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【ボーイミーツガール & ハイファンタジー!】君を探して 白羽根の聖女と封じの炎  作者: 芋つき蛮族
十三章

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472. 【悪夢】

 迂闊だった。

 そうとしか言い様がなかった。

 

「フェレシーラ! ヴォルツクロウの狙いは師匠……マルゼスさんだ! いったん、あの黒い煙を何とかするぞ!」


 樹の幹に手をあてなんとか立ち上がろうとする『凍炎の魔女』に向けて駆けながら、俺はフェレシーラに呼び掛ける。

 呼び掛けるも、彼女は動かない。

 それまで追い縋っていたヴォルツクロウに攻撃を仕掛けるでもなく、何故だか呆然とした様子で黒の魔人に視線を向けるだ。

 

 明らかに不味い状況だった。

 フェレシーラと二人がかりで敵を攻め立てていたつもりが、『狙われているのはフラム・アルバレットの肉体』だと思い込んでいたことで、見事に踊らされていた。

 闇夜に紛れた黒煙の行き先を把握しきれていないまま、ヴォルツクロウの狙いが『凍炎の魔女』へと切り替わっていたことに、気付いていなかった。

 

「なんで、いきなり……ッ!」


 敵の思惑も見抜けぬままに、俺は駆けるしかない。

 例えそれがこちらを罠に嵌めるためだとしても、今は征くしかない。

 フェレシーラが動かぬいま、そうするより他に手立てがない。

 

 ヴォルツクロウが現れる直前の戦いで、『凍炎の魔女』は俺の『熱線崩撃』を受けたことで甚大なダメージを負わされてしまっている。

 無論、その時点ではそうでもしない限り、こちらに攻撃を仕掛けてくる彼女を止められなかった故に、それは仕方のないことではあった。

 

 しかしいまは、その『凍炎の魔女』は明らかにヴォルツクロウの操る黒煙に狙われ攻囲されており、ぼろぼろとなった彼女もまた、『魔人将ニーグ』の名を口にのぼらせて戦闘態勢に移行しようとしている。

 

「あの野郎! マルゼスさんには興味がないようなことを言っておいて……これかよッ!」


 言いながら、俺は脳裏にて精神領域でのヤツの言葉を思い出す。『私の目的はあの魔女の命などではない』と言い放ってきた、糞鴉の面を思い出す。

 それと同時に、ヴォルツクロウという男が舌先三寸でこちらを陥れてくるような、小者ではないヤツであることも、前提に考える。

 

 命を狙わないという言葉に嘘はないのだろう。

 それは未だ朦朧状態にある『凍炎の魔女』へと、黒煙の群れが襲い掛からないことを見てもわかる。

 もしもヴォルツクロウに、仇敵である彼女を仕留めるつもりがあるのならば、仕掛けるのはいましかない。

 

 フェレシーラが立ち直ってヴォルツクロウに追撃を仕掛けて、その間に俺が黒煙の処理に回れば、折角の奇襲も無駄に終わる。

 そんな無意味な真似をヤツが仕出かすとは到底思えない。

 ならば何故、ヴォルツクロウはこんな迂遠な手に出てきた?

 

 あれほどこちらの体に執着していたヤツが――

 

「……!?」


 そこまで考えて、一瞬、あまりの衝撃に脚が止まりかけた。

 湧き上がってきた懸念、想像に心の臓が止まるかとすら思った。

 

「まさか……まさか、あいつ――! フェレシーラ! お願いだ、動いてくれ! ヴォルツクロウを脚止めしてくれ! このままだとマルゼスさんが危ない! 頼む!」

「――ッ!」


 ただ只管に黒煙蠢く大樹の元を目指しながらの叫びに、神殿従士の少女が我に返ってくれたのがわかった。

 

「この……! なにが、魔人将よ! なにが、なにが――!」


 戦鎚ウォーハンマーを手に、フェレシーラがヴォルツクロウへの攻撃を再開する。

 だが、その攻めは勢いはあれども乱雑で、普段の彼女が見せる白羽根の聖女としての威武の欠片も見当たらない。


 その様を見て、闇夜を渡る黒の魔人が口を開いてきた。

 

「ふむ。もしやと思っていたが……そうか。その畏れよう、その髪その瞳。もしや、よもやだな。クク」

「なにを、なにを……このッ!」

「いやはや。まこと、運命とは残酷なものだな。ここに来てあの愚か者の取り溢しと巡り合うとは……存外、神も趣味が悪い。そうは思わないかね、一人ぼっちのお嬢さん。ははははは……」

