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【ボーイミーツガール & ハイファンタジー!】君を探して 白羽根の聖女と封じの炎  作者: 芋つき蛮族
十三章

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455. 甘美なる提案

 このままではいけない。

 まともに話を聞いていては、コイツと戦うどころではない。

 

「は……?」

「理解が不能、という顔をしているな」


 そんな警告が脳裏を掠めるも、闇色の曲壁に包まれた白一色の空間にてこちらと相対していたヴォルツクロウは、淡々とした物言いを保っていた。

 一見して、鴉頭の魔人が語る言葉からは、熱が感じられない。


 しかしその闇色の瞳の奥には、自らが口にした事に対する明確な意思、静かに灯る野心が揺らめいている。

 

「貴様に語ったところで詮無きことではあろうがな。まあいい。ここでは誰の邪魔立ても入らぬ故、聞くがいい」

「聞くがいいって、言われてもな……」


 突然、魔人の王がどうだのと、世界がどうだのと……

 神々の摂理に反旗を翻すだのと。 

 挙句の果てには、聞き覚えのある名前まで持ち出されたことで、俺の思考はすっかりと掻き乱されてしまっていた。


 加えて言うのであれば、器の力だとか、完成品だなんて言葉まで飛び出してきている。

 そしてそれが、俺に対して向けられたことも認識はしている。


 しかし、何と云うべきか……

 あまりに突拍子もない話に、面食らってしまっている状態だ。

 思わず、俺は目の前の鴉頭へと問いかけに走ってしまう。

 

「アンタ、俺との勝負を受けたんじゃなかったのかよ」

「無論、その体は貰い受ける。だがそちらとて、何も知らずに消え去るのは納得が行かぬだろう。それにそう焦らずとも結果は動くまいて」

「……わかった。聞くだけは聞いてやる。勝つのは俺だけどな」


 どう転んでも己の勝ちは揺るがない。

 それ故に、勝負を焦ることもない。

 そう言い放ってきた鴉頭の魔人の要求に、俺は渋々ながら受け入れる構えを見せた。

 

 正直いって、機先を制されてしまった感はある。

 しかしこれはおそらくだが……当のヴォルツクロウ自身に、戦いの前の駆け引きを仕掛けてきているつもりはない。

 では何故、この男が唐突に語り始めたかといえば、そこに関して予想はつく。


 単なる会話の流れと、ふとした思い付き。 

 100%、己の勝利を微塵も疑わぬ故の、余裕の現れ。

 圧倒的強者が弱者に対して時折垣間見せる、気紛れに過ぎないのだろう。 

 

 はっきり言って、ムカつくことこの上ない振る舞いだ。

 ベラベラと能書きを垂れてくるのであれば、気分が高じたところに蹴りの一つもくれてやりたい衝動に駆られる程度には、こちらを舐め腐った態度ではある。

 

 つい先ほどまで「弱者に対して冥途の土産にくれてやる言葉はない」的なことをのたまっていたくせして、身勝手もいいところだ。

 

 だが、そんなヴォルツクロウの行状がまた、こちらがヤツを『魔人将ニーグ』だと誤認した理由の一つでもある。

 魔人王直属の配下として、人類種の怨敵として知られる魔人将。

 あのルゼアウルが『我が君』と呼び仕え仰ぐ相手であるからには、ヴォルツクロウが相当な格を有する魔人であるという、想定は立っていたものの……

 

 正直言って、神話の時代より続く階位を冠した相手が出張ってくるなどと、誰が想像出来るだろうか。

 それもジングの言を当てにするのであれば、俺の内側、精神領域に潜んでいたという話になる。

 

 まあ、思い返してみればルゼアウルも「地上と奈落の真の支配者」だなんて大層なことを口にしてはいた。

 それが『制約ギアス』により知り得た情報であることを鑑みれば、ヴォルツクロウが口にしてきた言葉も、あながち妄言・大言壮語だと一笑に付せるものでもない。

 

「いや……」


 そこまで考えて、俺は一旦気持ちを落ち着けることにした。

 確かに、ヴォルツクロウはこちらに害をなしてくる存在、敵だ。

 影人を操ってフラム・アルバレットをつけ狙い、無関係な人々を巻き込み傷付けたルゼアウルの主である以上、この鴉頭の魔人とは敵対して然り、だ。

 

