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【ボーイミーツガール & ハイファンタジー!】君を探して 白羽根の聖女と封じの炎  作者: 芋つき蛮族
十三章

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448. 無我にて逸るも

 好機到来。

 

「フェレシーラ!」

 

 上空より再来を果たしたジングと、ヴォルツクロウを取り囲む無数の金属片をみて、俺は声を張り上げていた。

 

「ここは一旦、師匠を連れて退がるぞ! コイツはちょっと面倒な相手だ!」

「悔しいけど、そうみたいね……!」

 

 銀光を放つ武具の成れの果てを前にして、フェレシーラもまた、俺と同じく撤退を選んでいた。

 如何に魔人を敵視している彼女といえど、相手の力量を推し量れずに挑みかかるほど愚かではない――

 

 などという程、簡単な判断ではない筈だ。

 聖伐教団唯一人の『白羽根』神殿従士。

 その称号を持ち、最強と目されるが故の矜持が『魔人に背を向ける』という選択を、善しとする筈もない。

 

 そんなフェレシーラが、早期に逃げの一手を選んだのだ。

 おそらくそこには、複数の理由がある。

 

 現在昏倒している、『凍炎の魔女』への対応。

 渾身の『浄撃』を以てして、ヴォルツクロウに傷一つつけられなかったという、事実。

 そして既にこちらが疲労困憊の身であり、彼女自身もまた、気力を振り絞って戦い続けている状態にすぎないということ。

 

 それら全てが合わさっての判断であることは、明白だった。

 だが――


「う……っ!」


 ぞわりと地を侵食してきたのは、夥しい量の黒い煙。

 ヴォルツクロウが纏う超高密度の瘴気が、こちらを捉えようとその領域を拡大してきた。


「逃がすと思うか?」


 その一言と共に、黒煙が伸び迫ってくる。

 触れてはいけない。

 アレに触れたら、身動き一つ出来なくなる。

 

「フラム、退がっていて! ここは私が殿しんがりを務めるから!」

「いや――」


 草地を這い滑る蛇の如きそれから逃れつつ、俺はフェレシーラへと首を横に振ってみせる。

 

「どう考えてもこいつの狙いは俺だ! そっちは一度だけ、師匠の様子を見てくれ! 正気に戻っていないようなら、無理はせずに退避でいい!」

「そんな……!」

「俺なら大丈夫だ! 頼む……こっちはこいつから逃れながらじゃ、師匠まで連れては退がれない! ジングのヤツが挑みかかっている、今がチャンスなんだ!」

「――」

 

 こちらの必至の説得にも、フェレシーラは苦しげな表情を浮かべるばかりで、答えてはこなかった。

 しかし悩んでいる余裕はない。

 

 正直いってこのヴォルツクロウだとかいう野郎は、反撃の一つどころかも全力でブン殴ってやりたい相手だ。

 だが、フェレシーラの『浄撃』が通用しなかった以上、生半可な攻撃ではかすり傷一つ負わせられないことも目に見えている。

 そして今現在、俺にそんな力は残されていない。

 

 故にここは、引き下がるより他に手はなかった。

 

「なにやら揉めているところに悪いが……逃がさぬと言ったぞ?」


 黒煙の腕より距離を取るこちらへと、鴉の如き魔人が歩を進めてくる。

 夜の原野が、闇よりも尚深き黒に蝕まれてゆく。

 

 膨れ上がる悪意の中心。

 その中核目掛けて、銀の雨が降り注いできた。

 

「チ……」


 あがる、微かな苛立ちの声。

 ヴォルツクロウの意識が、上空へと向けられる。

 そこに在るのは、二つの鷲羽根を生やした灰色の兜。

 

「ハッ! 相変わらず芸がねぇなあ、テメェはよ! 一端の魔人を気取ろうってんなら、得意技の一つも見せてみろってんだ! 貧弱ガラスくんよぉ!」

「またか。しつこいな、貴様も」


 次々に降り注いでは黒煙の一角を削り散らし、散らしては再び宙に舞い上がって剣呑なる銀の雨粒と化すそれを見上げて、黒の魔人が不快さを露わにする。

 一体全体、どういう理屈かはまるでわからないが……

 

 どうやらジングの操る武具の欠片は、ヴォルツクロウが纏う黒煙に対して有効打足りえる代物らしい。

 その証拠に、銀光を放つ欠片が自身に迫るとなれば、地に満ちた黒煙が槍の如く疾く伸び出でて、相殺する形で弾き飛ばしにかかっている。

 

 一撃ごとに明確な防御行動を取らせているあたり、ジングの放つ攻撃はフェレシーラの『浄撃』よりも威力があるか、もしくはヴォルツクロウのような魔人を対象として、最大限に効力を発揮できるのだろう。

