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【ボーイミーツガール & ハイファンタジー!】君を探して 白羽根の聖女と封じの炎  作者: 芋つき蛮族
十三章

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431. 彼女の答え

 嘗ての師、マルゼスの御名を名乗られた。

 その行動が気付かぬ間に、俺のリミッターになっていたのは確実だった。

 

「ぐぅ……!」


 振り抜いた蒼鉄の短剣に残る、重く、ともすれば爆発しそうなまでの『力』。

 それなりにこなれていた筈のアトマ光波の要領でもって撃ち出された鋭刃は、形ある闇そのものだった。

 

 冷たく澄んだ大気を呑み喰らうようにして進むそれは、見覚えがある。

 冷えて澱んだ瘴気のそれだ。

 

 それがフェレシーラの『防壁』を凍て砕いたばかりの凍炎とぶつかり合う。

 ぶつかり合う最中、『凍炎の魔女』が総身を震わせるのがわかった。

 

「AZ波形異常個体、Z値急上昇。暫定識別名『フラム・アルバレット』の調査を開始」

「抜かせ、この……似非えせ師匠が!」


 尊敬し、大恩ある師の名を詐称された。

 あまつさえ、大切な女性ひとに向けて「凍れ」などと言い放たれた。

 

 フェレシーラを標的とされた今、俺にとって目の前に立つ師の面影を持つ人形ひとがたは、あらゆる面で赦し難い怨敵と成り下がっていた。

 

 前方にて渦巻く凍気と瘴気目掛けて、再び刃を閃かせる。

 せめぎ合う力の均衡を崩すべくして空を疾るそれは、やはり俺の知る光波ではない。

 

 凍炎の魔女がその身を翻す。

 直後、瘴気の斬撃が乱立する氷柱の群れをまとめて両断した。

 

 だが、そこには既にこちらの獲物はいない。

 一瞬にして上空へと舞い上がった魔女を、偽りの太陽に照らされた青い流星へと、三度、闇色の刃を繰り出しにかかる。

 

「逃がすかよ……!」

「フラム! 駄目ッ!」

 

 大きく前に踏み出しての追撃は、しかし横合いから飛んできた悲鳴にも近い制止の声に阻まれていた。

 

「フェレシーラ……なんで」

「なんでも何も! あれって、あの人、貴方の師匠なんでしょう!?」

「そんなの、気のせいだ。アレは違う。あんなのが同じで、たまるかよ……! あんな出鱈目で、理不尽の塊みたいなヤツが……お前だってそう思うだろ!?」 

「そうだけど、そうじゃないの! いいから、今は守りに徹して頂戴! こっちだって、貴方に聞きたいことがあるんだから! 自分から、あの人はマルゼス・フレイミングだって言い出したのに、そっちが頭に血を上らせてどうするのよ!」

「ぐ……っ!」


 ふつふつと湧いてきて治まらぬ衝動に思わず声を荒げるも、返ってきたのはそれを上回るほどの懸命かつ至極尤もなお言葉。

 言い様の無い悔しさ、口惜しさを噛み砕き、俺はフェレシーラの指摘を受け入れ刃を納めた。

 

「なら、どうしろっていうんだよ……あいつ、お前を狙ってたんだぞ」

「そんなの、戦いになれば誰かが狙われることなんて当たり前のことよ。でも、ありがとう。助けられちゃったわね」

「……そんなの、それこそ当たり前のことだろ。わかったよ……言いだしっぺはこっちなのに、わるかった」 

「そう思うなら、まずは説明からね。この距離ならそうそう簡単に守りは抜かれないから、安心して。さっきの『防壁』は咄嗟だったのと、相手の火力が掴めていなかったから破られちゃったけど。フォローがあるって信じてたから」


 フェレシーラがそう言うと、珍しく軽く舌を出して、場違いにも思える悪戯っぽい微笑みをみせてきた。

 複雑な想いに駆られながらも、俺は「ふーっ」と肺から空気を押し出しながら、半歩だけその場から退く。


 こちらから手を出すつもりはない、という意思表示だ。

 それを口に出せないのは、まあ仕方もない。

 

 初めて、フェレシーラが殺されてしまうと思ってしまったからだ。

 俺の中に未だ根を張る『煌炎の魔女』へのイメージが、あの凍れる炎に乗り移ってしまっていたからだ。

 

「でも、そんなこと言ってもあっちがまた攻撃してきたらどうするんだよ。幾らお前がガードを固めたからって、守り一辺倒じゃ拉致が開かないだろ」

「それはその通りね。でも……見た感じ向こうも、いまのカウンターでまた離れて様子見なんじゃない? そもそもそこまで積極的に攻めてくるわけじゃなさそうだし」

「それは言えてるけど。次に仕掛けてきたら、引かないからな」

「だーめ。ちゃんと話し合いをしてから……ね?」


 ここは譲れないという気持ちで切り出した言葉も、間延びした声と優しげな窘めの言葉で制されてしまう。

 やはり戦いの場にそぐわない、奇妙なまでに柔らかな口振りと物腰だが……

 

 それはそれだけこちらが、柄にもなく殺気立ってしまっていた、という証なのだろう。 

 今度こそ、俺は未だ握りしめていた短剣を、走竜の肩当の鞘へと納めた。

 誰がどう見ても一目でわかる、非戦の証で返しておく。

 ここで頭を冷やすには、他にそうするより手段がなさそうだった。

 

