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【ボーイミーツガール & ハイファンタジー!】君を探して 白羽根の聖女と封じの炎  作者: 芋つき蛮族
十三章

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449. 暗夜錯綜

 左の掌を二度、軽く握り締めてから息を吐く。

 そうして一度だけ強く握り直すと、左肩に残る痺れが解けてゆくのがわかった。


 一瞬、そのまま闇夜に己の体が溶け消えていくかのような、脱力感が身を包む。

 睡魔にも似たその誘惑を、俺はかぶりを振り、断ち切っていた。

 

「もう大丈夫だ、フェレシーラ。これなら問題なく使えるよ」

「使える、じゃなくて動かせる、でしょ」


 こちらへの『治癒』を終えたフェレシーラが、「やれやれ」と多少芝居がかった仕草で応じてきた。

 

「まったく、世話が焼けるんだから。肩に短剣生やしたままで囮の真似をしようだなんて、無茶もいいところよ。守りの厚い肩当ての部分だったから、まだ良かったけど」

「わるい……もうそっちのアトマも、カツカツだってのに」

「そうね。でも、ないものねだりをしても仕方ないもの。それよりも、行くなら早く行く。逃げるなら逃げる。どっちなの?」

「そりゃ当然、行くしかないな……!」


 言いつつ俺は、視線を銀光と黒煙がぶつかり合う戦場へと向ける。

 

「そうりゃそうりゃそりゃ! も一つついでに――って、あっぶね!?」

「ふん。鼠がチョロチョロと動きおる。だが、次は外さん」


 見ればそこではジングとヴォルツクロウが撃ち合いを繰り広げていた。

 パワーと範囲、精密性ではヴォルツクロウが纏う、変幻自在の黒煙に分があり……

 逆にジングが操る武具の欠片は、スピードと手数、射程に分があるように思えた。

 

 予想外の復活と体の具現化、そして脅威的ともいえるその戦い振りには驚かされるばかりだ。

 何故にあのジングが、突然依り代と武器を得て現れたのか。

 何故に単身ヴォルツクロウに挑みかかり、接戦を繰り広げているのか。

 

 ヴォルツクロウの正体と出現を含めて疑問だらけな状態だが、然りとてそれを問い詰めている暇なぞこちらには一切ないのが現実だ。

 

「あいつが何度も口にしてた、『カラス』ってヤツなんだろうけどさ。あのヴォルツクロウとかいう、いけ好かない魔人はさ」

「カラスって……前にバーゼルじゃないのか、って話があった奴?」

「多分だけどな。なんとなーく、言葉の端々からは敵視してる感じはしてたし」 

「ふぅん? 魔人同士の内輪揉め……犬猿の仲、って奴かしら」

「そこは何ともだな。ま、上手くいったらジングの奴を問い詰めてはみたいところだが……」

 

 交戦状態にある2体の魔人からを余所に、俺たちは移動を開始していた。

 理由の程はわからないがが……

 どうやらジングはヴォルツクロウは敵対関係にあるらしく、予想外の奮戦を見せている。

 

 となれば、俺がやるべきことは決まっている。

 出来る限り黒の魔人を刺激せぬよう、しかし駆ける脚は一歩ごとに早めながら、『探知』の術効により青いアトマの輝きを目指す。

 

 それは運に恵まれて、の事だったのか。

 地に伏せ、身動き一つせずにいた魔術士の元へと、俺は辿り着いていた。


「師匠……!」


 逸る気持ちを抑えて、まずは軽い呼びかけと様子を確認する。

 透ける様な青い髪が、伸ばした手に触れてはらりと落ちる。

 氷の彫像の如き美貌が、露わとなる。


 意識はなく、閉じた瞼の奥に在る水縹みずはなだの瞳を見ることは叶わずとも、やはり、と思う。


「どお?」

「……ああ。やっぱり、マルゼスさんに似ている。髪の色とかは違うけど……こう、昔のあの人にそっくりな感じだ」

「そうじゃなくって。意識が戻らなそうなら一緒に離脱するのか、って話よ。勿論、ありえないぐらいリスキーだけど。拘束するまでに途中で目を覚ましたら、また大暴れするでしょうし」

「う――な、なるほど」

 

 遅れて隣にやってきたフェレシーラの指摘に、俺は「たしかにな」だなどと、それっぽい言葉を継ぎ足してしまっていた。

 

 今は昏倒中の『凍炎の魔女』を連れて、ヴォルツクロウから逃れる。

 正直に言ってしまうのなら、それはもう、俺の中では決定事項だった。

 如何にリスクがあろうと、そうするつもり満々でいた。

 

「取りあえず、悩んでいる時間が勿体ない。なにかあれば、適宜対応ってことで。頼む」

「そう言うと思った。ま、オーケーよ。折角の大勝負を制したのだもの。自慢できる相手は多いに越したことはないものね」

「それはまあ、微妙なところだけど……助かる」

 

 フェレシーラにしてみれば、こんな状況でつい先ほどまで敵対していた人物を抱えたまま、逃げにかかるなんて真似は御免被りたいところだろう。

 はっきり言って、今回の出来事はすべて俺個人に関するトラブル続きだ。

 

 相手が魔人であれば、聖伐教団に所属するフェレシーラが対応する理由はあるのだろうが……

 この『凍炎の魔女』に関しては、彼女が付き合う義務も義理も、一切存在しないのだ。

 

 詰まるところ、これは俺に対するフェレシーラの完全な好意だ。

 ぶっちゃけタダ働きもいいところの、ボランティア活動に等しい。

 

