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【ボーイミーツガール & ハイファンタジー!】君を探して 白羽根の聖女と封じの炎  作者: 芋つき蛮族
十三章

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450. ただ、誓いの為に

 もしも魔人にこの身を奪われようとも、彼女の元に馳せ参じる、と……

 

「が、はっ……!」


 そう誓ったからには、諦めるわけにはいかなかった。

 

「どうした? 大言壮語を吐いたわりに、碌な抵抗も出来なかったようだが?」

「う、るせ……ぇよ、この、クソガラ――ぐふっ!?」


 抗弁の途中に、背中が木の幹へと勢いよく叩きつけられる。

 もう何度目となるかもわからない、襟首を黒煙の腕に掴みあげられての、乱雑な放り投げ。

 

「フラ、ム……!」


 大丈夫だ、フェレシーラ。

 戦鎚ウォーハンマーを手にしたまま、手を地面につき起き上がろうとする神殿従士の少女へと、そう声をかけようとするも、喉から出てくるのは掠れた空気ばかり。


「さて。特に抵抗らしい抵抗もなかったのは不満ではあるが。そろそろ体を貰うとしよう」


 その言葉と共に、彼女の姿を捉えていた視界が黒い外套の裾に遮られる。

 たっぷりと、こちらが正常な呼吸を再開できるだけの余裕を与えてから、黒の魔人、ヴォルツクロウが宣言を行ってきた。

 

「ジングのヤツは、どうしたんだよ……」

「ほお。最期に気にすることがそれか。いや……紛い物同士、末路が気にかかると思えば納得だな」

「なにを、ワケのわかんねえことを……ぐっ!?」


 今度のそれは、地に横たわっていたところへの、鳩尾への蹴り。

 どうやらご丁寧に、自分の爪先を叩き込んでくれたらしい。

 それまでとはまるで重みが違う衝撃に、呼吸もままならず、視界が歪む。

 

 まあ、なんというべきか……

 この鴉擬きの魔人は、随分と念入りに俺をいたぶりにかかってきていた。

 まるで積年の恨みをじわじわと、真綿で首を締めるようにして晴らさんと言わんばかりの、撤退的な責めようだ。

 

 圧倒的な力を持つヴォルツクロウからしてみれば、それらの行動は『攻撃』ですらなく、単純な意思表示なのだろう。

 意思の疎通を図ろうという気もないくせに、幾度となく繰り返される問いかけと責め苦が、それを雄弁に物語っている。

 

 俺の体を奪う。

 そう言い放ってきたわりには、一向にそれに及んでこない。

 詰まるところ、こいつは俺の心を折りたいのだ。

 

 もうやめてくれ。

 逆らう意思はない。

 いっそ楽にしてくれ。

 

 望んでいる言葉は、そんなところだろうか。

 意外なことに、そうしたヴォルツクロウの行いに、俺はそう陰湿だとも加虐的だとも思わない。

 

 ただ、『こいつは悔しかったんだろうな』とだけ、感じる。

 

「なぁ……ヴォルツクロウさんよ」


 不意に口から衝いてでた呼びかけに、彫刻を思わせる魔人の頬が微かに動いたのが、横倒しとなった視界の中に映り込んだ。


「なんだ」


 端正な美貌でもってそう問われて、俺は思い悩む。

 特段、何を言おうとして口が動いたのかが、自分でもわからなかった。

 

 まあそれ自体は、どう考えてもコイツが悪い。

 頭が上手く回らない原因は、どう考えてもコイツが俺を酸欠状態へと追い込んでくるせいだ。

 故に俺は、一言だけ、しかしハッキリと明確な意思を籠めて、思い付きの言葉を贈ってやる。

 

「くたばれ、糞鴉が」

「そうか」


 返しの言葉が耳に入ると同時に、視界が意味不明なほど上下左右にブレた。

 遅れて胸にやってくる衝撃と、何かに叩きつけられた体がずりずりと、下方向に落ちる感覚。

 夜気に濡れた木の根が、目の前にあった。

 

「こ、ヒュ――」 

「まあ、私の落ち度ではあったよ。それは認めよう。あの魔女共々、よくここまで私の計画を狂わせてくれたものだ。古き神代の時より、数え切れぬほどの全人類種を目にしてきたものだが……」


 すかすかの息を遮り、独白に及んでくるヴォルツクロウ。

 

「ああ、そういえば彼女は息災かね? この後はまずなにより先に、挨拶に伺おうと思っていたのでな」

 

