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【ボーイミーツガール & ハイファンタジー!】君を探して 白羽根の聖女と封じの炎  作者: 芋つき蛮族
十三章

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442. 師弟対決・番外編 もしくは、其の零

 それは始め些細な、しかし俺にとってはとても大きなことが切っ掛けだった。

 

 まだ、あの『隠者の塔』で師匠と共に暮らしていた頃。

 といっても、正確に何歳の時の出来事かまでは思えていないのだが……

 

『すぐに魔術が使えるようになる方法、ですか?』

『うん……マルゼ――じゃないや……んと、おししょーさまみたいに、僕もはやくなりたくて……』

『なるほど』


 書類の山を築いた机に向かい難しい顔をしていたマルゼスさんへと、幼かった俺はそんなことを問いかけていた。

 

『私としては、そう急ぐこともないと思うのですが。貴方は十分に飲み込みが早いですし、起承結の概念も既に理解しています。ある意味私よりも。なので、ここは焦らずとも』 

『……うぅ』

『――はあ、仕方がありませんね』


 溜息と共に椅子から立ち上がった彼女は、口にしてきた言葉とは裏腹に、とてもやさしい顔をしていたのを覚えている。

 

『まあ、白状すると私自身、あの魔術書の理論……ええと、あの本に書いてあるやり方で、魔術が使えるようになったわけではないのです』

『そうなの……?』

『ええ。そういえば話していなかったかもですね。私の場合、物心ついた頃には炎術なら操れたので。やり方はそれぞれだと思っています。多分ですが……』

『そうなんだ。じゃあ、じゃあ僕にもまじゅちゅ――まじゅつちょ以外のやり方で……おししょーさまみたいになれるの?』

『それは人次第なので、わかりませ――ああ、もう、そんな顔しないでください。もう今日はここまでにしておきますから。ほら……おいで』


 まあ、よくよく思い返してみれば、というヤツではあったが……

 思えば俺も、随分と聞き分けのない子供だった気もする。

 

 今となっては一桁にも満たない子供が術法を扱えないのは、普通のことだとわかる。

 そもそも術法式を組むこと自体、ある種のセンスが必要だと理解している。

 それ故、そこに依存せず術効を発揮できる術具という物に、多大な利便性があるのだとも認識している。


 ただ、その頃の俺はまだまだ全然、世の中がそういうものだとわかっていなかった。

 ただ只管に、大好きなあの人と同じことが、出来るようになりたかった。

 それだけだった。

 

『本音を言えば、私が魔術を教えても偏りが酷いなんてものではありませんからね。貴方には、もっと別の道を――ああ、ですから、泣かないで、ああもう……よしよし、フラム。ね?』


 昔からマルゼスさんは、暇を見つけては地下の一室で研究をしていたので、夜中寝つけないときなどは、俺は度々そこを訪れていた。

 おそらくだが、その頃の彼女は相当に多忙だった筈だ。

 

 昼間は魔の森、或いは還らずの森とも呼ばれた危険域にて、狂猛な魔物や魔獣を討ち払い。

 夜は夜で、まだ手のかかる俺の面倒みつつ、魔術の研究も進めてゆく。

 

 その後、森のほぼ全域を包む『迷走』の結界の完成や、長年進めていた研究――これは終ぞ、俺が塔にいた間に、一度も手伝わせてもらうことは出来なかったが――の中断もあり。

 マルゼスさんも、食っちゃ寝ぇ食っちゃ寝ぇと、わりかし怠惰な日々を送っていた気もするが……

 

 はっきり言って、滅茶苦茶大変だったと思う。

 俺が乳飲み子だった時期こそ、森の外から乳母を雇入れていたらしいが、それ以降はずっと二人きりの暮らしを続けていたし、俺自身、体が弱かったのか、幾とどなく床に伏せて彼女の手を煩わせてしまった記憶がある。


 だから本当は、小さな俺が『早く魔術が使いたい』だなんて我儘を言い出したときも、正直相当困らせてしまっていたに違いない。

 だが――

 