「ちょっと、フラム」

「ん? あ、ああ……そうだな。お前さえ一緒でいいなら、急がないとな。ジングのヤツだって、いつまで互角にやりあえるか。わかんないし……」

「それはそうだけど。今なんか、またごちゃごちゃ考えてたんじゃ?」

「……サーセン。またお前に甘えてばっかりだな、って思ってさ」

「なにを今更。ほら、右肩なら動かせるんでしょ。私が左肩で支えるから。あの性格悪そうな魔人が追ってくる前に、少しでも距離を稼がないと」

「助かる。なんか、こればっかりだけどさ」

「いいから、辛気臭い顔しない。せーの、でいくから。3、2……」

「ちょ、いきなり数字になって――っとぉ!」



 ぐん、と青い魔女の肩を通して、彼女の支えがこちらに伝わってきた。

 そしてそのまま、一気に体を起こして3人で歩み出す。

 初めの内はバランス取りに苦心したそれも、1分と立たぬ内に慣れてきた。

 

 しかしまあ、なんと言うべきか……

 

「こんなことになるだなんて、思いもしなかったな……」


 調子に乗ってペースを上げつつも、口を衝いて出たのそんなボヤキ染みた言葉。

 独白として洩らされたその一言に、フェレシーラが「そうねぇ」と場にそぐわぬのんびりとした相槌で返してきた。


「私もマルゼス様には、居場所がわかり次第、一度お目通りして話をさせてもらおうとは思っていたけど。まさかこんな場所で出くわしちゃうだなんてね。びっくりを通り越して、ちょっと面白くなってきちゃった」

「面白いって、おま……他人事だからってなぁ。こっちはびっくりどころか、色々と頭が追いついてなくていい加減泣きが入りそうだぞ? あ、もうちょい肩の位置、下げてくれると助かる」

「はいはい、っと。ていうか、この人めちゃくちゃ軽いわね……背丈は同じぐらいなのに、腰の括れとかも……むぅ」

「うん、そうなんだよな。元々細めな体形だったけど、なんか前より更に痩せてる感じだし。これならいっそのこと、俺が背負って運んだ方が早いかもしれないな」

「……そうね。貴方が怪我をしてなければ、その方がよかったんでしょうけどね」

 

 魔人を相手に逃走中だというのに、二人揃って雑談同然のお喋りが止まらない。

 本来であれば、ジングが――とはいっても、本人はその気がないかもだが――時間を稼いでくれている間に、ヴォルツクロウから少しでも遠くに離れておくべきだ。

 それはフェレシーラとて、わかっている筈だ。

 

 無論、会話を行いながらも移動のペースはあげている。

 しかしそれでもまだまだ口を動かしたりないと感じるのは、それだけ心が根をあげかけているという証左に他ならないのだろう。

 そんな中、むしろのんびりとした口調で言葉を交わすことで、なんとか気を落ち着かせている。

 要はハッタリ、強がりの類だ。

 

 だがそれも、次第に、少しずつ鳴りを潜めてゆく。

 その理由は簡単だ。

 

「……静かになったな」

「そうね」


 辺りに満ちた闇と静寂に思わず呟いてしまうと、すぐに返事がやってきた。

 わりとひっきりなしに喋っていたと思うのだが、肩を抱く『凍炎の魔女』は気を失ったままだ。

 微かに伝わってくる吐息に安堵しつつ、俺は言葉を続ける。


「まあ、あいつのことだからさ。そう簡単にはくたばっちゃいないとは思うけど。こうなってくると、どうしたもんかな」

「さあ? やれるだけやってみるしかないんじゃない? 言っておきますけど、ここまで付き合わせておいて、『師匠を連れてお前は逃げろ!』……なんてのは却下なんで。そこのところはよろしくね」

「了解だ。お前も結構、物好きだよな」


 先回りして提案を封じてきた少女には、苦笑交じりの返答に走るしかない。

 遠くからは、未だ影人と争っているのか、微かに剣戟の音と歓声とが響いてきている。

 そこから敢えて進路を外して、先を急ぐ。

 

 暗がりの中にて、目指す先は判然としない。

 この道を征くのが正しいのか、それとも選択ミスであるのか。

 正解はわからない。

 

「……ふむ」

 

 そこに、闇よりも濃い影が舞い降りてきた。

 

「一思いに呑み込んでやろうかと思ったが……中々に面白いモノを持っているようだな」


 端正な顔立ちに、嫌味ったらしいほどに理性たっぷりな物言いと共に、そいつが道を塞ぎにかかる。

 

「チッ……鴉みたいな見た目のくせして、矢鱈と夜目が利くみたいだな」

「逃がさぬと言った手前、それぐらいはな」

「ハッ。嫌味の通じない野郎だな。ジングのヤツはどうした? 随分とてこずっていたように見えたぞ?」

「さてな。それよりも、今は貴様を捕えることが先決だ」

「そうかよ」


 吐き捨てて、俺はフェレシーラと共に近くの木に足を向ける。

 さすがにこのまま、意識を失った人間を抱えていたままでは不味い。

 

 そう判断して、『凍炎の魔女』の背中を木の幹へと預ける。

 黒の魔人……ヴォルツクロウは動く様子を見せてこない。

 

 絶対的な強者が備える余裕、一々癪に触る風格というヤツを、これでもかという程に崩さずにいる。

 

「別れの言葉は済ませたか?」

「生憎、そんなものは必要なくってね」

「ほう。わっぱが、いいおる」

 

 返事代わりに灯した『照明』すら何とか絞りだした有様ながらも、そのまま短剣を抜き放つ。

 

「フラム」

「ああ。わかってる」

 

 横へと並んできた神殿従士の少女には、はっきりとした頷きで応じてみせて――

 

「やるぞ、フェレシーラ。最期の最期まで……諦めずにいく」


 その言葉を合図に、再びの戦いが始まった。



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