鬣は生えてこないって話なんだけど……もしかしなくても貴方、今までずっと男の子だと思って世話してたの……?」
淡々と、しかし隠し切れない呆れを言葉の端々に匂わせつつ、フェレシーラが衝撃の事実を俺に告げてきた。
そんな彼女の顔と、直下でゴロゴロと喉を鳴らすホムラを、俺は交互にみつめる。
「え……マジで?」
「こんなことで嘘ついてどうするのよ。わざわざ確認とかしなくても、おトイレの仕草とかで気づくものだと思うけど……どうしてそんな勘違いが出来るんだか。こっちがビックリよ」
「いや、いやいやいや……そんなこと言われても、俺、グリフォンの雄雌でのおしっこのやりかたの違いとか知らなかったし。ほんとにホムラ、お前――あてっ!?」
「こら。もう寝ちゃってるのに、わざわざ確認しようとしない。馬鹿なの?」
「ば、ばかって言うな! てか、手ぇ抓る必要ないだろっ!」
「あります。レディに嫌がることはしない。殿方の常識よ。おぼえておきなさい」
「んだよそれ……!」
その主張と突然のお仕置きに俺はフェレシーラへの不満も口にするも、キッと鋭く睨まれて黙ってしまう。
わけもわからず、黙り込んでしまうが……
そこで奇妙な安心感をおぼえて、心の中でほっと胸を撫で下ろしていた。
その理由は、明白だ。
目の前にいるフェレシーラが、いつもの彼女だったからだ。
何かにつけてお姉さんぶって俺を諫めてくる、いつものフェレシーラだったからだ。
「へへ……」
「なに怒られてニヤニヤしてるのよ。早めに打ち合わせしておかないとって言ってるでしょ。今日はベッドでいいから、いつまでも突っ立ってないでさっさと座りなさい」
「お。じゃあそのまま寝ていいのか? いやー、ホムラの寝相が結構わるくて、毛布からはみ出すから困ってたんだ」
「そんなわけないでしょ。貴方はいつもどおり、床の上よ。冷え込むようなら野営用の毛布増やしてあげるから、それで我慢しておきなさい」
「ぐ……相変わらずケチだな……! そこまで狭いわけでもないんだし、二人で寝たっていいだろ……!」
「よくありません。貴方、ホムラを一人で寝かせる気? こんな冷たい石床の上で? 無理に三人で寝て、ホムラだけ落っこちたらどうするつもりなの?」
「……すみませんでした。僕はホムラと仲良く床に巣を作っておくことにします」
ぐうの音も出ないほどの反論に、俺は頭を下げつつ台へと腰を降ろした。
くっそー……
ちょっと安心した途端に、言いたい放題言ってくれやがって。
いいよ、俺は今日も床で寝るよ!
ホムラ抱いてるとポカポカで暖かいし!
腕とかたまーに啄まれて目が覚めるけど、お前と違っていっつも可愛いしな!
「ふぅ……」
なんてことは折角いつもの彼女に戻ってくれたフェレシーラには言えずに、俺は密かに溜息を吐いた。
「それで? 打ち合わせって、当然あの話の続きなんだろ? 夕方に教会で言ってたヤツのさ」
「ええ。明日には申請をしておきたいから、大筋だけでも決めておきましょう」
「オーケー。じゃあ、確認からだけど――」
ホムラが完全に寝ついたのを見計らい、俺たちは遅まきながら本題に入り始めた。
あのとき教会でフェレシーラが、こちらに願い出てきたこと。
その内容に最初、俺は耳を疑った……というよりも、混乱してしまった。
待合室で他の者には聞きつけられぬように、頬を寄せて声を潜めると、
「明日、貴方の名義で……聖伐教団に影人の調査依頼を出して欲しいの」
フェレシーラは、そう頼み込んできたのだ。
その言葉の意図を掴めずに俺が戸惑っていると、彼女はこちらの腕を掴み足早に教会を後にして、この宿までやってきたのだ。
「さっきは周りの人たちに聞かれるわけにはいかなかったから、ああ言ったけど……考えてみれば、あの場で口にする必要なんてなかったわね。われながら、なにを焦っていたんだか」
「そこは気にすんなって。それを言ったら、元はと言えばあんな場所で込み入った話をし始めた俺が悪かったってなるだろ?」
「……ありがとう、フラム。たしかに、気を取り直していかないとね」
感謝の言葉と共に、フェレシーラは『影人調査の申請』を依頼してきた意図を、順序を追って説明し始めた。




