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【ボーイミーツガール & ハイファンタジー!】君を探して 白羽根の聖女と封じの炎  作者: 芋つき蛮族
十三章

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451. 『図星』

 薄闇の中、仲良く土埃塗れて転がる鷲兜。

 

「面白い奴だな、貴様は」


 あれだけ喧しかったのに、うんともすんとも言わなくなったそれを呆然と見つめていたところに、ヴォルツクロウの発した声が降ってきた。

 

「察するに、それも貴様の体を狙っていたのだろう? そのわりに」 

「うるせぇ」


 随分と器用に喋る鴉野郎を、俺は横倒しになった体で黙らせにかかる。

 

「黙っていりゃあ、さっきからべらべらべらべらと、人が聞いてもいないことばかり言ってきやがって……」


 右腕一本、いや、指だけが、なんとか動いてくれた。

 それで地面を掴み、俺は進む。

 

「おかげで、ちゃんと聞こえねぇだろ……」 

「なにが、だ?」

「んなもん、決まってんだろ。莫迦かテメェは」

 

 這いずりながら、講釈をくれてやりながら、ただ進む。

 

「おい、コラ……なに大人しくしてんだ。らしくないだろ、そんなの、お前はよ……」

「無駄だ。それはもう機能しておらんよ」

「うるせぇ、つってんだろッ!」


 しつこい雑音を吹き散らして、俺は呼び掛けた。

 

「おい、ジング! 黙ってねぇで返事しろ、このアホ! ボケ! ワシ! カブト!」


 ありったけの力を喉と指に籠めて、灰色の兜を掴む。

 しかしそれが上手くいかない。

 凸凹となり簡単に掴めそうなのに、上手く行かずに指が滑って虚しく土を噛む。

 

「くそ……なんでだ……なんで」

「それの名をジングと呼んでいるようだが。もしや貴様、まだ何も知らないのか?」


 べしゃりと地に落ちた手をみつめていると、どこか呆れた感のある声がやってきた。

 相変わらず、持って回ったクソ苛つく喋り方をしてやがる。

 本当に、なんでここまでコイツにムカつくのか不思議でならないが……

 

「だから一々意味ありげに、うるせぇんだよテメェは……言いたいことがあるってんなら、いい加減ハッキリいいやがれ……! コイツみてぇによ……!」


 そこまで言い終えて、ようやく指が兜の羽根を掴んでくれた。

 

「冥途の土産に、とでも言いたいのか? 愚かしいな」


 能面のような美貌をぴくりとも動かさずに、ヴォルツクロウが言葉を返してきた。


「死に逝く者に与える答えなどない。生きて戦い抜き、勝利を手に屹立する者だけが答えを得るに相応しいのだ。貴様がこれまで生きてきて、何も知らぬということは……それ即ち敗者の証よ」 

「ほんっ……と、うるせぇな、お前マジで……ッ!」


 一瞬、頭が入ってきた言葉を呑み込み処理して若干納得しかけたところで、俺は思う。

 

 マジでコイツの言いたいことはなんだ?

 コイツは……ヴォルツクロウは、あのルゼアウルが言っていた『我が君』だ。

 それは間違いない。

 

 だがしかし、それなら何故、こうも時間をかけてこちらをいたぶるような……無意味に思えることに執心する?

 フラム・アルバレットの肉体を奪おうとしている筈なのに、この迂遠すぎるやり口はなんだ?

 事あるごとに面白いだのと何だのと口にしてきて、一々こちらに話しかけ、反応を得ようとするのは、何故だ?

 

 引っ掛かるものがあった。

 同時に、脳裏を過ぎった幾つかの言葉が浮かぶ。

 それらが奈落の淵に掛かった指先を支えるようにして、疑念を補強しにかかる。

 

 あの時、『凍炎の魔女』との戦いで俺が辛くも勝利を掴みにいっていた、その途中。

 ジングは確かに口にしていた。

 

 翔玉石の腕輪が微塵に砕けて、ヴォルツクロウが俺の前に……

 俺の体から湧き出でてきた黒煙の中より――黒煙そのものが、黒の魔人として現出するその直前に、ジングは叫んでいた。

 

 鷲の羽根を握りしめながら、それを思い出す。『アイツがいた』。『謀りやがった』。それと……あともう一つ。

 

 考えろ。考えろ。考え抜け。

 今の俺がまともに動かせるのは、頭ぐらいのものだ。

 ならばそれを梃子に立ち上がれ。

 

 この違和感には、引っ掛かりには、必ず意味があると信じろ。

 俺は何かを見落としている。

 途轍もなく大きな、そしておそらく基本的な何かを、見落としている。

 

 この糞鴉が、人様の体を乗っ取ろうだなんて巫山戯ふざけたことをぬかしてくるくせに、一向に手を出してこない……

 

 否。

 出せない(・・・・)理由が、何かある筈だ……!