 その口振りは涼やかで、しかしこれまた何を言いたいのか皆目見当もつかない。

 なんて思っていたら、うつ伏せで地面と仲良くしていた体が、気色の悪い黒煙の腕にて仰向けにひっくり返された。

 

「な、んの……こと、だよ……ヒュフ――がっ、ごふっ!?」


 わざわざ面と面を突き合わせていないと気が済まないらしい、奇特な魔人に問い返すも、出鱈目に送り込まれてきた空気に肺が悲鳴をあげてしまい、クソムカつく。

 

 というかここから巻き返す手段が思いつかない。

 反撃の札を切ろうにも、これといった在庫がない。

 まあ一応、完全博打な代物なら、思いついていないでもなかったが……

 

 それをやるならそれこそ最期の手段というヤツであり、そもそも俺が自発的に仕掛けていけるものでもないので、一旦除外せざるをえない。

 結果やはり、現状有効な手が見当たらないという状態だった。

 

 だが、しかしそれでも諦めるわけにはいかない。

 

 もしも魔人にこの身を奪われようとも、彼女の元に馳せ参じる。

 それは『フェレス』との約束であり、厳密にいれば『フェレシーラ・シェットフレン』との約束では、なかったのだろう。

 だとしても、それは俺にとっては彼女に向けた誓いに他ならなかった。

 

 それはなにも、俺自身が魔人に――これまではジングがその対象だと思っていたが――この尊大不遜な黒の魔人、ヴォルツクロウに体を奪わせない、ということのみで済む話ではない。

 俺にとって大事なのは、そこではないのだ。

 

「フェレ、シ、ラ……」

「フラム……!」

 

 その名を呼ぶと、すぐに声が返されてきた。

 そんな彼女自身も満身創痍。

 アトマどころか体力も尽き果て、成す術なくヴォルツクロウの操る黒煙に攻め立てられる俺を庇い、無用な被害を受けてしまっていたのだ。

 

「……ッ!」


 そんな彼女が、何事かを口にしかけては唇を噛みしめて、思い留まっていることに俺は気付いていた。

 おそらくそれは、俺を痛めつけ続けるヴォルツクロウへと向けた、助命の嘆願なのだろう。

 無論、そんなことを口にしたところでこの陰険鴉が素直にそれを聞き入れることなぞ、天地がひっくり返ってもないと断言できるが……

 

 きっと彼女もまた、きっとその約束を覚えてくれているのだろう。

 ならばなれば、ここで俺が屈するわけにはいかなかった。

 

「やって、みろよ……」

「ほう?」


 熱のない視線でもってこちらを睥睨してくる黒鴉に向けて、俺はか細い気を吐く。

 

「なにをやってみろ、というのだ? 言うがいい」 

「この俺の……フラム・アルバレットの体を、お前程度が乗っ取れるってんのなら――やってみろって言ってんだよ、ばーか!」 

 

 聞かれるまでもない質問に丁寧に答えてやると、ついつい程度の低い罵倒が口を衝いてでた。

 しかし、ヴォルツクロウは動かない。

 

 その目は己より圧倒的に力が劣る者を見下す目でありながらも、同時に、それ故に決死の覚悟で生き延びようとする者の歯牙を警戒する者の目にも見えた。

 要は、窮鼠猫を噛む、というヤツを怖れているのだろう。

 

 見た目に反して小心者だな、と言ってやりたくもなるが……

 いや。

 こうしてわざわざそれを待っているということは、こいつは案外、そういうモノを視るのが好きなのかもしれない。

 

 なんて思っていたところに、黒い何かがバサリと揺れ動いてきた。

 

「お前が頼りにしているのは、これだろう」

「……あ?」 

 

 相も変わらず上から降り注いでくる黒の魔人の言葉と視線、そして翻された外套の裾先に、何かが転がっていた。

 

「意外な程に歯向かってきたがな。最期はあっけないものだったよ。己が何者かも知らぬモノかに相応しい、身の程知らずに相応しい結末だ」

 

 バケツほどの大きさの、灰色の金属板。

 表面が凸凹になり所々罅割れたそれが、ごろりと俺の眼前に転がってくる。


 知らず、己の唇が戦慄くのがわかった。

 唯一、折れず曲がらず、傷つくことなく伸びていた二本の鷲羽根が、それに応じるようにして、ピクリと揺れて――

 

「ジン……グ?」


 発したその名を言い切らぬうちに、それは音もなく、地に落ちていた。



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