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【ボーイミーツガール & ハイファンタジー!】君を探して 白羽根の聖女と封じの炎  作者: 芋つき蛮族
十三章

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473. 飛刃、暗夜に閃き

 やられた。

 完全に裏を掻かれた。

 

「ふむ?」


 絶句し、暗闇に立ち尽くすこちらに聞き覚えのある、しかし耳に入れたくもない女性の声が響いて来る。

 

「相応の拒絶反応、潜伏期間を覚悟してはいたのだが。『煌炎の魔女』などと持て囃されていたわりに、やけに大人しいな。いや……この手応え、この空虚さに満ちたアトマ――」

 

 誰にともなく呟く声が、奇妙なまでにこちらの耳朶を打ってくる。

 無駄もいいところ、まったく必要のない行動。

 それを見せつけてくるのは、つい先ほどまで大樹の根本でふらついていた『凍炎の魔女』だ。


「なるほど。この術法式に、この形跡……なるほどな。小娘が、その様な真似に走っていたか。クク……これはまた、傑作だな。愛弟子を守る為とはいえ、よほど窮していたと見える」 

 

 なぜ、ヤツが……

 黒の魔人ヴォルツクロウ・レプカンティが、『凍炎の魔女』に憑依し肉体の支配権を奪った男が、何故にそんなことを一々口に上らせてくるのかと言えば。

 

「しかしそのお陰で、こちらが持ち直せたことを思えば。ここは素直に感謝しておくべきなのであろうな。マルゼス・フレイミングよ」

 

 くつくつと嗤う様を、何故こうして莫迦のように突っ立ち見つめることしか出来ない俺に、見せつけてくるのかと言えば。

 

 それは単純に、勝者としての振る舞い。

 つまりはヤツの捻くれた根性が成せる、勝利宣言に過ぎなかったのだろう。

 

「だが、僥倖は所詮僥倖。一時凌ぎという奴に過ぎんな。懸念も一つ増えた。なればこちらは二つほど、不安の芽を潰しておくとしよう」

「……てめぇ!」

 

 ざり、と夜気に湿った小石を踏みしめて進み出てくるその姿が、空っぽになっていたこちらの思考を逆撫でしてきた。

 自分でも驚くほどの怒気が、握りしめた拳に移り溢れそうになる。

 吐く息に、濃密な殺気が混ざり込んでゆく。

 

 奪われた。

 師の体を、唾棄すべき邪なる輩に奪われた。

 

 出し抜かれた。

 優位に立っていたつもりでいたところを、まんまと出し抜かれた。

 

 その事実、そして理屈すらも頭の片隅に押しやってしまう程の敵意が視界を覆う。

 それは偏に――

 

「ほう。先程の双撃で力を使い果たしたかに見えたが。存外、まだやれるか? まこと愉しませてくれるわっぱよな」

「テメェなんかが……この、コソ泥風情の糞鴉が! その口で、喋ってんじゃねぇッ! その人の体で、嗤ってるんじゃねぇッ!」


 ヤツの一挙手一投足、訥々と語る姿、昏い眼差し、その全てが。

 記憶の中に在る大切な女性ひととはまるで違うその在り方が、あり得ないほどに俺の神経を逆撫でしてきていた。

 

「ヴォルツクロウ!」

 

 叫び駆ける、その視界の奥にて冷たい燐光が立ち昇る。

 透ける様な青い髪が無風の地にて揺れて、玉石の如き水縹みずはなだの瞳がこちらを見据えてくる。

 

 危険だ。

 止まれ。止まるべきだ。

 いますぐに進路を変えて回避しろ。

 

 己の中の冷静ぶった部分が、残されたちっぽけな理性が警告を発してくる。

 知ったことか、と俺は思う。

 残り滓同然の力を振り絞り、吶喊する。

 

 しかしそれでどうする?

 殴るのか?

 あの人を?

 俺の師匠を?

 それでどうにかなるのか?

 ここまでの無様を晒した相手に敵うのか?

 傷付けられるのか?


