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【ボーイミーツガール & ハイファンタジー!】君を探して 白羽根の聖女と封じの炎  作者: 芋つき蛮族
十三章

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440. 師弟対決 其の壱

 ここレゼノーヴァ公国、救国の英雄『マルゼス・フレイミング』。

 稀代の魔術士として名を馳せた、偉大な師に挑みかかる。

 

 それは『隠者の塔』で暮らしていた俺にとっての、就寝前の己に定めた日課であり、密かな楽しみだった。

 

 世に並ぶ者なき秘術の女王を打ち負かす。

 鍛えた魔術で以て、憧れであった師を超える。

 

 当然ながら、それは現実の出来事ではない。

 では何かといえば、言うまでもないのだが……

 

 空想。

 幻想。

 つまりは、妄想上の出来事だ。

 

 こんな事を人に聞かせようでもしようものなら、良くて呆れ返られるか、悪ければ失笑されてお終いだろう。

 しかもその毎日のエアー術法戦、殆どがこちらの優勢勝ちなのだから、我ながらアレである。

 子供が考えるにしても、恩師に対してもう少し遠慮しろよと思わなくもない。

 

「そっちは術法を起動してから、火から氷に転換するのに1回……」

 

 地表に漂いながらも、こちらとの残す距離を10mほどまでに縮めてきた『凍炎の魔女』に向けて、俺は確認を終えてゆく。

 

「対して俺は術法式を組む前に、ゼフトをアトマに転換するのに1回」


 ルゼアウルの残した『転』術にて、両手の中にて8の字に循環させてアトマを、己が内側で組み上げた術法式へと注ぎ込み、確信を得る。

 

 互い、術法を行使するにあたりわざわざ『転』の術効を必要とするという、術法的な制約・前提条件を抱えている状況下。


「それじゃマルゼスさん。始める前に、これも確認で」


 俺はこの戦いにおいて、明確なアドバンテージを有していた。

 

「まず、ちゃんと聞いておきますね。その妙ちくりんな恰好と喋り方を……というか、攻撃するのをやめて、話に応じてくれませんか? なにか事情があるってんなら、全力で助けになりますから」

「第一目標、『フラム・アルバレット』からのコンタクトを確認。こちらの行動指針に抵触――」


 それを踏まえつつ要求を提示していくと、青いアトマが彼女の掌に集まり始めた。

 背後では、フェレシーラが息を呑む音。

 短剣を手に、俺は力を練りあげる。

 

「フラム……!」

「ああ」


 フェレシーラの警告に、頷きで返す。

 これで自分なりの、師への断り、礼は払い終えた。

 なれば後は――


「交戦を再開」 

「ご丁寧に、お返事どうも!」 

 

 冷え切った夜気を蒼鉄の短剣にて斬り払い、俺は黒い斬光を『凍炎の魔女』へと叩き込んでいた。

 

「……防御!」

「なんかヘマして操られてんだか、おかしくなったんだが、知りませんけどね!」


 話しかけるだけ話しかけておきながら、反応してきたところに先制攻撃。

 氷晶の盾がただ一枚のみ、砕け剥がれる。

 

 青いアトマをぶわりと膨れ上がらせて、『凍炎の魔女』が地を離れゆく。

 お得意の地対空戦への移行が始まる。

 

 それ自体、何度も何度も、幾度となく……嫌になるほど空想の中で戦い続けた、『煌炎の魔女』マルゼス・フレイミングのお決まりのパターンだった。

 

「汝を縛るは蛛形しゅけいの糸――」


 先制攻撃への対応を見て取り、次なる一手には変換しおえたアトマを存分に練り込む。

 魔女がぶ。

 再び空へと羽ばたく、その瞬間。

 

「捕え包むは、天蓋の網なり!」

 

 こちらが放った魔術の一糸が、『凍炎の魔女』が展開し続けていた氷晶の盾へと絡みついていた。

 それを見て、ぞわりとした感覚が俺の背筋を駆け抜ける。


 先程のゼフト瘴波が見せたと変わらぬ、ただ一枚、僅か一層の守りを捕えただけ。

 塵芥を掴むが如きの一糸。

 取るに足らぬその結果が……

 

 フラム・アルバレットがこの世に生を受けてより、いまこの時初めて……『己が放った魔術が』、『師マルゼス・フレイミング』へと届いたという事実こそが。

 

「はは……ッ!」

 

 心底、俺を震わせていた。

 

「対象のAZ波形、乱変動。危険域からの離脱を優先」

「できるもんなら、ですよ!」


 その宣言と共に、伸び届かせたアトマの糸に使命を与える。

 増幅詞、後詠唱。

 理論、理屈はこの際どうでもいい。

 

 想起するのは、巨大な繭。

 詠唱と思念の二刀流を操り、組み上げ、展開するのは……パリパリと剥離を繰り返し、可愛い可愛い愛弟子の、折角のお誘いを無下にしようだなんてつれない事を口にする、冷たい師への、引き止めの証!

