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【ボーイミーツガール & ハイファンタジー!】君を探して 白羽根の聖女と封じの炎  作者: 芋つき蛮族
十三章

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427. 流星、宵闇を別れ巡りて

 それは云うなれば、銀雪の流れ星だった。

 

 オオォォォ――

 

 突如として押し寄せた強烈な寒波に、『爆炎』を撃ち放つ寸前であった超大型影人ギガントが巨大な霜柱と化してゆく。

 

「攻性術法式の沈黙を確認。雑波消失」

 

 立花玉屑りっかぎょくせつ

 夜霧を瞬く間の内に霧氷へと書き換え吹きすさぶのは、ただ彼女が纏う青白きアトマの輝き。

 まるで粉雪のように原野にふわりと身を浮かべるのは、一人の魔女。

 

「――類似のAZ波形を検出。解析開始」 

 

 無機質な音を口ずさむのは、氷の彫像を思わせる美貌。

 それが、こちらへと向き直っていた。

 個の意思というものを感じさせぬ、玉石の如き水縹みずはなだの瞳。

 氷上を滑りくるようにして進み出てきたその歩みを前して、全身が震える。

 

 一つの危機は去った。

 もう一つの、もっともっと大きな危機の前に、物言わぬ冷たき墓標と化した。

 代わりにやってきたのが、これだ。

 

「嘘だろ……」


 白く澱んだ吐息と共に、ようやくのことで吐き出せたのはそんな一言のみ。

 頭がおかしくなりそうだった。

 誰がどう見ても、アレは違う。

 

 人ではない生き物、即ち、人外。

 人の知る理の外にある、化け物。

 

 俺とフェレシーラがあれだけ苦労して自滅に持ち込んだ超大型影人ギガントを、ただ間近に降り立っただけで、然したる労もなく封殺してしまう。

 規格外の存在。

 神が定めし法則を、定命の者の境界を逸脱せし、超越者。

 

 そんなふざけた代物を前にして、消えず揺るがず根ざす、確信。

 

「師匠」

 

 違う。

 俺の知るあの人は、まったく違う。

 なにがどうだとか、話し方だとか、見た目だとか、煌めく火のようなあの――

 

「フ、ラム……」

「!」


 背後からの声に、苦しげな少女の声に、びくりと肩が跳ねた。

 無意識の内に短剣の柄を握りしめると、パラリと霜が落ちてそれが奇妙なまでの現実味を、こちらに与えてきた。

 

「フェレシーラ!」


 声を振り絞り視界を巡らせて、木偶のようであった体を引き摺る。

 意外なほどに、体がすんなりと動いた。

 今の今まで死に体であったのに、何故、と考えている暇はなかった。

 

 遮二無二、俺は駆ける。少女の元へ。

 

「動けるか!」

「うん……ちょっとへばっちゃったけど、なんとか……それよりも、あれって」 

「いい、喋るな。肩貸すからここから離れるぞ」 

 

 ふらつく彼女の脇下からグンと腕を通して、肩を抱く。

 余計なことは頭の隅に追いやって、距離を取る。

 何から、何故に、とも考えない。

 考えたらもうそこで動けなくなるのがわかりきっていたので、そうした。

 

「ねえ……」

 

 一体どれぐらい、そうして二人で歩き続けたのだろうか。

 

「喋るなって」

「ねえ。あれって……なんなの?」


 問いかけの言葉にも耳を貸さず、俺は歩き続ける。

 

「ねえってば。あれが……あの人が木偶の坊を、止めてくれたのよね? 突然、空からお星さまみたいに降って来て、全部凍らせて」

「喋るなって、言ってるだろ」 

「そんなこと言われても。ねえ……誰か知らないけど、お礼、言わないといけないんじゃない……?」

「いいから」

 

 チラチラと後ろを気にしながら、余計なことを喋る続ける少女を、強引に前に引き摺ってゆくも、思うように進まない。

 

「ねえ、フラムってば。あの人、こっちに向かって来てるし。それにさっき貴方、たしかあの人のこと――」

「いいって、言ってるだろ! わかんないヤツだな、お前も!」


 思わず、怒鳴り声をあげてしまっていた。

 頭に血が上る感覚に顔を顰めていると、腕にかかっていた熱が、凍える体を包んでくれていた温もりが、一気に失われていった。

 

 しまった、と思った時には遅かった。

 