 無理だ。

 俺があの人と闘えたのは……『煌炎の魔女』と闘えたのは、不肖の弟子が一端の魔術士になったと証明したかったからだ。

 

 それを成し終えたいま、フラム・アルバレットとマルゼス・フレイミングが闘う意味など何処にもない。

 だが、このままではどうしようもない。


「くそ、糞、クソ……畜生ッ!」

「ふむ――凍れ」

「!?」


 叫びと自問で揺れる視界に、青白いアトマが吹き荒れた。

 そこに吸い込まれるようにして、行き場を失くしていた拳が振り下ろされる。

 赤い怒りが、冷たい壁に阻まれる。

 

「あ、ぐ――」


 吹き荒れた凍気が四肢を撫でて熱を奪い去ってゆく。

 先程までの勢いは、何処にいってしまったのか。

 あまりに呆気なく、脚が止まり、腕が落ちる。

 

「これはこれは……思いがけない拾い物だったな。なるほど、これが魂源の力を振るう感覚か。これが魂絶の力の対極か。本当に皮肉なものだな。よもや貴様の体ではなく、先にその師、仇敵のお陰で知ることになるとは」


 そこに声が落ちてくる。

 知らぬ間に俯かせてしまっていた俺の頭へと、後頭部へと独白が降り注いでくる。

 

 おそらくは貴重なのであろう情報が、只管に頭の奥に沁み込んでゆく感覚が、どうしようもない虚しさを伴い意気を奪い去ってゆく。

 

 諦めるな。

 状況を把握して情報を活用しろ。

 フェレシーラの状態を確認して合流しろ。

 やれることはまだある。

 赦し難い敵が目の前に立ち塞がるのであれば、全力を以て排除しろ。

 

 それがお前、フラム・アルバレットが、恩師である『煌炎の魔女』より授かった薫陶だろうと、頭の中で声がぐるぐると駆け巡るも……

 

「なんで……なんで俺が、貴方と闘わないといけないんですか……! なんで、なんで……ぼくが、かあさんを……っ!」


 俺の口を衝いて出たのはそんな言葉、弱音にして本音だけ。

 何もかもがあべこべだと思った。

 

 奪うのならこっちの体にしろと言いたかった。

 しかしそれでは全てが終わる。

 自己満足の自己犠牲を発揮したところで、この糞鴉がロクな真似をしないのは目に見えている。

 コイツが『完成品』だなどと抜かす代物を手に入れた先のことなど、考えるまでもない。

 いま以上の地獄が待っているに決まっている。

 だからそれは出来ない。やるべきではない。

 

 しかしそれなら、一体どうすればいい?

 最期の最期まで抵抗してみせればいいのか?

 

 だがそれで、何がどうなる?

 何の策もなく、無為に敗れてしまえば同じことだろう?

 

 でもそうなったとしても、誰が俺を責められる?

 どの道、力の差がありすぎたのではないか?

 

「安心しろ……とは言わんが。貴様が抵抗さえしないのであれば、あちらは見逃しおいてやろう。あの様子では使い物にもならぬだろうしな」

 

 あちらは見逃してやる。

 そう言われて、ほっとしている自分がいた。

 フェレシーラのことだ。

 

 口約束だろうと、コイツはそれを守るような気はした。

 信用からではなく、時折見せる矜持のようなものが、それを完遂させると思えた。

 なら、もうこれで十分だろうと思う。

 

 闘えない。

 もう十分にそれはやった。

 マルゼス・フレイミングとは闘えたし、形としてはどうあれ、勝利することは出来ていた。

 教えを胸に己が魔術士になれたことを、証明してみせた。

 

 これ以上は無理だった。

 心がもたなかった。

 

「折れたか。まあ仕方もあるまい。願わくば壮健なる貴様と共に、新しき世を睥睨したいとも思いはしたが……欲を掻きすぎてもな。一時の気の迷いと、忘れておこう」

 

 間近に迫る気配に、膝が落ちる。

 

「では……さらばだ、フラム・アルバレット。短い付き合いではあったが、楽しかったぞ」

 

 別れの言葉にも指先一つ動いてはくれない。

 視界に在るのは、青い礼装、その爪先だけ。


 そこに、トスッと何かが突き立った。

 

「――なに?」


 ヴォルツクロウが声をあげる。

 それにつられて、俺もまた顔をあげる。


 いまや『凍炎の魔女』の体を奪い、その力をも我が物とした魔人の将。

 そいつが自らの体に浅く突き立った刃を目にして、眉を顰めている。

 それは見覚えのある、小さな短刀だった。


 投擲用と思われる、小振りの短刀。

 遠くに浮かんでいた『照明』の光を受けて輝くその刀身が、紫紺に濡れ輝いている。


 その輝きの持つ怪しさに、目が焦点を取り戻して、思考が回り始める。

 毒だ。

 それも容易に視認できるほどのアトマを放つ、高位の魔物、ないし魔獣が持つ桁違いの効力を秘めた、呪毒のそれだ。


 その呪毒に侵された、青い礼装が見る間に硬質な灰色へと変じてゆく、その最中――

 

「おいおい。なにを項垂れている、フラム氏。ましらの如きいつもの勢いはどうした? 白羽根殿は何を呆けている?」


 不意にやってきた声に、その特徴的に過ぎる言い回しに、俺は弾かれるようにして視線を巡らせていた。

 


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