「うぅ――あぁ……」

「フェレシーラ! 止まるな! クソ……ッ!」 

 

 戦いの最中だというのに、哄笑するヴォルツクロウを前にしたフェレシーラが、またも動きを止めてしまっている。

 どう見ても普通ではない、危険な状態だ。

 

 瞬間、俺は選択する。

 フェレシーラと師匠、どちらも守るしかない。

 例えどちらかに絞ったところで、確実に守り切れる保証も手段もない。

 ならば俺が切る札は二つ。


 蒼鉄の短剣を握りしめた右腕と、自由となっていた左手、その両方に意思と力を込めるより、他に選択肢は存在しなかった。

 

「ヴォルツクロウ!」


 その名を口に、狙うは二つ、黒の魔人とその僕。

 用いるは表裏一体の力、魂源力アトマ魂絶力ゼフト


 収束力に優れ、尚且つ制御に自信のあるアトマは右腕、光波としてヴォルツクロウの喉首目掛けて放ち、返す左手で黒煙の壁へと目掛けて瘴気を叩きつける。


「ぐ――おォッ!」 

 

 碌な溜めも取れず、残る力を迷わず注ぎ込んでの双撃を、それまで培ってきた技術を土台として、只々意地と気迫で以て繰り出す。

 

「チッ……!」

 

 迫る光刃と放たれた闇の波濤。

 それをヴォルツクロウがその眼が捉えたのか、端正な貌を歪ませて舌打ちを放った、その直後のこと。 

 

 閃く剣閃にて、魔人の首が物の見事に跳ね飛んでいた。

 

「え――」


 その結果に、俺は思わずその場に立ち尽くす。

 力を一気に使い果たしたことで、その結果のみに目を奪われてしまう。

 心の何処かで、警鐘が打ち鳴らされていた。

 

 頭部を失った黒の魔人が、崩れ落ちる。

 

「う、うああああああああ――ッ!」 


 そこに叩きつけられたのは、光輝伴わぬ無骨な戦鎚の一打。

 力なく崩れゆく魔人の体が、その一撃ごとに吹き飛び、肉片となって弾け飛ぶ。

 既に事切れたそれは骸に過ぎない。

 

 だがしかし、神殿従士の少女は止まらない。

 なにかに憑かれたようにして手にした武器を振り回し、首無しの骸から噴き上がる返り血に染まることも構わず、狂ったようにそれを打ち据えている。

 

 その光景から目を離せぬままに、俺は思う。

 いまこの瞬間までヴォルツクロウ・レプカンティであったその体、フラム・アルバレットの内より溢れたモノが象っていた器に、在るべき魂は存在しない。

 それがわかった。

 

 それは何故か。

 何故、そう直感したのか。

 理由は考えるまでもなかった。

 

 それは偏に……ヤツの魂はとうの昔、『第一次魔人聖伐行』の折りに『煌炎の魔女』マルゼス・フレイミングとの戦いにいて、討ち滅ぼされており。

 その時点で、肉体のくびき、現世の理より解き放たれていたからだ。

 

 ならば、その魂の行き先は?

 それも考えるまでもなかった。


 否。


 それは考えるだに恐ろしく、きっと我が身が奪われることなどより、比べようもなく認めがたい事実であったが故に……

 

「さて」

 

 呟くその声につられて、ようやく動かせるに至った視線の先に立つ、その存在を認めたくはなかったが為に。

 渾身の力を籠めていたにも関わらず、一辺の闇をも打ち消せてはいなかった黒煙の壁、渦巻く瘴気の奥に佇む、その女性ひとの姿を認めまいと目を背けていたが為に……


「これも神どもの定めた筋書きと思っておかねば、皮肉もいい話。腹立たしくもはあるが、背に腹は代えられぬ……と言ったところだろうて」

 

 即ち、あの黒煙はヤツにとっての僕などではなく。

 魔人将ヴォルツクロウの依り代を形成していた、ヤツそのものであり……

 既にその黒煙は古きの器を脱ぎ捨てており、それを囮としてこちらを欺いていたのだという、悪夢を前にして。

 

「なんにせよ、新たな器は手に入れた。それではつけさせて貰うとしよう。決着ケリという奴をな」

 

 冷然とした笑みを浮かべる『凍炎の魔女』の姿を前にして、俺は呆然と立ち尽くすより、他になかった。

 


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