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【ボーイミーツガール & ハイファンタジー!】君を探して 白羽根の聖女と封じの炎  作者: 芋つき蛮族
十三章

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471. 標的変更

 静寂に満ちた夜、まばらに生え伸びる木々の中。

 変化は、すぐにやってきた。

 

 こちらが見つめていた樹群の枝葉が、ざぁと揺れ動き始めたのだ。

 

「フェレシーラ……!」

「ええ。あそこね」

 

 互い、アトマ視により覗きみたそこに『無』があった。

 周囲の樹木が放つ深緑のアトマが、ある一部分だけ、ごそっと抜け落ちている。

 アトマに反する力。

 ゼフトの存在を示す『無』、空隙だ。

 

 始め木々の根元でのみ揺れ動いていたそれが、時間の経過と共に黒い靄と変じて、じわじわと地より湧き出でている。

 明らかな出現への予兆。

 魔人将ヴォルツクロウ・レプカンティの、再誕の兆しだ。

 

「んー……まだるっこしいわね。真ん中辺りに当たりをつけて、ドーンっと先制攻撃でいっちゃう?」

「や、わざわざ広く見せて来てるってことは、たぶん釣りかな。精神領域でも黒の領域に……あいつのテリトリーに逃げ込んだりしてたから、あの黒いヤツの中なら移動も可能なんだろうし。一度ガッツリ具現化するまでに、素直に待つぞ」

「了解。ふふ」

「んだよ。これからまた戦いになるってのに、妙にニコニコして。俺、なんかおかしな事いってたか?」

「ううん。別に大したことじゃないし、気にしないで」

「いやだから気になるだろ……戦闘が始まってからじゃ聞けないし、言えっての」


 短剣を逆手に構えてのこちらの催促に、戦鎚ウォーハンマーを手にしたフェレシーラが「仕方ないわねぇ」と勿体つけつつも、続けてきた。


「単にふと、随分と頼り甲斐が出てきたなー……って思っちゃって。それだけよ」

「そうかぁ? 自分では詰めが甘いなって、思い知らされたばかりなんだけどな。さっきも精神領域あっちであの糞鴉を逃してなけりゃ、済んだ話なのにってさ」

「そうねぇ。気が付いたらいきなり貴方が倒れていて、幾ら起こそうとしても反応がないから。これは、とは思ったけどね」

「う……! わ、わるかったよ、いきなり一人で戦い始めていて……心配かけてさ」

「いいのよ。フラムのことだから、そっちの方が勝算があってのことだったんでしょう? そりゃあ心配はしましたけど――」


 会話の途中、彼女は一歩前に踏み出していた。

 

「お陰でこっちは持ち直せたし、その上でこうして絶好のリベンジの機会を作ってもらえたんだもの。感謝しこそすれ、心配こそすれ……ね」

「……サンキュ。そう言ってもらえると、嬉しいよ」 

 

 前衛を務める構えを見せてきたフェレシーラに合わせて、俺は周囲の様子に気を回す。

 そうする間にも、黒い靄、瘴気の密度が増して一所に集い始める。

 高密度の瘴気。

 黒の魔人がその身に纏っていた黒煙が、人の形を成してゆく。

 

「よお、随分のんびりとした寝起きだな。待ちくたびれちまったぜ、ヴォルツクロウさんよ。そんなに俺の『爆炎』が効いちまってたか?」

「フ……そうだな。否定はせぬよ」

 

 黒煙の中より姿を現したのは、黒髪黒目、端正な顔立ちに薄い笑みを張りつけた壮年の男。

 魔人将ヴォルツクロウの現世での肉体。

 

 どうやらこの姿の方が、コイツのお気に入りらしい。

 っと、そういえば――

 

「ああ、そうだった。そういやあいつ、バーゼルの知り合いらしい」

「え? バーゼルのって……セレンが師事していたっていうの、あのバーゼル? 『隠者の森』でホムラを助けてくれた」

「だな。ちょっと流れで名前を出してみたら、めちゃくちゃ敵視してるのがわかってさ」

「なる。そういえば、どことなく見た目も似てるか。怪しいどころじゃない人だったけど、これまたとんでもない知り合いもいたものね。今度見かけたら、とっ捕まえて話を聞かせてもらうとして……」

「ん。いまはアイツをなんとかするのが、先決だな」

 

 言いながら、俺は追加の『照明』を発動する。

 闇夜の中にあっては、そこに紛れることが容易なヴォルツクロウに利がある。

 これまでの戦いで如何にダメージを負っていたとしても、決して侮ることは出来ない相手だ。

 

 だが――

 

「よっと!」


 完全に姿を現した黒の魔人へと向けて短剣を振るい、黒き剣閃を撃ち込む。

 何はともあれ、遠距離から先制攻撃。

 鋭利なるゼフトの飛刃が空を裂き、ヴォルツクロウの胴へと迫る。

 

 そこに当然の如く黒煙の壁が割って入ってきて、互いぶつかり合い、相殺を果たす。

 

