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【ボーイミーツガール & ハイファンタジー!】君を探して 白羽根の聖女と封じの炎  作者: 芋つき蛮族
十三章

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434. それぞれの理由

 こちらが生み出した『照明』の魔術を、『転』の術法式で反転させた。

 突如湧き出でた『暗闇』が何故にと考えれば、そんな出鱈目な行いしか有り得ない。

 

 それが『凍炎の魔女』の力の一端であると止まぬ思考が強引に結論づける中――

 

「こん……のぉっ!」


 俺は手中に集めたゼフトを、暗中にて這いよる冷たい炎へと叩きつけていた。


「ッ!」


 振り返り様の応撃に、あがる聞き覚えのある苦鳴の声。

 ズキリと、ズシリと横薙ぎにした右腕へと冷めた痛みがやってくる。


「標的名、フラム・アルバレットの反撃を確認。Z値、依然上昇。カテゴリー人族ヒュムニスの基準値を逸脱――」


 さきほどやってきた発動詞より、やや遠いと感じる、『凍炎の魔女』特有の物言い。

 相手の攻撃は元より、その姿も『暗闇』の中であるが故に見える筈もない。

 完全に感覚頼りの応撃だったが……

 

 視力を封じられていたことで、感覚自体は鋭敏さを増していたのだろうか。

 右腕に凍気を浴びながらも、こちらの放った瘴気の波動がカウンターとして成立したという、確かな手応えがあった。


「滅茶苦茶しやがる……!」

 

 一連の攻防に対して、俺は感覚のほぼなくなった右手を握りしめながら吐き捨てる。

 

 発現済みの他者の術法に干渉する。

 それ自体はルゼアウルも術法の無効化、という形でなら実現してみせていた。

 しかし今回、『凍炎の魔女』が仕出かしてきたそれは、その遥か上をいく代物だ。

 

 一体、如何なる理論と技法で成し得たのだろうか……

 俺の放っていた巨大な『照明』を反転させることで、濃密な『暗闇』へと書き換える。

 それも対抗術としてフェレシーラが用いた『照明』を、一切受け付けぬ程の術効を持つ強力な代物として、だ。

 

「なんでもかんでも『転』術の対象だとか、ふざけんなよ!」

「フラム! しゃべってないで『暗闇』の範囲外に移動よ! 視た感じ、範囲自体はそこまででもないから!」

「了解……! それなら――」


 間近よりとんできたフェレシーラの指示を受けて、それを完遂する為の方策を想い描く。

 

 暗闇の中、乱立する無数の氷柱。

 気を抜けばツルリといきかねない、冷気に浸食された足場。

 例え障害となる物がなくとも、闇の中はただ駆けるだけでも難しい。


 ならばと、痺れる右腕に力を籠めて、俺は叫んでいた。


「背中合わせになれ、フェレシーラ! 道はこっちで作る!」

「オッケ! 防御は任せて!」


 既にこちらの意図を察していたのか、すぐに背中にあたたかな感触が伝わってきた。

 迷わず、俺は撓めた力に形を与える。

 

 イメージするのは巨人の剛腕。

 行く手を遮る樹氷の森を吹き飛ばし、『巨人の道(ギガースロード)』へと作り変える、純粋なる力の所業。

 

「Z値、警戒レベル更新。緊急回避――」

「わざわざ声だしてんなよな! この、出鱈目女!」


 どうせ力を使って、ゼフトを用いて道を作るのであれば……

 狙うは当然、一石二鳥!


「暫定識別名『フラム・アルバレット』を、魔人として――」

「だから――黙って、ぶっ飛んでろ!」


 響く『凍炎の魔女』の声目掛けて、俺は破壊の力を叩きつけていた。

 

 

 


「――どうだ? まだ、こっちを探してる感じか?」

「んー……多分ね。私のアトマ視の有効距離を越えちゃってるから、なんともいえないところはあるけど。すぐに飛んでこないことを考えると、こっちを見失ったか、ダメージを受けて飛べなくなったかの、どちらかじゃないかしら」

「そっか……」


 立木の陰より彼方を覗くフェレシーラの報告と推測を受けて、俺は樹皮に背中を擦りつけるようにして、その場で尻餅をついていた。

 

「まさかあの一発で、『暗闇』まで吹き飛ばしちゃうなんてね。お陰で走るのに苦労はせずに済んだけど……それにしたって、あの悪条件下でよく直撃させたものね。『探知』も使えないのに、なにか当てに出来るものでもあったのかしら?」