 

「強情だな。そ奴が朽ちたのを認めれば、楽になれるものを」

「だから――」


 うるせぇんだよ、と。

 そう口に仕掛けて、ふと気付いた。

 指先で握りしめた鷲羽根を見て、俺は思い出していた。

 

 そうだ。

 フラム・アルバレットの体を奪うには、支配するには、条件があった。

 コイツは……このアホは、ジングは、確かにそうして俺の身体を乗っ取っていた。

 

「……ッ!」


 喉元まで出かかった言葉を呑み込み、更に思考を回す。

 その言葉とは俺を踏みつける黒の魔人、ヴォルツクロウに向けようとしたもの。

 その内容は『お前には俺の体を乗っ取る手段がないのだろう』という、嘲り。

 

 追い詰められた状態からの痛烈な罵倒、図星を突いてやるという衝動的な、刹那の甘美な誘惑に必死で抗いながら、俺は推測する。

 

 肉体の乗っ取り。

 それは以前、ジングが初めて俺の前に姿を現した際に行われたものだ。

 そしてその条件とは『俺の願いをジングが叶える代わりに、その対価として体の支配権を得る』という、一種の『制約ギアス』に近い代物だった。

 

 最初のそれは『こそこそ隠れてないで、姿を見せろ』という言葉を俺の願いとして叶えること。

 今思うにこれは、『姿を見せろ』という願いと『体の乗っ取り』が上手く合致した故の、大成功だったのだろう。

 そうしてジングのヤツは一度俺の体を乗っ取った上で、更なる『願い』を叶えることで『身体の支配権』をより強固しようと画策していたのだ。

 

 結果それは、セレンを始めとする皆の助力もあり……

 俺の命 = 同居人であったジングの命を盾に、『願い』の術効でこちらを精神領域へと踏み込ませるという荒業により、失敗に追い込まれていた。

 

 そしてその結果、ジングの魂は俺の精神領域から追い出されて、翔玉石の腕輪に封じられた。

 ……そうだ。

 そうなのだ。

 

 ジングは『俺の中から追い出された』ことで、『俺の体を乗っ取れなくなった』のだ。

 そこに関する根拠もある。

 それはジングが敢行した二度目の乗っ取り。

 

 ルゼアウルの術に便乗して再び精神領域に姿を現した後に、アイツは再び俺の体を乗っ取ってきた。

 それ自体はゼフトの出力に任せた力技であったため、こちらがフェレシーラとティオからアトマの補充を受けることで打破するに至っていたが……

 

 やはりそこも、初回と同様。

 俺の精神領域に魂を置かねば、体の支配そのものを実行に移せなかったのだと断定出来る。

 

 そう考えると、三度目、ルゼアウルとの『制約ギアス』戦の後に、腕輪の中にいたジングが乗っ取りを仕掛けてこようとしていたのも、恐らくは不発に終わっていた筈だ。

 結局その後も乗っ取りが発生しなかったことを鑑みても、まず間違いないだろう。

 

 つまり――

 

「はは……そうか。そういうことか。そういう、ことだったんだな……」


 ある結論に達して、俺は地にごろりと仰向けに転がり月を仰ぎみた。

 月光の元、それを見下ろす黒の魔人の瞳が、訝しげに細められる。

 

「まったく……こんな簡単なことに気付かないだなんて、どうかしてやがるぜ」

「突然どうした? 追い詰められておかしくなったか?」

「いやいや……ああ、いやまあ、そうだな。おかしいっちゃあ、そうさ。ただしこの場合は……可笑しい、が正しいけどな」

「なに?」

「なに? じゃねえだろ、ったくよ」


 整った眉目を顰めるそいつに向けて、俺は畳み掛ける。

 

「コイツのことを……ジングのことを、散々馬鹿にして見下すようなことばかり、言っておいてよ」 


 握りしめた羽根に掌の熱を籠めて、尚も続ける。

 

「結局、テメェも変わんねえわけだ。コイツと同じように……」 

 

 そうだ。

 思い返してみれば、そうだったのだ。

 この黒の魔人が現れたとき……

 

 俺の体から多量の黒煙が、超高密度の瘴気が噴き上がっていた。

 その黒煙がヴォルツクロウを成していた。


 そしてジングはその直前に、こう言っていた。『アイツがいた』と。

 

 つまりそれは……この鴉の如き魔人のが既に、俺の精神領域から追い出された後であり。

 いわんや、支配のすべを持たないという証左に、他ならなかった。 

 

「要は、俺の体から追い出されたお前もさ。ジングのヤツと同じで、独力での乗っ取りは不可能ってワケだ。だから如何にも体を奪える体でこっちの行動を封じて様子を探るしか、やり様がない。なあ、そうだろう? ヴォルツクロウさんよ。ほんっっっと、ざまぁねぇなぁ? 散々っぱら、偉そうな口叩いておいてよ!」


 歪みの入った能面にその指摘を叩きつけてやると、微かな舌打ちの音が返されてきた。

 


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