「へぇ……?」

 

 その光景を前にして、フェレシーラが呟く。

 そしてそのまま、そこへと向けて無造作に間合いを詰め始めたかと思うと、「ダン!」と地を蹴り駆け出していた。

 

「どうやら――」


 ヴォルツクロウが退く。

 猛禽の如き眼差しで吶喊を開始した白羽根の乙女を前に、迷うことなく退避を開始する。

 そこに入れ替わるようにして立ちはだかってきたのは、再び湧き上がってきた黒煙の障壁。

 

「ダメージがあるっていうのは、本当みたいね!」


 右から左に水平に、戦鎚ウォーハンマーが振るわれる。

 白きアトマの輝きを放つそれが、黒煙の壁を吹き散らす。

 

 その結果に、俺は特に驚きもしない。

 

 超高密度の瘴気で形成されていたその障壁は、ヴォルツクロウが曰くところの『空間の位相』なんてものまでに干渉することが可能なようだったが……

 そんな芸当が、なんのリソースもなしに実現できる筈もない。

 

 出現直後であったがヴォルツクロウが、フェレシーラの攻撃を完全にシャットアウトしていたのは、飽くまで超高密度の瘴気あってこその高等技術とみて間違いない。

 そして今の黒煙は、せいぜいが『高密度』止まりの代物だ。

 

 既に精神領域でその兆候を確認していた俺は、先手を打ってのゼフト瘴波にて様子を見に行っていた。

 そしてフェレシーラは、その黒煙の護りが『相殺止まり』だったことをその目で捉えていた。

 

 牽制レベルの俺の攻撃が、そうした結果を招くのあれば――

 

「悪くない判断ね。自分でいうのもなんだけど、私の一撃はそれなりに重いから。ベストコンディションじゃないってことなら、退がりたくなるのもわかるもの。とは言え……そう簡単に、逃がしてあげるつもりもないけどね!」

「ですよね」


 群がる黒煙を吹き散らして、戦鎚ウォーハンマーの乱撃が黒の魔人へと肉薄する。

 気炎を立ち昇らせて走る神殿従士の少女が、嬉々として退がるヴォルツクロウへと追い縋る。


 接近戦であれば、こちらを大きく上回る打撃力を備えた彼女のこと。

 攻防のバランスが逆転したとあらば、最早この光景は必定。

 大自然の摂理といっても過言ではないだろう。

 

 2対1、互いに疲労とダメージ抱えてのこの戦況。

 形勢としては、現状こちらに有利と見て間違いない。

 流石のヴォルツクロウも、『爆炎』の直撃が相当堪えているようだ。

 

 しかしそれ故、気になるのがヤツの思惑だ。

 あちらが俺の体に固執しているのは、わかる。

 このまま長年の棲家としていた場所から離れて、肉体への悪影響がないのかを気にかけている可能性もある。

 

 だが、それだけでは説明のつかない……なんとも言えない、嫌な予感がする。

 ヴォルツクロウは諦めていない。

 下手をすれば滅ぼされかねないこの状況下で、守勢に回りながらも何かを狙っている。

 そんな漠然とした、しかし確たる予感があった。

 

 正直いって、精神領域での戦いは自分でも信じられないほどに善戦したと思う。

 あいつが俺に興味を持ち、手加減をしていたとしても、その慢心に付け込んだ結果だとしても……油断のならない相手だと思わせることぐらいは、出来ただろう。

 配下に欲しい、気に入ったという言にも嘘はないのだろう。

 

 違和感があった。

 フェレシーラの猛攻を受けて、不意打ちを狙うわけでもなく下がり続けるその姿に。

 万全を期して様子を伺い、フォローに徹する俺に視線もくれないその反応に。

 まるで闘いそのものを放棄して、その癖この場から逃走するわけでもないその動きに―― 

 

「……ッ!」


 ヴォルツクロウが、大きく時計回りの挙動を取る最中、俺はそれに気付いた。

 

「フェレシーラ! ストップだ! そいつの狙いは、俺の体じゃない!」

「!」


 叫ぶこちらに、フェレシーラが急停止する。

 見ればヴォルツクロウと彼女の間に立ち込めていた黒煙の、その殆どが消失している。

 追撃により『照明』の光が薄れていたことで、闇の中、二人してそれに気付くのが遅れていた。


「クソ……! どこだッ!」


 焦り俺は周囲を見回す。

 視界の端で、ヴォルツクロウが笑みを浮かべた気がした。

 しかしいまは、それに構っている暇はない。

 

 いま俺が見つけるべきは、闇に紛れた黒煙の行く手であり……

 

「――登録済、Z波形を、確、認」


 ゆらりと、大きな大きな木に手をつき、ふらつく体を起こしにかかっていた『凍炎の魔女』であり。

 

「識別名、『魔人将ニーグ』……これより、戦闘モードに、移行、しま、す……」

 

 再び地より湧き出た黒煙が狙っていたのは、端から彼女一人であったのだと……

 遅蒔きながら、俺は理解していたのだった。



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