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【ボーイミーツガール & ハイファンタジー!】君を探して 白羽根の聖女と封じの炎  作者: 芋つき蛮族
十二章

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424. 予期せぬ術理

「おいおい……!」

 

 地を揺るがさんばかりの勢いで以て放たれた、ターレウムの咆哮。

 それに続いて足元よりやってきたのは、瘴気に酷似したどす黒い波動だった。

 

「なんなんだよ、こりゃ。出鱈目にも、程ってものがあるだろ……!」 

 

 逆流、ないし逆転……または逆行。

 半ば無意識で起動した『探知』にて理解不能の現象をみたことで、思わずそんな事を口走ってしまう。

 

 赤銅の魔人が振りまく力が、地に満ちている。

 しかしそこあるのは、禍々しく脈打つ多量のアトマだ。

 

 魂絶力ゼフトと対を成す筈の力が、その真逆の力、魂絶力アトマへと変わってゆく。

 こちらの知り得ぬ理により、返還されてゆく。


「てことは……!」 

 

 着々と成されゆく超常神秘の御業に反して、衰え始めたターレウムの雄叫び。

 入れ替わるようにして耳に飛び込んできたのは、耳木兎ミミズクの魔人が発する聞き慣れぬ詠唱の声だった。

 

「くそ……フェレシーラ! 退がるぞ! あのデカブツが……鉄巨人が出てくる!」

「!」


 それだけの叫び地面に転がっていた翔玉石の腕輪を回収すると、先を行くフェレシーラが動きを止めてくれた。

 彼女にしてみても、あの『爆炎』の術法式を内包した規格外の超大型影人には、手を焼かされた印象が強かったのだろう。

 

「ここまで追い詰めておいて……ああ、もう!」

 

 強大な力を持つ魔人を討ち滅ぼす、絶好の機会が遠のいてゆく。

 その現実を前に、白羽根の少女がぶつけどころのない怒気を吐き捨てながらも、後退する。


 その様子からして、どうやら今のところ彼女の意識が『フェレス』のものへと戻る気配はなさそうだった。

 疲れ切った体を引き摺り、思考を回す。

 

 足元から吹きあがっていた黒い波動は、ターレウムとルゼアウルの元へと収束し始めている。

 どんな理屈があるのかは知らないが、それがあの鉄巨人を召喚するためのものであることは、メグスェイダの忠告からも想像はつく。

 

 一瞬、その起点であろうターレウムと、術法式を操るルゼアウルを強引に叩きにいくという選択肢も浮上しかけていたのだが――

 

「フラム! 後ろ!」


 突如響いたフェレシーラの叫び声に、倒れ込むようにして横に転がる。

 僅かな間を置き、直前まで俺が存在していた空間を、長く鋭い爪が貫いていった。

 

「ツェブラクか……!」

 

 その名を口にしつつ何とか身を起こすと、ローブを纏った魔人の姿が視界に飛び込んできた。

 

「遅くなりました、我が主」


 ドルメやワーレン卿と交戦していた影響だろうか、襤褸ぼろのように千切れたローブを風に靡かせて、ツェブラクがルゼアウルの元へと舞い戻る。

 

「よもや雑兵共に手間取っている間に、神殿従士を御身に近づかせていたとは……このツェブラク・ルビラク、不覚にございます。お叱り下さいませ」 

「いえ、善いところに戻ってきてくれました」


 その場に膝つき首を垂れる従僕を、呪文の詠唱を終えたルゼアウルが労う。


「少々、予想外の展開になってしまいましたが……ここはギガントに任せて撤収します」

「ハッ!」


 隆起し始めた闇……影人のそれを盾に、魔人たちが後退を開始する。

 これでこちらは、あちらを仕留めるチャンスを完全に失った形だが……

 

 それよりも、無理をして攻めを選択しなかったのは正解だった。

 あのままルゼアウルに攻撃を仕掛けていれば、その後にやってきたツェブラクの攻撃を、俺かフェレシーラのどちらか――恐らくは後者が、ほぼ間違いなくもらっていただろう。


 だからこの選択は間違いではなかったのだと。

 そう己に言い聞かせていたところに、手にしていた腕輪が震えを示してきた。

 