 気持ちを落ち着けて、辺りを見回す。

 先程薙ぎ払ってものを除けば、むしろそばだつ氷柱は密度を増していた。

 否が応にも冷えゆく体に思考を重ねて、気息を整える。

 

「そうだな。俺の方から言い出したことなのに、すまなかった」

「わかってくれればいいのよ。それよりも、さっき私に『アトマ視で相手を視れるか』って聞いてきたのは……そういうことだったのね」

「流石、察しがいいな」

「そりゃあ、アトマも空っぽみたいな状態であんな真似されたらね。嫌でも気付くもの……あ、嫌っていうのは、そういう意味じゃないから」

「いやまあ、そう言われても仕方ないだろ。コレ(・・)は」


 言って彼女に見せたのは、いまなお右手に残る闇の残滓。

 そこに、フェレシーラが視線を注いでくる。

 

「それって、さっきもアトマ光波の要領で撃ちだしていたけど……」

「ああ、多分だけど。瘴気だとおもう」

「……俄かには信じ難いことね。もっとも、それで実際に起きたことを否定するつもりもないけど」

 

 そう言いつつも、やはり受け入れ難い気持ちは心のどこかにあったのだろう。

 若干腰の引けている少女に、俺は右手を振ってそれを宙空にて霧散させた。 


「まあ、もっといえば……その前に冷気を叩きつけられてきた時にも、アトマをぶつけて弾くつもりで使っちゃってたけどさ」

「あー……そういえばあれも黒っぽいのが出てたものね。ということは、感覚的にはアトマをコントロールのと変わらない、ってこと?」

「だな。アトマが燃え上がらせるイメージなのに対して、こっちは冷たく研ぎ澄ますようなイメージの方がコントロールしやすいっぽいけど」

 

 互い、敢えてその力の名称までは口に上らせずに、会話を行ってゆく。

 

「それにしても、急ね。予兆はあったの? 体の調子はおかしくなさそう?」

「急といえば急だな。体調はむしろいいぐらいだ。それとさっきからジングのヤツが大人しいし『声』だって出してこないから、もしかしたら……いや。十中八九、あいつの力を借りてるんだろうな」


 魂絶力ゼフト

 魔人が振るう力にして、魂源力アトマと対を成すと目される力。

 それが何故、ここに来て俺の武器として発露しているのか、制御出来ているのかはわからない。

 

 わからないが……そんなものを振るうこちらの姿を前にして、フェレシーラがそうショックを受けた様子でもないことに、俺は心底、安堵していた。


「意外って言ったらアレかもだけどさ。こんなの、正直ドン引きものじゃないか? 結構お前、落ちついてるように見えるんだけど」 

「ん? なんで?」

「いや、なんでもなにも……お前、魔人のこと嫌ってるっていうか、憎んでいそうなとこもあるからさ」 

「それはそうだけど。それこそなんでその話がいま出てくるのよ」

「えぇ……」


 思わず変な声が出てしまう。

 あれ?

 なんか俺、変なこと言ってるんだろうか。

 

 こっちからすれば、魔人を敵視するフェレシーラの前で、魔人の力であるゼフトと瘴気を使ってしまったことは、相当アレな事態な気がするんですが。

 少なくとも「そんな力に頼ってはダメ」とか言われちゃう気がしてたのですが。


 そんなことを考えていると、フェレシーラがポンと掌を鳴らしてきた。

 戦鎚ウォーハンマーを握りながらとは、中々器用である。

 

「ああ。もしかしなくても、貴方がゼフトを使ったから私が嫌がると思ってた、ってこと?」

「や。その通りだけどさ。ええと、なんていうかさ。魔人の力なんて、嫌じゃないか……?」

「まさか。そんなこといったら、魔物はどうなるのよ。私たちと同じアトマを使っているのに、とんでもなく邪悪な奴だっているじゃない。人間だってそうよ」

「う……た、たしかに……なの、か?」


 一体なにをそんなに気にしているのだ言わんばかりの、あっさりとした返し。

 それを受けて、毒気を抜かれてしまった気分だった。

 

「そうに決まってるでしょ。アトマを使うから正しくて、ゼフトを使うから間違ってる、なんて考え方しませんから。頭の固い神学者じゃあるまいし」

 

 そう言い放つ彼女の顔は、朗らかさに満ちていた。

 その笑顔には一点の曇りも迷いもなく、先ほど俺の掌から湧き上がっていた瘴気をみて、恐る恐るといった反応を示していた姿からはかけ離れている。


 そこで俺は思う。

 多分これは……俺がジングに、魔人と思しき存在と関りがあるとわかった頃から、彼女が考えていたことなのではないか、と。

 来るべき時が来てしまった時に、俺にかける言葉として用意してくれていたのではないかと……そんな気がした。

 

 知らず知らずのうちに、こちらは顔を俯かせてしまっていたのだろう。

 

「さ。そんな事、いまはどうだっていいでしょ? それよりも、いまは貴方のお師匠様の……マルゼス様のことが先よ。貴方が話したいことがあったように、私にだって話したいことはあるんだから。だから、ね。フラム」

 

 強引に話を終わらせたかと思うと、今度はまた強引に話を振ってきて――


「そんな顔しないで。なんとかしていきましょ。例え相手があの『煌炎の魔女』だとしても……わたしたち、そう簡単に負けはしないでしょ?」


 そう言って彼女は、手の甲でごしごしと目元を拭い始めた俺が、再び顔をあげるまで待ち続けてくれていたのだった。

 


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