436. 我が胸に灯り爆ぜるは火の煌めき
俺の育ての親であり、嘗ての師でもあった、『煌炎の魔女』。
マルゼス・フレイミング。
恩あるその女性に対して、俺は自分の中で、線引きを済ませているつもりだった。
15の誕生日を迎えるまでに、一人前の魔術士となる。
その上で彼女に認められる程の、力ある魔術士として大成する。
それが『煌炎の魔女』がフラム・アルバレットに課した目標であり……
それ故、俺はその目標をまったく果たすことは叶わずに、生まれ育った『隠者の塔』を離れることになっていた。
要は一つの取引。
マルゼス・フレイミングは、己が期待に応えるだけの弟子を育てる為。
フラム・アルバレットは、大恩ある師の期待に応えて魔術士と成る為。
その取引が成立しなかっただけという、シンプルな構図だ。
無論、疑問は残っている。
有能な弟子を欲するのであれば、早い内からその才覚を――つまりは、術法を扱うセンスのある子供を、何故弟子としていなかったのか? だとか。
初歩的な『起承結』実行すらおぼつかぬ俺を見続けていたのに、もっと早いうちに弟子としての見込みがないとして、放逐しなかったのか? だとか。
そもそも赤ん坊の頃から赤の他人を、自分も若いうちから女手一つで、あれやこれやの難儀をしまくってまで、ずうっと付きっ切りで面倒を見続けた上に、魔術士として育てるだなんて……
言い方が悪くなってしまうが、明らかに非効率的で、どう考えても無駄の多い話だ。
だから俺は、心の奥でずっと思っていた。
幾ら修行を積もうとも、どれだけ書物を読み解こうとも。
一向に、毛ほども術士としての成果を出せぬ日々を延々と繰り返しながらも……
このまま15歳になってしまったとしても、「もう、フラムくんたら仕方がないわね」なんて言いながらあの人が笑顔で振り向いてきて、あのままずっと一緒に暮らせるじゃないかって、都合の良い期待をしてしまっていた。
だが、現実はそうじゃなかった。
理論ばかりの頭でっかちな魔術士志望者のまま、俺は塔を離れて……マルゼスさんとは無関係の、破門された元弟子未満の、宿なしに成り下がっていた。
どうしてあそこで、必死になって食い下がろうともしなかったのか。
何故に15の誕生日が、約束の期限だったのか。
これに関しては以前、ジングと精神領域でやりあった時にもズバズバと言いたい放題、言わせてしまっていたことだ。
結局そこも、甘ったれていたってことなんだと思う。
これだけ親身に接してくれて、あれだけ同じ時間を過ごしてきて、まさかこんなにあっさりとだなんて考えながら、俺は螺旋階段を降りながら、わざわざアトマ切れを起こした水晶灯をもう管理する義理もないのに弄り回したり、時間をかけて届くはずもない礼を行いながら、未練たらしく『マルゼスさんが追いかけてきて、破門なんてナシにしてくれて、また一緒に暮らそうと笑いかけてくれる』ことを期待していたのだ。
……結局、そんなことは終ぞ起こることもなく、みっともなくぶつくさ彼女に文句を垂れながら、森を彷徨っていたのだから、どれだけ我儘だったのだ、という話だ。
フェレシーラと出会い、ここまでずっと助けられてきて、彼女と共にいたいという一心から、そうした事は出来るだけ考えないようにしてきた。
それでも、嘗ての日々とあの人の声が甦ってくることは度々あった。
そしてそれに助けられること、救われることも少なくなかった。
しかし同時に、少なからぬ罪悪感もあった。
それが何かといえば、正直言葉にはし難いものがある。
ただ、何ともいえず心苦しいのだ。
おそらくそれは、これまでマルゼスさんに育ててきてもらっておいて、何の見返りも与えることが出来ないまま、外の世界で何とかやっていけている、という事に起因しているのだろう。
ジングに言わせれば、「んな細けぇコトまで、いちいち気にしてんじゃぬぇーよッ!」とでも言われてしまうだろうが、まあそこはどうでもいい。
というか、そのジングが出張ってきてからというものの、話はどんどんとおかしな方向に流れ始めてしまっていたのだから、困りものだ。
自分の中に、何者かが潜んでいる。
己の体が、他者に操られるという危険性を孕んでいる。
そしてそれが、魔人という『嘗ての師の宿敵』であるやもしれぬという、可能性がある。
それを知った時、俺は「ああ、だからか」という気持ちに陥っていた。
ジングの言葉を借りるわけではないが、細かいことは思い浮かばなかった。
ただ、自分があの『隠者の塔』から追放されたのは、『魔人絡みの理由』があったに違いないと、とんでもなく都合良い結論に結び付けていた。
自分のことが知りたい。
だから影人を操る魔人と戦いたい。
そこから何かしらの情報を得たい。
そうしてフェレシーラとティオに協力を願い出たのも……
結局はその『マルゼスさんが止む無く俺を破門した』というおめでたい想像を真実とするための、根拠が欲しかったからだ。
何という、甘ったれ。
何という、身勝手。
何という、未練がましさであろうか。
自分の中で線引きを済ませているつもりだったなどとは、口が裂けてもいえぬ往生際の悪さだ。
どうのこうのと理屈を口にしたところで、俺はあの教導の間を後にした時から、まったく変わっちゃいなかったのだ。
だからあの時、俺は直感にしたがっていた。
突如目の前に墜ちてきた青く冷たい一筋の流星。
それがマルゼス・フレイミングだという、確たる根拠もない直感に従い行動を開始していたのだ。
「標的捕捉。AZ波形異常個体『フラム・アルバレット』、並びに高A特化個体……傍受名称『フェレシーラ』。両名の健在を確認――」
「あら。盗み聞きまでして私の名前まで覚えてくれていただなんて、光栄ね」
夜天の元、月の明かりに照らし出された『凍炎の魔女』へと、フェレシーラがにこやかに微笑み、指先より『照明』の魔術を放つ。
再び始まる、『凍炎の魔女』との……おそらくはマルゼス・フレイミングが何らかの要因で変化したのであろう存在との、戦い。
その現実を前にして、心躍る自分がいた。
「フェレシーラ! 今度は俺から仕掛けていく! フォローは最小限でいい! お前も可能な限り、狙ってくれ!」
「へぇ……ちょっと意外だけど。そういうことなら、全力で行かせてもらおっかな……!」
立ち並ぶ木々の中より先んじて飛び出すと、返ってきたのは快い神殿従士の少女の声。
一体全体、どういった理由・理屈かは皆目見当もつかないが……魔術が使えるようになったのに、アトマ切れで披露できないのは口惜しくもある。
そんな場違いな想いも、しかし俺という人間の確かな本音だ。
「なにがあったのかは、わかりませんけどね」
使えるものは、蒼鉄の短剣と己が体。
そして腹の底から湧き上がる魂絶力……現状では瘴気の波動と、アトマ光波ならぬ、ゼフト瘴波といったところ。
それらを塔を出るまでに培ってきた知識と、そこからのフェレシーラとの日々にて身に付けてきた経験にて、しっかと握りしめる。
「貴方に聞きたいことは、山ほどなんて言葉じゃ足りないぐらい、積もり積もっているんだ。それなのに、折角の子弟の再開だってのに、問答無用でブン殴ってくるっていうのなら……」
それらを武器に中空に揺蕩う『凍炎の魔女』への距離を全速力で削り殺しながら――
「こっちも力づくで行かせてもらいますよ、マルゼスさん!」
俺は夢にまで恋焦がれた火の煌めきを見せつけるべく、師へと挑みかかっていた。




