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【ボーイミーツガール & ハイファンタジー!】君を探して 白羽根の聖女と封じの炎  作者: 芋つき蛮族
十二章

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425. 思い違い

 魔術『浮遊』の術効がもたらした、確かなる地との遊離の手応え。

 

「よし……!」


 全身を包むその感覚に、術法式を制御する指先にかかる手応えを握りしめながら、俺は思わず快哉の声をあげていた。 

 

「え――」


 次いで、やってきたのは少女の声。

 フェレシーラが、呆気に取られた眼差しでこちらを見つめてきている。

 

 その反応は当然だ。

 これまで俺は、不定術の補助なしには……己が精神領域にて組み上げた術法式を体外に抽出するという手間、ワンクッションを挟まねば、正規の術法を発動することが叶わなかった身なのだ。

 

「フラム、貴方いつの間に、普通に術法を……」

「つい、いまさっきな。でもわるいがその話はまた今度だ。今は一刻も早く、ホムラに運んでもらってここを離脱しないといけないからな。そんでもって、兵士たちと一緒にこっちに向かっているワーレン卿たちを撤退させないと、だろ?」

「それは……そうね。貴方のいうとおりよ」


 少々早口となってしまったこちらの提案に、フェレシーラが頷きで返してきてくれた。

 そして戦鎚ウォーハンマーの柄を横にすると、肩幅よりやや広い感覚で両手で握り締める。

 

 何故、いまになって俺が正規の手法でもって術法を扱えるようになったのか。

 その理由を知る術はない。

 ないが、今重要なのはそれをフルに活用して、こちらの目的を果たすということだ。

 

 そしてその目的は目下、ルゼアウルたちの撃破ではない。

 魔人討滅を至高の教えとする戦士、神殿従士の筆頭であるフェレシーラとて、ギガントと呼ばれる影人が内包する『爆炎』の魔術の危険性は無視できない、というわけだ。

 

「ホムラ、今回も頼む! 出来るだけ低空飛行で、皆に退避を呼び掛けていくぞ!」

「ピ! ピピィー!」

「メグスェイダ、蛇行することになると思うから振り落とされないように、注意していてくれ。出来れば逃げ遅れる人がでないように、飛行中に周囲を見回していて欲しい」

「仕方ないね。ま、それぐらいは任されてやるよ。これだけ明かるければ、そうそう見落としようもないだろうからね」

「助かる。ジング、お前はマジで邪魔すんなよ。飛んでる最中に俺を乗っ取りなんかしてきたら、『浮遊』の術効を切らして皆で真っ逆さまだからな」

「へいへい。さすがにこの状況じゃやんねーよ。クッソ、もう少しであの梟野郎をブッ殺せたってのによぉ……」


 ホムラ、メグスェイダ、ジング……それぞれに声をかけて撤収へと取り掛かる。

 既にルゼアウルら魔人たちとこちらの間には、超大型影人ギガントが立ちはだかっている。

 

 その胸部を『探知』の術効を得て注視すると、黒い鎧の中心で多量のアトマが脈動しているのがわかった。

 おそらくはそこに仕込まれた『爆炎』の術法式が、ルゼアウルの手により起動を開始しているのだろうが……

 

 当たり前だが、あちらにとってはこのギガント。

 半ば虚仮脅しのようなものであることは、予想はついている。

 

 ルゼアウルの目的が、我が君……ヴォルツクロウとかいう何者かに、俺の体を乗っ取らせることであれば、このまま『爆炎』を行使に持ち込み、燃やし尽くすという可能性は非常に低い。

 低いが……

 しかしこのまま、大勢の兵士に取り囲まれるとあらば、予想外の手に及んでくるかもしれないのだ。

 

 なんなら俺の体には拘らず、主の魂さえ手に入れることが出来れば良し、と考える可能性だって十分にある。

 幾ら主の為に行動しているのだとしても、自分が死ねばすべては終わる。

 逆に言えば、死にさえしなければどうとでもなると、割り切らせるのは非常に不味い。

 

