475. 神術士、遅参
こちらが正面、右手にフェレシーラ、左手にはワーレン卿。
ぐるりと散開しての、三形陣。
いまや『凍炎の魔女』に憑依したヴォルツクロウを取り囲む形で、三方からの位置取りが行われる。
そうしながらも、俺は決めてゆく。
即席の連携を組む上で、皆で協力する上で必須となる、『情報と目的』を定めてゆく。
「あいつは、魔人将ヴォルツクロウ。俺の師であるマルゼス・フレイミングの体を乗っ取った相手です」
まずは共有すべきことを、歯噛みしながらも告げてゆく。
大事なことだ。
如何に受け入れ難くとも、そこから目を逸らしていては何も出来ない。
そうでなくては師匠を……マルゼスさんを助けるなど、とても叶わない。
故に俺は、自らの願いを迷わず口にのぼらせる。
「今から全員であいつを攻撃を開始して、戦闘不能に追い込むか……そうすることで、ヴォルツクロウを彼女の中から叩きだします! 手を貸して下さい!」
「なんと。それはまた面白き狙い。承知した」
「面白いかどうかはともかくとして……あいつを叩きだすってのには、賛成よ。それろ見たところ、氷術は操れるようだけど。当然、瘴気も使えるとみておくべきでしょうね。というか、あの煙みたいなのが本体みたいだし。次に見かけたら、全力で潰しにいこっかな」
「オーケー。俺も同意見だ。タネが割れたからには、そうそう尻尾は出してこないかもだから……チャンスがあれば逃さずいこう」
「承知承知」
目的を定めたのであれば、そのまま手段についても案を練りつつやっていく。
あまり細かいことを決めている余裕はない。
修正をかけるとすれば、戦いながら情報を集めてからでもいい。
ただ、迷いだけは捨てきらねばならない。
そうでなければ、全員の命が危うい。
あのヴォルツクロウが、魔人将が『凍炎の魔女』の体と力を得たとあれば……それ程までに危険な相手と見ておくべきだった。
それを肝に命じて、短剣を手に残る力を振り絞ってゆく。
「ふむ。魔人を相手と知りながら、退がるどころか気圧される様子もないか。見たところ、神殿従士のようだが……一人増えた程度で、どうにかなるかな?」
そこにヴォルツクロウが、ゆっくりと手を振り上げてきた。
薄氷の如き礼装が凍気を放つ風にたなびき、渦を巻く。
「来るぞ、二人とも!」
「む。早速、氷術というわけか。我、寒いのは苦手なのだが」
「ちょっと、キツそうね……」
それぞれに術とアトマの守りを盾にと構えるも、凍てつきの風は既にヴォルツクロウの頭上にて大渦を形成してしまっている。
その規模からして、回避は困難。
防御して耐えきれるかも怪しいが、現状他に手立てがない。
いっそ攻めかかって崩しに行くのも手かとは思うが、近づくだけで足が止まる可能性が非常に高く、そうなれば完全な自滅に終わるだろう。
当然、ワーレン卿お得意の短刀投げも、風の障壁に阻まれて不発となるのも目に見えている。
あれさえ決まれば、一瞬であれ動きが止まっている内に全力攻撃を叩き込めそうなものだが……
「ちょっと厳しいか。この、泥棒鴉が! 人の技ばかり使って、セコいぞ!」
「減らず口も聞き飽きたな。凍るがいい。皆、悉くな」
思わず口を衝いて出た悪態を圧し潰すようにして、頭上より氷の嵐が落ちてくる。
周囲にある木々の枝葉を巻き込み、瞬時にして真白に染めてゆくその様は、『吹雪』の魔術そのものだ。
耐えらない。
想像を遥かに超えてきた極大の氷術を前にして、そう直感してしまう。
例えフェレシーラの『防壁』を以てしても一箇所しか防ぎきれず、三人全員を守り切ることは不可能だろう。
散開してたことが仇となった。
相手の力量を……ヴォルツクロウが『凍炎の魔女』の力をどれだけ自在に操れるかを、見誤っていた結果だ。
完全に、俺が招いたミスだった。