「なにそれ」

「あ、いや……いまのは、違うんだ。違うんだ、フェレシーラ」

「なにが違う、なのよ。私たち、揃いも揃ってあの木偶の坊を倒し損ねていたのよ? あのままいったら、とんでもないことになったんでしょ? なにがなんだか、良くわからないまま、貴方の言うことを信じていたけど。落ち着いたなら、説明の一つもしなさいな!」

「う――」


 ガツンとした指摘に胸を打たれて、俺はその場で踏鞴を踏んでしまう。

 フェレシーラが口にした言葉は、正論だった。

 少なくとも、得体の知れない恐怖と衝動に駆られて、只々逃げを打つ俺よりは、真っ当だった。

 

 未だ混乱の内にありながら、俺は考える。

 意を決して背後を振り向き、やや遠巻きに佇んでいた氷雪の魔女を視界の端に捉えて、俺は覚悟を決めた。

 

「マルゼスさんだと、思ったんだ」

「え?」

「だから、あの人を見てすぐに、俺の元師匠……マルゼス・フレイミングだと思ったんだ。自分でもなんでそう思ったか、わけがわからないから、説明もできないけど」 

「……ええと。ちょっと聞くけど」


 あまりに突拍子もなく、あまりに辻褄も合わない話を聞かされて、こちらの正気を疑ってきたのだろう。

 

「貴方の師匠、マルゼス・フレイミングって。『煌炎の魔女』って呼ばれてる魔術士よね?」

 

 フェレシーラが、真剣な面持ちとなり問うてきた。

 その質問に、俺はしっかりと首を縦に振り答える。

 

「ああ、そうだ。それで合っている」

「そうよね。それと、髪は真っ赤で、身に付けている物もそうだったのよね?」

「ああ、それもそうだ」

「そうよね。じゃあ……なんで? ていうか、もしそこらが染めてたり、普段と違う恰好をしていたとしても。炎以外の術法はヘッタクソ、とか言ってなかったっけ?」

「ああ――って、そこまでは言ってねえぞ!? たしかに炎術以外は色々怪しいとこあったけど! あと炎術でも攻撃術じゃないとわりと適当したりしてたけど!」


 若干、誘導尋問じみた感のあった最後のヤツを除き、俺ははっきりと彼女の質問に答えていた。

 ていうか、言われてみれば言われてみるほど、『なんでそれで、後ろにいる人物がマルゼス・フレイミングである』と、主張しているのか、という話ではあるが……

 

「なら、なんでそういう話になるのよ。さすがに色々とおかしくない?」

「言いたいことはわかるよ。でも……どうみても危険すぎるだろ、アレは。正体がなんであれ、不用意に接触するのは避けた方がいい。助けられたのは事実だけど、それこそ色々と怪し過ぎるだろ」

「それは……そうかもしれないけど」

 

 多少は回り始めた頭でそうした部分に触れていうと、渋々ながら、といった面持ちでフェレシーラが同意を示してきた。

 

「でも、フェレシーラの言うことはわかるよ。実際のところ、どうしようもない状況を救ってもらったのは確かだしさ。正直、パニックになりかけて、逃げ……離れて、いたけど」


 変わらずこちらと一定の距離を保つ氷雪の魔女とは、なるべく視線も移動のペースも合わさぬまま、俺は言葉を続けた。

 

「アレの正体がなんにせよ、お礼を言うって形でコンタクトを取ってみるのも、ありだと思う。あちらに敵意があれば、とっくの昔に揃って仲良く氷漬けになっているだろうし」

「間違いなく、そうでしょうね」

 

 頷くフェレシーラの表情は、どこか悔しげだった。

 なんにせよ、互いに少しは吐き出し合えたこともあり、気持ちと頭が落ち着いた部分はある。

 

 しかしそれでも、肩に圧し掛かってくる奇妙な重圧――恐らくは、あの青い魔女の視線だ――から逃れようとして深々と溜息をつくと、フェレシーラが戦鎚ウォーハンマーを握りしめる気配が伝わってきた。

 

「もしも、よ」

 

 視線は後方、一人佇む魔女に向けて、彼女は再びこちらに問うてきた。

 

「もしも万が一、あの女性ひとがマルゼス・フレイミングなら……貴方、どうするつもりなの? さっきみたいに、また逃げるつもりなの?」


 溜息は、どうやらまだまだ吐き尽せていないようだった。 



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