「おい、小僧! このままヤツらを逃がすんじゃねえッ! 特にあのルゼアウルとかいう梟野郎は、いまここでやっておかねえと後悔するぞッ!」 

「言いたいことはわかるけどさ。俺からしてみれば、なんでお前がそんなに慌てているかの方がよっぽど気になるんだけどな……!」

「ん、んなこた、気にしてる場合じゃねえんだよ! はやくいけっての!」

「ダメだ。これ以上の深追いは出来ない」

「なんでだよ――って、うげっ」

 

 ジングとの会話の最中、隆起していた闇が一気にそのサイズを増し始めた。

 

「鉄巨人……確かいま、ルゼアウルのヤツが『ギガント』っていってたけどな。アレに仕込まれた『爆炎』なりがここで発動したら、近くにいる兵士諸共、全滅だ」

「ぐ……んなモン、前のヤツみてぇにパパッと細工すれば済む話だろ!」

「無茶言うなって。いまの俺には、もうあんな精密作業は不可能だし……なによりも、術法式の起動が早まっていたり、対抗結界を増設されるなりしていたら、完全にお手上げだ。やるだけやるにしても、駄目そうなら素直にホムラの助けを借りて離脱して、その上で周りで影人と戦っている皆にも退避を促す。これしか手はない」


 焦り攻撃を迫るジングに、俺はハッキリとノーを突きつける。

 

 恐らくは急造品であった最初のギガントには、肝心要の『爆炎』の術法式の起動から発動までに多大なタイムラグがあるという欠点が存在していた。

 しかし今回召喚されたギガントまでが、同じ問題を抱えていると決めつけることは出来ない。

 

 最低限、発動までの必要時間が改善されているか……

 最悪はコントロールを握っているルゼアウルの手で、任意のタイミングでの発動が可能になっていても、何らおかしくはない。

 

「ホムラ!」

「ピ!」

 

 その仮定を前提に戦友の名を呼ぶと、白蛇を背に乗せたホムラが、風鳴りの音を伴い頭上より舞い降りてきた。


「メグスェイダ。アンタはここで決めてくれ」

「決めてくれって、なにをだよ……」

「勿論、ルゼアウルたちの元に戻るか、それとも俺たちと一緒に逃げるかをだ」

「……わかった」


 きっと俺が問いかけるまでもなく、彼女はそれを決めていたのだろう。

 

「当初の目論見が外れた以上……ルゼアウル(・・・・・)はどんな手を使ってでも、我が君とやらを探し出そうとするだろうからね。そいつがどんなヤツなのか、見極めるまではワタシはこっちにいることにするよ。どうせ向こうから出向いてくるだろうしさ」

「いいのか? もしかしたら、ルゼアウルはお前を元の姿に戻せるかもしれないぞ?」


 こちらの問い返しにも、メグスェイダは首を横に振り答えてきた。


「そこについては、正直いって嫌な予感しかしなくてね。そんなことより、急いでズラかるよ! もう半分以上、あのデカブツが出来上がってるじゃないか!」

「たしかにな……! それじゃ、フェレシーラ」

「ええ。私がホムラに『身体強化』、フラムは――あら?」


 既に合流を果たしていたフェレシーラに話を回すと、返ってきたのは小首を傾げる動作と疑問の声。

 

「そういえば貴方、不定術式用の霊銀盤がどうのって言ってなかった?」 

「あ、ああ。そこはまあ、後でってことで……驚かないでくれよ」


 先程の『フェレス』との一件も絡むこともあり、時間的な余裕もないこともあり、俺は両の掌を合わせると、即座に呪文の詠唱を開始した。


 使用するのは『浮遊』の魔術。

 今日で合わせて三度目の――正確には、断念したものを含めて四度目の出番となる、物質に浮力を与える術法だ。


「漂うは看得みえざる鶴翼。秤謀はかりたばかるは空の踊り子……」 


 指先に生じるアトマの律動。

 己が内にて組み上げる術法式の絵図。

 そしてなにより、必ずそれを成せるという、確固たるイメージ。


 腹の底では、再びやってきた何かがグツグツと煮えたぎる感覚。

 それを梃子に内から外へと伝播する熱を翼に変えて、今こそ俺は願い続けた魔道の歩み手足りえたのだと、遅疑逡巡、一切合切の迷いを捨て去り――

 

「我が手は担う、なれが背負いし現世うつしよことわりを!」


 それら全てを詠じの声に乗せ放つと同時に、ふわりとした浮遊感が体を包んできた。

 


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