 しかしそれでも、ヴォルツクロウは俺の知り得ない情報を数多く握っていることに、変わりはない。

 己に関することを知りたい。

 俺はそう言って、フェレシーラとティオに協力を願い出ていたのだ。

 

 そして当のヴォルツクロウが、会話に応じる姿勢を見せてきている。

 であれば、聞くだけ聞いておいて損はない。

 体の支配権を賭けて争うのも、それからで遅くはない。

 

 なにせ俺は、勝つと決めたのだ。

 ならば持ち帰ることの出来る情報は、多いに越したことはない。

 本音を言えば、やはり今すぐにでもコイツをブチのめしてやりたい気持ちはある。

 

 それでも、ヤツの気紛れでリターンが大きくなるのであれば。

 一度はここで堪えて対話に応じてこそ、俺を支え助けてくれた人たちの恩義に報いることに、最終的には繋がる筈だ。


 湧きあがる敵愾心を溜息と共に吐き溢す。

 そこから、スゥと息を肺に溜め込むと、随分と気持ちが落ち着いた。

 肉体を持たぬ精神領域での行動だというのに、不思議なものだ。


 それだけ、普段の行動と精神というモノが密に結びついているという、証なのだろう。

 

「ヴォルツクロウ、今の発言を訂正する。俺もアンタと一度話がしておきたい」

 

 頭は下げずに、己の意志を明確に伝える。

 黒曜石の如き鴉の眼が、こちらを見詰めてきた。

 

 一体、どれぐらいの時間、そうして互い向き合っていただろうか。

 

「よかろう。では先に、言っておくが……」

 

 真白な静寂を破り先に口を開いたのは、黒の魔人だった。

 

「フラム・アルバレット。貴様が生を受けて以来、私はお前の身に起きたことを観察してきた」

「な――」


 突如告げられてきたその言葉に、思わず俺は絶句する。

 するも、そんな事はお構いなしにヴォルツクロウは「とはいえ」と前置きを行ってから、後を続けてきた。

 

「それも貴様が確たる自意識を持ってからは、久しく途絶えていたのだがな。この場所より再び外界の様子を微かに探れるようになったのも、つい最近のことだ」

「生まれた時からって……」


 つらつらと語り始めた鴉頭に、その内容に、口が勝手に動き始めていた。


「それじゃアンタは、俺の両親のことも知っているのか」

「無論だ。尤も、あやつらが今どうしているかまでは知らぬ。生きているのか、そうでないのかもな」

「……なら、教えてくれないか。俺の両親について」


 気付けば、そんな質問をしていた。

 自分では産みの親のことなど、まったく気にしていないつもりだったのに、だ。

 

「やはり気になるか。己の起源ルーツという奴が」

「自分でも意外だけど、そうみたいだな……それで、どうなんだ? 勿体つけてないで、答えてくれ」

「ふむ」


 やや性急となって話の先を促すと、ヴォルツクロウが思案する素振りを見せてきた。

 その様子に、泰然とした所作に、再び頭の片隅で警報が打ち鳴らされる。

 

 完全に手玉に取られている。

 当たり前だ。

 ヤツの言を信じるのであれば、相手はこちらが欲しい情報をこれでもかという程に秘匿しているとみて、間違いない。

 

 主導権はあちらにある。

 それがわかっていても、聞くことをやめられない。

 どうやら俺は、自分が思っていた以上に自分のことが……ヴォルツクロウの言葉を借りるとすれば、己の起源ルーツというものが気になって仕方がないようだった。

 

「一つ、提案がある」

「なんだ。言ってくれ。俺に……俺個人に可能なことなら、検討してみる」

 

 唐突な感のあるその言葉にも、思考を回し切ったかどうかの瀬戸際で、舌が動いてしまっている。

 良くない傾向、避けるべき対応だ。

 だが、抗うことが出来ない。

 ヤツが発する言葉の一つ一つが、甘美な響きを伴い、定かならぬ真実へと俺を誘ってくる。


 そんなヴォルツクロウが次に発してきたのは、まったく予想のつかぬ言葉だった。

 

「フラム・アルバレットよ。我が軍門に降り、臣下として仕えよ。さすれば貴様の望み、我が権能にて叶えてやろう」



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