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【ボーイミーツガール & ハイファンタジー!】君を探して 白羽根の聖女と封じの炎  作者: 芋つき蛮族
十三章

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463. 邪域変成

「正解だな。おそらく、ではあるが……」

 

 極論、である。

 

「あんたが今、立っている場所が『陸』だとすれば。あんたが今まで暮らしてきたのは『海』みたいなモンだ。感覚的にはそう感じていたが……こうしてここにいる(・・・・・)と、それが良くわかる」


 白と黒の精神領域。

 それは陸と海ほどの環境差がある、魂の棲家。

 その玉座を前にして、ヤツもまた実感していたのだろう。


「同感だな。口惜しいまでに落ち着かぬよ、この場所は」

「そうかい? 俺は案外、ここの居心地も悪くないぜ? ま、長居するつもりは更々ないけどよ」

 

 フラム・アルバレットとヴォルツクロウ・レプカンティが、互いの精神の置き所としてきていた場所を入れ替わってのその感想は、割れる形に終わっていた。

 しかし約束は約束。

 こちらの結論と答えを同じくしてきた黒の魔人に、俺は応えてやらねばならない。

 

「む」


 そんなこちらの意志を、気配を読み取ったのだろう。

 白の領域の中心に立っていたヴォルツクロウが、その場より大きく退いた。


 そこに、一塊の影が残る。 

 それはつい今し方まで、ヤツの影として存在していた代物だ。

 光に満ちた、空間自体が輝きを発する白の領域にて、己が足元にのみ存在する影が二つに分かれている。

 

 一つはヴォルツクロウ自身のもの。

 そして一つは、大きく蠢き、下より上へとせり上がり始めた一塊の影。

 

「なるほど」


 ボソリと得心の呟きを漏らす魔人将の眼前にて、影が人の形を成す。


「こちらの影に移り棲んでいたか。盲点だったな」

「そういう事だな。灯台下暗し、なんていうけどさ……」


 その一連の事象を観測して、己が見落としを理解したヴォルツクロウに答えを返すのは、錆色の髪ととび色の瞳を持つ少年。

 即ち会話の最中、瞬く間の内に外界における自己のイメージを再構築し終えた、俺ことフラム・アルバレットの姿だった。


 ついでに言えば、これまでに受けたダメージも回復し終えている。

 しっかりと体勢を整えて、準備は万端、といったところだ。

 

「中々上手く溶け込んでいただろ? 『声』と『目』の使い方も含めてさ」

「ああ、呆れるほどにな。しかし――なにをどうしてこの私を欺いてきた?」


 こちらが用いた自画自賛の言葉に対して、返ってきたのは疑念の声。

 

「我が黒の領域に取り込まれたフリをしていたのは、まだわかるとしても。それこそ貴様の言うところの『海』の中で、如何にして息を止めて気配を殺しながら対話に臨んでいた? 答えよ、フラム・アルバレット」

「おいおい……まさか、忘れたのか?」 

 

 そんなヴォルツクロウからの奇襲の警戒を怠らず――と言っても、己が抱いた疑問を解消するまで、あちらは動いて来そうにもなかったが――俺は右の手首を擦りながらも、考える。

 

 うん。

 今のところ、色々と上手くいっている。

 これならこの後も、きっといける。

 

 ならここは、コイツに話しておいていい。

 むしろ話しておいた方が、処理すべき情報を増やして負担を強いていける。

 そう判断して、俺は詳しくヤツに教えてやることにした。

 

「今も言ったろ。『目』と『声』。黒の領域の深部に呑み込まれながら、あんたとの対話に使っていたのはコレ(・・)さ」

「――それは」


 鴉の瞳が細められる。

 こちらの左右の掌中。

 そこにに灯された二つの小さな魔法陣を見て、ヤツはその左目を眇めてきていた。

 

「そうか。『遠見』と『発声』の術法か。確かにそれを用いたのであれば、居場所を気取られずに対話に及ぶことも可能だろうな」

「名答。お見事ってヤツだ」


 即座に言い当ててきたヴォルツクロウに、俺は魔法陣を解除して言葉通りに手放しの称賛を送る。

 だが、それを受けた黒の魔人の疑問は尽きていなかったらしい。

 

「そうだとしても、だ。問題はその発動に際してのアトマの動きを、如何にして抑え込みこちらに気取られずにいたか、だ」

「そこも別に、難しいことはしてないぜ? 単純に無詠唱の要領でこっそりやってみただけさ。まあそれも、あんたが白の領域を支配下に置くために集中していてこそ、だろうがな」