ならばここは、こちらがやれることは一つのみ。
俺が突っ込んででもヤツの狙いを逸らし、二人を守るしか選択肢はない。
「え――」
そう思い、両足に力を籠めたところで、それは来た。
地に満ちる、純白の光。
湧き立ち型を成し、皆を包むアトマの輝き。
「この光……!」
半球状に形勢された半径1mほどのその護りには、見覚えがある。
そしてそれは、叩きつけられるようにして吹き荒れた豪雪の渦を、物の見事に受け弾いていた。
「うそ……これって」
「うむ。流石、善き頃合いよな」
驚きを隠せぬフェレシーラの声に、満足げなワーレン卿の頷きが続く。
明らかな守りの術法。
達人の域に在る、高位の神術士のみが成せる、奇跡の発露。
それ即ち、『聖域』の神術が齎した絶大なる加護の証左。
そんな術法を三人分、個別に場所に展開するという離れ業をやってのけるとなれば……
そこまでの腕前を持つ術者は、限られている。
少なくとも、こちらが知る限りでは一人しかいない。
術者特有であろうアレンジが施された、『聖域』の術法。
それを今日、俺はミストピアの迎賓館にて催された晩餐会の途中にて、とある内緒話に及んだ際に目にしていた。
「……ってことは!」
それを操る者の姿が脳裏に浮かんできたところに、足跡が一つやってきた。
霜立つ土をざりざりと踏みしめて、それがこちらにやってくる。
「ふぅー……」
口元に白い吐息を漂わせて、一歩、また一歩と脚を踏みだし、深緑色の法衣と、角頭巾を……って。
あれ?
「いやはや。日頃の運動不足が祟ってしまい、遅れてしまいましたが……どうやら、間に合ったようですな」
こちらがその姿を認めると同時に、やってきたのは落ち着きのある低い声。
え?
あれ?
なんか……想像してた見た目と、だいぶ違うような……?
ていうかティオさん、声と喋り方、随分と変わりしました?
体も大分成長されたと言いますか、かなーりふとっ――いや、でぶ……でもなくて、横に大きくなられたようにお見受けされるのですが?
あと、お気に入りの『咎人の鎖』、どこにやりました?
それとそれと、
「おや。どうされましたか、フラム殿。戦いの最中に、その様に呆けて。男子足るもの、戦場において易々と隙を晒してはなりませんぞ」
「え、あ……はい。あの、ちょっとつかぬことを聞き」
「貴方は――!」
恰幅の良い腹を揺らしての言葉も、右から左に耳を通り抜けさせてしまう。
「ドルメ助祭!」
そんな俺の質問を遮り、フェレシーラが声をあげてきた。
遮ってくれた、というべきであろうか。
うん。
はい。
ですね。でしたね。
どこからどう見ても、ワーレン・ワレンスティ卿と共に、本日ミストピア神殿の査察団のリーダーとしてやってきていた、ドルメ・イジッサ助祭ですね。
「さて……どうやら只者ではない、桁違いの術士とやり合っていたようですが」
ちらりとヴォルツクロウに視線を向けて、聖伐の使徒が温和な笑みを浮かべる。
「私が出来る事といえば、僅かながらの護りと癒しの祈りのみ。事情は存じ上げませんが、不肖このドルメ。魔人どもが再びこのレゼノーヴァの地を踏み荒らさんと企むのであれば……微力ながら力を尽くしましょうぞ!」
「え、あっ、ハイ。ご、御助力、ありがとうございます……!」
そして言うが早いか、ワーレン卿の後衛として位置取りに収まりつつも宣言してきたドルメへと、俺は若干焦りながらの返事をおこなっていた。
というか……この人、『聖域』使えたんですね。
なんか大酒飲みの、にこやかな緑のおっさんって認識だったんですけど。
それはそうと盛大な勘違い、誠に申し訳ございませんでしたァ!
でもあそこであのタイミングは、ティオさんだって思いますよね、普通。
いや滅茶苦茶心強いのは確かなんですけど!