「あー……どうだろうな。声の発生源に当たりをつけた、ってのはあるけど。まあ、あとは勘かな。ああ、いや……どっちかというと癖を見抜いた感じかもだけど」

「ふぅん? 出会ってすぐの相手の、癖をねぇ。困った話ね」

「まあな」


 ずりずりと落ちてきってから、こっそりと溜息を漏らす。 

 手加減ぬきのゼフトの一撃を皮切りとして、『暗闇』の術効ごと立ち並ぶ氷柱を吹き飛ばし。

 あれから、俺とフェレシーラは、只管に夜道を駆け抜けて『凍炎の魔女』より逃げ果せていた。

 

 多分。

 

「体の調子はどう? ジングはまた大人しいみたいだけど。ゼフトを使って、どこか痛むとか調子がおかしいとか、なかった?」

「ん? ああ、そっか。そうだな。そういえば右手がちょっとやられてたかな……」

「え? 右手がって……うそ、いつやられたの? 逃げてる間の攻撃は『防壁』でシャットアウトしていたから―って、ちょっとなによこれ! 手甲ごと凍りついてるじゃない! なんでもっと早く言ってくれないのよっ! ああ、もう……いま『治癒』するから。本当に、なんでずっと黙ってるのよ、貴方は……っ」


 フェレシーラの問いかけに半ば無意識で右手を差し出すと、矢鱈と慌てたり心配されたりしてしまった。

 言わずもがな、右手の凍傷は『凍炎の魔女』の奇襲に対して、瘴気の波動でカウンターをとったときに負った手傷だが……

 

 勢い余っての逃走劇に発展したこともあり、俺自身、こんな事になったのをすっかりと失念してしまっていた。

 まあ、感覚自体がなくなっていた、ってのも理由の一つではあるだろう。

 しかし実のところ、色々ありすぎて体のことに気が回らなくなっていたというのが、実情だ。

 

「なあ、フェレシーラ」

「なによ」

 

 何故だかやや仏頂面と化していた少女に、俺は問いかける。

 

「お前さ、最初は俺があの『凍炎の魔女』をマルゼスさんかもしれない、って言ったときは信じてなかったけど。それはまあ、当たり前だとおもうんだけどさ」

「そうね。それが、なに?」

「うん。そのあと……むしろお前の方が、アレ(・・)がマルゼス・フレイミングだって思い始めていたんじゃないか?」


 じんわりとした暖かさと共に、フェレシーラの手に包まれた右手に感覚が戻り始める。

 追ってムズムズとした感触が訪れるが、不思議と手を動かす気にはなれなかった。

 フェレシーラは、無言だった。

 

「このまま見つからないようにしながら、皆のところに戻りましょう。早めに合流しておかないと、斥候として出されてた兵士がアレと鉢合わせしちゃいかもだし。ドルメ助祭たちも、救援として動いているから」

「それはそうだけどさ。良ければ教えてくれないか。お前のことだから、なにかしっかりとした根拠があるんだろ?」

 

 必要な会話ではあるものの、明らかにこちらへの回答を避けてきた少女に、俺はなおも質問を繰り返した。

 今度は、フェレシーラが溜息をつく番だった。

 

「正しくは、マルゼス・フレイミングだと思った、ってわけじゃないのよ。そっちじゃなくて、こっちの問題だから」

「? こっちのって、どういう意味だ? わるいけど、さっきからちょっと頭が回んなくて……出来たらストレートに言ってくれると、助かる」

 

 こっちの問題、と言われてついつい一瞬『フェレス』のことが頭を過ぎったが……

 これはまあ、『凍炎の魔女』とは関係ないだろう。

 それに『フェレス』の言動や、これまでのフェレシーラの様子を見ていれば、彼女が『フェレス』の存在を認識していないか……もしくは意識的に口に出すことを避けている可能性もある。

 

 なのでいまは、そこについて触れる必要はない。

 俺自身、そこまでの余裕もない。

 情けの無いことに、自分のことで精一杯だ。

 

「そうですね」

 

 暗澹たる想いで右手を見つめていると、頭上から声がやってきた。

 フェレシーラの声。

 しかしそれは、時折現れる少女の声だ。

 こう言っては誤解を招くかもだが、こちらのフェレシーラも、俺は好きだった。

 

「これはあの『凍炎の魔女』がマルゼスの名を自称した際に、感じたことなのですが」

 

 そんな彼女が、いつもより少し遠いところにいた。

 自身がそう感じた理由を、俺が理解するよりも、先に――

 

「アレはおそらく、『聖伐の勇者』です。故にアレは、マルゼス・フレイミングなのです」

 

 彼女はそう言って、俺の知らない理由を口にしてきたのだった。

 


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