 

 ……あとはなんていうか、もーちょいジングのヤツがノーコンでなければ、迎撃不能なレベルに至れそうな気がしないでもないが。

 ともあれ、やはりこの状況がチャンスであることに代わりはない。

 

「失せよ、紛い物が」

 

 流石に防戦一方で焦れたのか、ヴォルツクロウが左手を掲げて黒煙を操りにかかる。

 撚り集められた瘴気が2mほどの錐と化して、回転し始める。

 

「ケッ! 来てみやがれってんだ、この臆病モンが! 返り討ちにしてやらぁ!」

 

 十分な回転と溜めが加えられた漆黒の凶器を、上空よりジングが見下ろす。

 フェレシーラは動かない。

 このまま彼女を待っていても、事態は好転しないことはわかりきっていた。

 

「くそ……!」


 黒い円錐が天へと放たれる中、俺は走る。

 目指すのはヴォルツクロウが立つ向こう側。

 フェレシーラの立つ場所の更に先、『凍炎の魔女』が倒れ伏した場所へと、俺は全力疾走を開始していた。

 

「フェレシーラ! さっき言ってた通りに、殿を頼む! ジングのヤツが粘ってくれている間に、離脱するぞ!」

「ええ、了解よ」

 

 今度の返事は、拍子抜けするほどあっさりと返されてきた。

 何故にそこまで殿役に拘ったのかはわからないが、この場でそれを四の五のと言ったところで益はない。


 やるべき事がまとまったのであれば、それでいい。

 

「ちょっと待って、フラム」


 そう思い、彼女の脇を通り抜けようとしたところに、制止の声がやってきた。


「なんだよ。今は少しでも急がないと――」

「いいから、待つ!」

「!」


 叱り飛ばされる形で、その場に立ち止まる。

 つかつかとした足取りで、フェレシーラが目の前にやってきた。

 

「左肩。それ抜いて」

「え……ぁ」 

 

 憮然とした面持ちで発された短い指示を受けて、俺はそこでようやく、彼女の言わんとしていたことを理解していた。

 フェレシーラの視線の先。

 つまりは俺の左肩、走竜の堅皮ハードレザーで覆われたそこには、ヴォルツクロウが放ってきた蒼鉄の短剣が深々と突き刺さったままだった。

 

「あ、つぅ……! そ、そういや、そうだった……!」

「はぁ。やっぱり、やられちゃってたのを忘れてたのね。そこまでの深手を受けておいて、気付かないだなんて……頭に血が上りすぎよ。もうこっちも余裕がないから、完全に傷を塞ぐのは無理だけど。出血しない程度に『治癒』してみるから、これ以上無理はしないで」 

「た、助かります……っ!」


 呆れきった口振りの少女へと、俺は平身低頭となって従うより他になかった。

 どうやら自分では冷静でいたつもりだったのだが……

 

 彼女のいうとおりに頭に血が上っていて、自分が負傷したことどころか、肩に短剣が突き刺さったままでいたことすらも、忘れ切っていたらしい。

 

 こんな状態で囮役をやろうものなら、傷口が広がり失血により行動不能となったいただろう。

 そうなればあっさりとヴォルツクロウに捕まり、そこで一巻の終わり、という結末しかありえない。


 フェレシーラがこちらの提案に難色を示してくるのも、当たり前だ。

 むしろあの場でこの状態を指摘せず、治療が出来るまで敢えて放置したフェレシーラの判断は、最適解だと思えた。

 

「ほんと、わるい……」

「いいから。それこそ急いでいるんでしょ。応急処置が終わったらマルゼス様を看て、そこでまた判断するから。焦らず、落ちついて行動すること。いまの貴方なら出来る筈よ」

「ああ……そうだな。本当にどうかしてたよ。あいつの顔見てると、なんだか無性に腹が立って……言い訳だけど、ごめん」

「それは仕方ないでしょ。ジングだけでも大事だったのに、あんなのが自分の中にいただなんて。冷静でいろ、って方が難しいもの」

「そう、かな。あ……ジングのヤツといえば、あいつ大丈夫かな。戦ってくれてラッキー、ぐらいに考えていたけど」

「そうね。あんなお騒がせな奴でも、結果的に何度も貴方を助けてくれているものね。出来れば一緒に、皆の元に戻りましょう」

「……うん。あ、つぅ――ッ!」


 誘導されるままに短剣の柄を握りしめて引き抜くと、ずるりと血に濡れた青黒い刀身が眼前に現れた。

 それと入れ替わるようにして、『治癒』の輝きがやってくる。

 暫しの間、フェレシーラの手により治療が行われる間……

 

 俺は短剣を手に、己の無力さに打ち震えていた。

 


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