『結局、尻尾巻いて逃げるしかないんだよな。なんのかんのと理屈を捏ねてみたってさ』 

『あァン? なにテメー、いきなりこっちでボヤいてんだよ』 

『いや、単なる愚痴な。聞かせてわるいけど、俺だってみすみすアイツらを逃したいワケじゃないし。アトマも限界に近いから退がるしかないだけでさ』

『ほーん。アトマも、ね……ま、次があらあな。どうせ放っておいてもあっちから出向いてくるとかなんとか、蛇公も言ってたろ』

『蛇公ってお前な』

 

 翔玉石の腕輪を介しての、突然の愚痴。

 それを受けたジングの言葉に呆れつつも、自分自身を納得させる。

 

「ルゼアウル!」


 おそらくは何かしらの手段でこの場を離れる準備を済ませていたであろう、魔人の頭目へと向けて俺は声をぶつけていた。

 

「言いたくないが、今日のところはこれで痛み分けだ! そっちも体勢を整えてまた仕掛けてくるつもりだろうけど……それはこっちも同じだ!」

「ホウ――」


 ぶわりと、その全身より瘴気を放ちつつ、二体の魔人を従えたルゼアウルが応じてきた。

 

「いいでしょう。こちらとしても、今回は不可解な点が多すぎました。その体、決着の時まで預けておきましょう。くれぐれもつまらぬことで命を落とさぬよう……」


 虎斑とらふの翼を音もなく広げて、耳木兎ミミズクの魔人が言葉を続ける。

 

「まあもっとも、その場合はあのお方が施された『保険』が機能することでしょうが」 

「なに……?」


 俺が命を落とした際の、保険。

 その一言を呟いたルゼアウルが、ニヤリと嗤うのが遠目にもハッキリと見えた。

 

「おい、今の『保険』って、どういう意味だよ」

「さて、なんでしょうね。それよりも……先程から貴方は、なにか勘違いをされていませんか?」

「勘違い、だと?」

「ええ、そうです。なにやら勝手に、そのギガントが前と同じ代物だと思い込まれているようですが……これだけ派手に手駒を潰されておいて、まさかこのまま済ませるとお思いで?」


 前とは違う。

 その一言で、背筋に冷たいものが走るのがわかった。


「まさか――」

 

 手駒を潰された、その仕返し。

 この場で術効の起点であるとするには、あまりに余裕に満ちた立ち振る舞い。

 そして物言わぬ鉄の巨人の胸に輝く、赤々としたアトマの光――

 

「まさか……まさか術効の起点を――『爆炎』の発生地点を、ここから変更していたのか!?」


 こちらにしてみれば最悪の予測にして、あちらからしてみれば最上の一手。

 

「名答」


 それに耳木兎ミミズクの魔人が愉しげに答えてきた。

 瞬間、全ての計画が崩されたことを俺は知る。

 

「え……フラム。貴方、今なんて……」

「わるい、フェレシーラ。完全に俺の見立て違いだった。計画変更だ」

 

 こちらを狙えないのであれば、別を狙うまで。

 そんな簡単なことも失念していた自分の馬鹿さ加減を呪っている暇すらなかった。

 

「クソッタレが……!」

 

 一度は施した『浮遊』の術効を解除しながらも、俺は毒づく。


 始めから時間をかけていたのは、完全に罠だったのだ。

 自爆紛いに見せた『爆炎』の狙いは、端から『フラム・アルバレットの肉体が存在しない』と確定していた、ミストピアを目指す者たちに定められていたのだ。

 

「テメェ、最初の一体は引っ掛けだったってことか!」

「それも名答ですね。ギガントの術法式に細工が仕掛けられた反応があったので、脅しとして起動しましたが……我が君を巻き込むやもしれぬ代物を、考えもなしに使うわけがないでしょう?」

「……!」


 平静そのもの、といったルゼアウルに対して、最早こちらが割ける時間は残されてはいなかった。 



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