「なるほど。聞けば聞くほど、惜しいな」 


 言って、ヤツはその身に纏った鴉の羽根の如き漆黒の外套を、ばさりと翻してきた。

 これにて答え合わせは終了。

 あとは目の前にのうのうと姿を現してきた、獲物を狩って落着というワケだ。

 

「素直に隠れて続けておけば、助けが入る可能性もあっただろうにな」

「抜かせ。ここに来る時点で、相当気合の入った結界を外に張ってきてるくせによ」

「クク……その通りだな。肝心の体が手に入るまでに、間違っても殺されたりしては敵わんからな。まあ、そこまでわかっているのなら、だ。最期にもう一度だけ聞いておくぞ?」


 その身より黒煙を立ち昇らせて、周囲の黒の領域からは影腕を伸ばしての、完全なる臨戦態勢。

 こちらに歯牙を差し向けながら、ヴォルツクロウが問うてきた。

 

「我が配下となれ、フラム・アルバレット。やはり貴様をただ消し去るのは惜しい。その知勇を我が元で存分に振るえ。次代の理の執行者。新しき支配者の一翼となれ」

「そいつは無理な話だな。どうせ先に詳しい内容を教えるつもりはないんだろう? ていうかそっちこそ、ここで手を引いてくれないか?」

「なに……?」

 

 俺の寄越してきた要求が、それ程までに意外だったのだろうか。

 魔人の将がその瞳を大きく見開いてきた。

 

「ま、こう言っちゃなんだがよ。俺はあんたの事が大嫌いだ。悪感情しかない、って言ってもいい」


 そんなヴォルツクロウを真正面から見返して、俺は言う。


「なにせここまでこっちが散々苦労させられてきた原因は、どう考えてもそっちにあるんだからな。だから状況的にはその澄まし面をブン殴ってやりたいし、気持ち的にもムカついて仕方がないんだが……」


 そこまで言って、姿勢を低くして身構える。


「あんたがここで引き下がってくれるなら、見逃してやっても(・・・・・・・・)いい」

「――熟熟つくづく


 両手をだらりを下げたこちらに、声が飛んでくる。

 

「惜しいと思わせてくれるな貴様は! フラム・アルバレット!」 


 それはこちらの度胸を買ってか、それともこれから始まる戦いの激しさを予感してだったのか。

 立ち込めた黒煙が、蠢く影腕が、ヤツの叫びと共に一斉に動き始めていた。

 

 一瞬にしてこちらを包囲する、黒の軍勢。

 その勢い、数はこれまで見せてきた攻めの比ではない。

 どうやらヴォルツクロウも覚悟を決めてきたらしい。

 

 下手にこちらを殺せば、魂の繋がりがあるやもしれない自身にもダメージが入るやもしれない。

 そのリスクを受け入れての猛攻。

 しかしその判断もわからないではない。

 

 既にヤツは、フラム・アルバレットの肉体の支配権を司る『白の精神領域』に、拒絶されてしまっている。

 ジングであれば奪えた体の自由を、手に入れることに失敗している。


 肉体を支配する上での適性の低さ。

 おそらくは俺とジングという『先住民』が『白の精神領域』いたからこその排斥による、望まざる結果。

 長きに渡る『黒の精神領域』の支配者に留まったいたという、動かざる事実。

 

 それは取りも直さず、俺とヤツの魂が隔絶されていることを示していた。

 故にこの鴉頭は、この攻撃による自滅のリスクは限りなく低い、と判断してきたのだろう。

  

「さあ、どうする。次はどう出る」

 

 さて、どうする。次はどう返す。

 

 まるでこちらの心の内を見抜いてきたかのような、何かに期待するような声を耳に、俺は手にした術を握る締める。

 

「おいおい。さっきも言ったろ」


 低く構えた体を更に落とし、だらりと下げた両のかいなは足元すれすれに。

 心は白く平らな皿。

 なんの面白みもない、しかし師の教えを忠実に守り倣い磨き続けたその場所に、アトマを注ぎ込む。

 

「こっちはもう使えるんだ。なら当然こうする。これしかない。端からあんたみたいな化け物を相手取り、見事出し抜こうってんならさ」

 

 とっくの昔に仕込み終えていた(・・・・・・・・)、術法式の構築と展開。

 それに呼応して、周囲が揺れる。

 

「これは……!」

 

 鴉頭の嘴より、声が洩れる。

 白と黒、すべての領域を揺らすその律動に、驚愕の声が洩れ出でるその最中。

 

「三形抱くかいな。底井戸浚うてのひら千尋せんじん穿つ巨人の鑿鎚のみつち以て……」


 黒の領域に潜みながら、邪なる地に注いだ心血を梃子と成し。


「築けよ、樹岩の根城!」

 

 響く詠じの声に呼応して、『大地変成』の陣術が発動した。

 


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