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【ボーイミーツガール & ハイファンタジー!】君を探して 白羽根の聖女と封じの炎  作者: 芋つき蛮族
十三章

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459. 闇への布告

 ズキズキ、刺すように眼球が痛み。

 チカチカ、しつこい程に目の前が眩しく。

 クラクラ、両の脚でまともに立つこともままならぬ有様にて……

 

 激しく不規則に明滅を繰り返す、眼窩眼底眼前、その全てが鬱陶しかった。

 あり得ない程に腹立たしかった。

 

「さあ、私に見せてみよ。試させてみよ。挑んできてみよ……はははは」

 

 しかし何よりこちらの神経を逆撫でしていたのは、哄笑と共に語りかけてくる黒の魔人、ヴォルツクロウの姿、口振りだ。

 

「さあ、どうした。いい加減に思い出してみてはどうだ。覚えること(・・・・・)は何よりも得意であろう。さあ、さあ、さあ――」

「うるせぇんだよ……!」

 

 ガギッ、と奥歯を噛み鳴らして、俺は喜悦に満ちた催促の声を砕き殺す。

 

 「さっきから人が大人しく黙って聞いていりゃあ、ワケのわかんねぇことをグダグダと……なにが『終わりだ』、だ。なにが『答えろ』だ……!」

 

 朦朧としかけていた意識ごとそれを吐き散らすと、腹の底から沸々と怒りが湧きあがってきた。


 ドス黒くも明朗なその感情に衝き動かされて、俺はふらつく両の脚でもって強引に、真っさな地をギリリと噛む。

 痛みと熱に侵された思考が、それを自動的に選択する。

 

「ふむ。まだ思い出せぬか。未だ無意識でリミッターを施しているのか、はたまた強引な封印の代償か……データを回収しておきたいところではあるが」

「だから――五月蠅いんだよ、テメェはッ!」


 白と黒とが木目状に混ざり合った地にて、俺の靴底にて、バチリと戦意が火花をあげる。


 刹那、弓弩の如く引き絞られていたおれの全身が、一条の矢と化して解き放たれた。

 

「おや」 

 死ね。

 

 短い呟きを殺意で塗り潰して、頭から突っ込む。

 手には得物など携えてはいない。

 そんな物は不要だ。

 

 獣にしては数の多い指があれば、事足りる。

 まるで決まりのなっていない生え方をした、小賢しい鴉の首一つ程度、造作もなく縊り落としてやる。

 

 そう念じて足裏を蹴り抜き、腕を振りかぶる。

 風一つ吹かぬ空間にて、ごう、という音が耳元で渦巻いた。

 

 気付けば、鴉の頭が目の前にあった。

 

「おあぁアッ!」 

 

 視界一杯に広がった黒い火傷の疵へと目掛けて、手を叩きつける。


「おっと。いかんな、それでは」


 握り拳にすらなっていなかったそれが、魔人が軽く握り込んだ拳に阻まれる。

 構わず、跳ねのけられた手を再び振るう。

 上下左右、あらゆる角度から叩きつけるも………視界に在るのは、涼しげなヴォルツクロウの姿だけだった。

 

 それがささくれ立った俺の心を、更に煽り立ててくる。

 ガンガンと痛む頭を、黒く黒く塗りつぶしてくる。


「このような野蛮な戦い方では、器の無駄遣いもいいところだ。学ぶべきことを誤ったか。それともあの紛い物の真似までしたか? なんにせよ、修正点が見つかったのは確かだが……洗い出しはこれぐらいでよかろう。悪影響が出る前にデリートしておかねばな」


 無駄遣い。

 学ぶべきこと。

 紛い物の真似事。

 修正点と、デリート。

 

 悠然とした語りの中より拾い上げてゆく言葉の群れが、体の何処かに落ちてゆき、定着する。

 するが、頭はそれを意味のあるものとして認識しない。

 振り上げ、叩きつける手は止まらない。

 全身の筋肉を勢いよく捻じりあげ、骨と骨の接合部に力を溜め、赤黒い感情と共に叩き込む。

 殺意の鞭を、欲動のままに振るい続ける。

 

 ギチギチ、ブチブチと何かが摩耗して千切れゆく音がした。

 その音が大きくなる度に、眼球を走る痛みとノイズが和らいでゆく。


「シャアッ!」 

「ふむ。スピード、パワー、共に悪くはないが……つまらんな。あまりに芸がない。あわよくば本稼働前に運用データを集められるかと期待したが、どうやら私の見込み違いだったようだな。残念だ」