『そうですね。貴方には、私のとっておきのやり方を教えてあげましょう』

『とっておき……? おかあ――マルゼスさんの?』

『ええ。この私、『煌炎の魔女』マルゼス・フレイミングのとっておきです。これならきっと、フラムも立派な魔術士になれます』

『んと。まじゅちゅしじゃなくって、僕もマルゼスさんとおなじ、『こーえんのまじょ』さんに、なりたい!』

『ああ、それは……また今度、ちゃんと教えてあげます。なので今日は、貴方が魔術を使えるようになるための……いえ、魔術を使う為の(・・・・)、特訓方法を教えてあげましょう』 

 

 ……なんだか思い出す度に、中々自分がアレなことばかり口にしていたような気もしてきたが。

 なにはともあれ、そこからマルゼスさんと俺の『特訓』の日々が始まったのは、間違いなかった。

 

 それはまだまだ二人で一緒に寝ても、十分な大きさであった寝台の上の出来事。

 

『いいですか? これから私の言う事を、しっかりと覚えて毎晩練習するのですよ』

『うん! あっ……はい! ししょー! まいばんとっくん、がんばります!』

『うむ。その意気です。とはいえ……まだ貴方も小さいですからね。あまり遅くならないように、晩御飯を食べてお風呂に入ってからにしましょうか』

『はい! ごはん食べて、おふろから……あ! 僕もう、お風呂ならわかせます! ししょー!』

『なにを言ってるのですか。もうお風呂は、ペルゼルートに頼んで術具式の物に変えてますよ。まあ、それはいいとして……やり方は、こうです。えいっ! 『吹き飛べ』!』

『……ふぇ?』

『ふぇ、ではありませんよ。ほらほら、フラムもやってみてください。こう、手を構えて……突き出して、『吹き飛べ』!』

『んと……『ふきとべ』……?』 

『! わあっ!』


 ノリノリで両手を突き出してきた師の真似事に及んだ俺の目の前で、彼女がわざとらしく、しかし幼い俺には十分な説得力でもって、ゴロンと倒れたのを覚えている。

 

『お、おかあさんっ!?』

『あいたたた……こらこら、そこは師匠ですよ?』

『あっ、ししょー! あれ? どこもけがしてないの? なんでいま、ころんだの? ししょー』

『なにって。それは勿論、貴方が使った魔術に……そうですね。いまのであれば『熱線』。私が最も得手とする系統の魔術の一つに、やられてしまったからですよ』

『ししょーのえて……あ! あれ! ししょーのおててから、まっかなのが出る、あれ! あれ、僕すき! 『ふきとべ』!』

『ふふ。きゃー。やーらーれーたー。ばたん、きゅー』

『……!』


 まあ、その後しっかりと聞いたところによるとですね。

 どうやらマルゼスさんも、すごく小さな頃にご両親とこんな感じで遊んでもらっている内に、ある日いきなり術法を操るための、微かな兆しが現れてきたとかいうお話で。

 

『といっても、私の父は王国の騎士をやっていたので。もっぱら遊んでくれたのは、教団のシスターをしていた母だったのですが。二人とも田舎暮らしになって一線を退いたとはいえ、体力をもてあましていたんでしょうね。こうして遊びおわって私が寝たあとも、『特訓』をしていたようです。朝になって目が覚めると、いっつも父がゲッソリしていて母は元気いっぱいだったので。きっと母の方が強かったのでしょうね。よく『お父さんはこれでも、王国最強の騎士だったんだよー』だとか言っていたのに、情けないことこの上ない話ですが。ふふ……』

『ふぅん。そーなんだ……おかーさんの、おとーさんかぁ……ふわ……』

『あぁ、ごめんなさい。久しぶりに昔を思い出して、つい。今日は頑張りましたね。立派でしたよ』

『うん……ぼく、がんばっておかーさんみたいな、『こうえんのまじょ』に……むにゃ』


 それから俺が「ちょっと俺、さすがにそろそろ恥ずかしいんで。アレはもうなしでお願いします」とマルゼスさんに頼み込んで、ものすごーく悲しそうな顔をされてしまうまで、師匠との『特訓』は続き……

 

 やがてそれが大元、事の切っ掛けとなり、


『ええ。きっと貴方であれば成れますよ。私の可愛い可愛い、フラム……』


 俺は『煌炎の魔女』マルゼス・フレイミングとの『想定戦』を開始するまでに至ったのだった。

 


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