 

「伸び別れ、別れて縋れ! 蛛形しゅけいの糸群よ!」

「――ッ!?」


 ガクンと、『凍炎の魔女』の高度が落ちる。

 その身に纏った幾層もの氷の盾は、既にこちらが放ち増やした『縛糸』の魔術により、グルグル巻きの凧糸同然の有様となる。

 

 氷晶の盾の表面、蜥蜴の尻尾切りで逃れる算段であれば、こちらはその大元ごと縛りつけるのみ。

 強引で単純な、しかしこれまでは己が身一つでは決して成し得なかった飛行能力持ちの相手への、対抗策。

 

 即ち、『対煌炎の魔女戦』の初手として、有効な択の一つと見做していた行動が、現実のものとなっている。


 しかし相手は絶大なアトマの持ち主。

 魔女を包み、地に縛り付けんとする巨大な蜘蛛の巣が、見る間に多量の霜に覆われ始めていた。

 

「強度の拘束術による干渉を確認。排除開始」

「流石。でも……そう簡単に、させませんよ!」


 アトマとアトマの力比べ、術効的綱引きが始まる。


 刻一刻と凍気を増す氷術の守りは、粘性に秀でた魔術の糸を凍てつかせ、粉砕するだけの力を秘めている。

 例えそれが炎術に依るものだとしても、過程は違えど結果は同じだろう。

 このままいけば、捕えた相手をおめおめと逃すだけに終わってしまう。

 

 だから俺は、そうならないように全身全霊で以て工夫する。

 生み出した糸に、後付けの術法式で練り上げた追加の事象を送り込み、全力でもって対抗する。

 

「想定の術効を超過。対象のA値、熱量、共に増大……!」

「そっちの手は想定済み、ってヤツですよ。ま、火と氷で、真逆にはなりましたけどね!」

 

 掌から直接『縛糸』の網へと送り込むのは、『凍炎の魔女』が纏う盾の冷気に迫る勢いの炎気、燃え上がらんばかりの灼熱の波動。

 

 堅固な守りを誇る氷晶の盾。

 多層シールドにてダメージを受け止め、破砕された表層を切り離す構造は、非常に理に適った防御法だといえる。

 

 だがそれも、全方位から拘束してしまえばダメージを逃すことが難しくなる。

 堅固であるが故にそれを維持する為、回避という択を捨てざるを得ない。

 それが氷晶の盾の弱点だと俺は憶測する。 

 

「さて。このままだと、我慢比べですけれど。どうされますか?」

「シールドの生成速度低下。熱量、危険域に突入。強制離脱を実行」

「!」


 ブシュン、と蒸気が縦方向に噴き上がる。

 表面以外の氷晶の盾が解除された結果、糸と魔女との間に隙間が生じる。

 僅かに遅れて、表層の氷壁を溶かし切った赤い『縛糸』の網が、本来の獲物を捕縛せんと殺到する。

 するも、それは爆発的な速度で以て上方向に飛びあがった、『凍炎の魔女』を捕えるには至らなかった。

 

 瞬間、俺は『縛糸』の魔術を解除する。

 通常であれば、上空に逃れた標的を即座に追撃する手段はない。

 が――

 

「吹き飛べ!」

「――!?」


 既に『熱線』の魔術を思念法にて発動直前で構えていた俺には、造作もないことだった。

 地から天へと迸る赤きアトマの光条が、『凍炎の魔女』へと伸びる。

 相手の速度と向きを計算に入れた偏差撃ちの『熱線』が、守りを棄て去ったばかりの標的に迫る。


 拘束術を維持しながらの、糸と盾との攻防に勤しみながらの、攻撃術の構築。

 それは力の並列処理が可能である、フラム・アルバレットの明確な強みであり、武器だ。

 

 対して『凍炎の魔女』は如何に強大なアトマを秘めようとも、例え『聖伐の勇者』として神々の恩寵を得ていたとしても……同時に扱えるアトマは一つのみ。

 

 如何に力を振り絞り連続使用に踏み切ったところで、防御から飛行に強引に切り替えたところで、細かな動きは不可能となる。

 

「緊急防御……!」


 それらを踏まえて、完全な回避は不可能と判断したのだろう。

 生み出されたのは、またも氷晶の盾。

 しかし無理くり生成されたその守りは、ただ一層のみ。


 然して突如始まった初の師弟対決、開幕の攻防は――

 

「残念! 選択ミスでしたね、それは!」

「……ッ!」

 

 本来備える筈の堅牢性を備え切れなかった薄氷の盾を、見事、煌めく焔の槍が打ち貫くという結果にまで至っていた。

 


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