「ア゛アッ゛!?」

 

 なにを言っているのかはわからない。

 しかし言葉自体は忘れない。

 耳が、目が、脳が、感覚が、自動的にそれらを拾い集めて取り込んでゆく。

 それは獣の作法、俺という個に備えわっていた本能だった。

 

 腕を振り上げる。

 高きに置かれた蔵書を引き出すようにして。

 手を叩きつける。

 閉ざされた頁を捲り開くようにして。

 指を喰い込ませる。

 初めてみる理論を噛み砕くようにして。


 気付けば自分が、何をしているのかがわからなくなっていた。

 しかしそれも仕方がない。

 獣は己を御せないがゆえに、獣なのだ。

 なのでそれは仕方がない。

 考えるまでもない。

 なので俺には、獣らしくやるより他にない。


「もうよい」


 ドン、と胸に無音の衝撃が走った。

 続けて視界が上から後ろに急転する。 

 あれだけ踏みしめていた地面が、今度は俺の背中を打つ。


「ガ――」

 

 息が詰まり、遅れた体のあらゆる部位から重い痺れが伝わってくる。

 まるで前借していた力を一気に取り立てに来られたのかのような、極めて原始的な反動。 

 

 仰向けに倒れた先には、闇が迫っていた。

 それが何であるかを理解するよりも早く、理性に一筋の火が灯る。

 

「な、ん……いま、の――」


 やられた。

 否。

 やってしまった。

 

 暴走だ。

 感情に任せて、無謀な攻撃を繰り返していた。

 

 何がどうしてそうなってしまったのかは、まるでわからない。

 だがしかし、色々とブッ飛んでしまっていたことだけは把握出来た。

 

「マジ、かよ……クッ、ソ!」

 

 愚行もいいところなミスを起こした自分自身に悪態をつきながら、挽回の手立てを探しにかかる。

 最悪最低もいい所な状況だが、文句を言っても始まらない。

 巻き返す為にはとにかく考えて、動くより他にない。

 

 体へのダメージ。

 追い込まれた体勢。

 残る反撃の手段。

 

「正気に戻ったか。物理的な衝撃が切っ掛けとは、面白みのない反応だ」


 上から降ってきた声に対する、うるせぇマジで黙ってろ陰険糞鴉という反感すらも封じ込めて、瞬考する。


「流石に飽いたな。幕引きとしよう。最期に、残す言葉はあるか?」 

「……テメェは、本気で泣かす!」

「そうか。覚えておこう」


 視界の隅に移り込んできた指が、パチンと鳴らされる。

 支えにしようとしていた背中側から、抵抗が失われる。

 ずぶんと、肩から先に沈み込むのがわかった。 


 遅れて、腰、臀部、肘、踵と、バラバラに、黒土のように変じていた床に、体が呑み込まれてゆく。

 

「クソッタレが……!」


 こちらの領域であったはずの足場が、見る間に底なし沼同然の闇と化して、全身を引きずり込んでいる。

 抵抗は間に合わない。

 それは理解出来た。


 状況の劣悪さもさることながら、端から力の差がありすぎる。

 完全なイーブンの状態、例えこちらのアトマ・ゼフト共に万全のコンディションでぶつかったとしても……


 この埒外の魔人に、真正面から打ち勝つことは不可能に近いだろう。

 それ程までに、ヴォルツクロウという魔人の将は、高みにある存在だった。

 

 しかしそこで、俺は思う。

 別にこのまま落ちてしまっても良いのではと、考える。

 

 それは何も、思考を放棄したわけでも、生への執着を投げ出したわけでもない。

 ただ、思ったのだ。

 思い直したのだ。

 そして思い出したのだ。


 ここまで追い込まれたのであれば、まともなやり方で抜け出す手段はない。

 そもそもそれは、俺が望んでいたことではない、と。

 俺が望み、狙うは唯一つ。


 フラム・アルバレットの精神領域だなどいう……

 この、何の面白みもない場所までわざわざやってきてまで、やると決めていたことは変わらず一つだけ。


「そうだよな……そう、だったもんな……!」


 その為の手段方策理論道筋を、己の中にて厳然と組み上げて、それを再認識して、残る頭だけを持ち上げ、仇敵を睨み付ける。

 

「泣かすって言ったら、ぜってー泣かせてやる……こんの、糞鴉!」

 

 その宣言に、黒の魔人がニヤリと嗤った次の瞬間には――

 

 俺のすべては、粘つく闇の中へと落ちきっていた。

 


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