415. 再び生えしは
残る力を振り絞っての前進。
恐らくはこれが、俺にとっての最後の攻め。
「善いでしょう。そこまでの大言壮語を吐くのであれば、付き合って差し上げます。ですが……」
これまでより明らかに速度もキレも劣るその様を見て、ルゼアウルが口を開く。
「残念ながら、少々こちらに時間を与えてしまいすぎましたね」
その場から微動だにせず、ただ纏う圧力のみ増してゆく。
泰然としたその所作に、思わずこちらの足が止まる。
ルゼアウルがどう動くのか、予想がつかなかった。
流石にこれ以上ダメージを受けては、戦闘そのものがままならない。
不定術を絡めての『治癒』も不可能な状況だ。
最悪を想定するのであれば、これまでを上回る規模の瘴気の波動が最も厄介といえる。
放出速度自体は大したことがないとはいえ、残留性と有効範囲に優れる為、接近戦を挑む際にはかなりの障害となる攻撃手段だ。
にも拘わらず、これ一つで制圧行動に出てこない点。
そして、そもそもルゼアウル以外の連中が瘴気を利用してこない点を鑑みると、もしかすれば高位の魔人のみが持つ能力なのかもしれないが――
「!?」
ついつい仮定に推測を重ねてしまっていたところに、ルゼアウルの様子に変化が起き始めていた。
「ホオォォォォ――」
「おいおい……!」
独特の発声と共に全身を戦慄かせる耳木兎の魔人を前にして、俺は自身の失策を悟らされていた。
左右二本の失われていた羽角が、再生を開始している。
敵に治療の手段はないと見立てていたが、どうやら純粋な回復力という点でもコイツは常識の外にある存在だったらしい。
流石に短剣と『熱線』の二重攻撃を受けた右肩と翼までは、まだ再生しきってはいないようだが……
しかしこの分では、そちらも完治に至るまでそう長い時間を必要とはしないだろう。
もしくは、今しがた見せたような再生に伴う隙を嫌って敢えて放置する可能性も、あるにはある。
刹那、迷いが生じる。
ルゼアウルが見せた羽角の再生。
これは一応、虚仮脅しの可能性はある。
ヤツが魔人としての持つ異能・術法干渉能力に羽角が必要であり、その破壊により一時的に機能が失われているのは確かだ。
が、羽角が再生したからといって、その異能までは復活したとは限らない。
そしてルゼアウルの異能と再生力は、これからこちらが仕掛けるに辺り、かなりの影響を及ぼしてくる。
となれば――
「試してみるしかないか……!」
何事も物は試し。
思いついたら、即実行!
「ム? これは……」
これで十分とばかりに羽角の再生のみを終えたルゼアウルが、周囲を駆け出したこちらに向き直り、怪訝な面持ちを浮かべてきた。
そしてそれに合わせるようにして、左右の羽角が一本ずつ、ピコピコと動いてくる。
「それは一体、なんの真似ですか?」
左右の手甲に仕込んだ霊銀盤。
それを操る俺へと向けて、耳木兎の魔人が問うてきた。
その反応からして、やはりヤツが己の異能を取り戻していることは確実だろう。
「さてね。ま、今のでアンタが同時に二つの術法に対処可能ぽい、ってのはわかったけどな。こっちの仕掛けた『探知』とそれに乗せた『分析』。両方しっかりと無効化してきたもんな」
「それは……いえ、その通りですね」
反問で返されたにも関わらず、ルゼアウルはそれを認めてきた。
その代わりに自分の質問に答えてみせろ、と言わんばかりの素直さだ。
それに免じて、というわけではないが……
「アトマを持たないアンタに『探知』を仕掛けた理由は単純さ。言っただろ、術具の補助なしじゃまともに術法は扱えない身だったってさ」
「つまり……術具が頼れない今、私が術法を無効化出来るかどうかを測るには、自身の術法は使えなかったと?」
こちらがヒントをチラつかせてみせると、ヤツはすぐに答えに辿り着いてきた。
「ブラフにしては意味不明ですね。どの道、貴方が私を謀り術法を用いてきたところで、結果はご覧の通り。無駄です」
「それは――やってみなけりゃ、わからないさ!」
軽く翼を動かし肩を竦めてきたルゼアウルに対して、俺は地を蹴り間合いを削り始めた。
ルゼアウルの異能、『発現した術法に対する干渉能力』。
これはおそらく、一度発動させると自動的に術効が実行されるタイプの能力だ。
その証拠に、先ほどヤツはこちらの仕掛けた『探知』及び『分析』という『魔人に対しては無意味』なアトマ感知系の術具効果に対して、完全な無効化に及んできた。
これが異能の発動から意識的な操作を経たと考えるのは、少々無理がある。
もしもヤツが術法の効果を解析した後に、その結果を元に無効化しているとすれば……アトマを持たぬ己に対して無害とわかっている『探知』と『分析』に対応してくるのは、無駄を通り越して隙を生じるだけの愚行。
それこそ、ルゼアウルの言うところの無駄でしかない。
しかし現実には、ルゼアウルは『探知』そのものを無効化して俺のアトマ視を封じてきた。
となれば、行きつく答えは一つ。
ヤツの異能は、一度発動すれば何らかの手段で術法を無効化、ないし阻害による術効低減にまで一気に持ち込む、自動進行型だと断定できる。
「言っておきますが、二度同じ手は食いませんよ。どうやらかなりの小型化に成功しているようですが……そちらの術具がその三つのみという調べはついています。なれば今後は、詠唱の無い際には早まらず、対応しなければ良いだけの話です」
「なる。その口ぶり、消滅した影人からデータを集めていたってわけか!」
「……然り。どうにも貴方と話していると、色々と洩れてしまっていけませんねぇ!」
虎斑の翼がバサリと鳴り、無数の羽弾が宙に出現する。
どうやらこちらとのお喋りの合間に、右の翼もしっかりと再生させていたようだ。
右肩自体は焼け焦げたままだったので、見逃していた形だ。
併せて十を超える羽弾の群れが、一つ一つ、異なる軌道で以て撃ち出されてくる。
僅かな戦闘時間、経験の中でルゼアウルが会得した制御能力だ。
標的の逃げ場を無くすべく放たれたそれは、『当てること』に特化しきっている。
到底、そのすべてを避け切るとこは出来ない。
ならばここは――防御を固めて、押し通るのみ!
「ぐ、おお――ッ!」
「な……!?」
横から縦に動きを切り替え突っ込んできた標的を前にして、ルゼアウルの口より驚愕の声が漏れ出でる。
殺到する羽弾に対して、こちらが採った選択は『体の前面のみに』アトマによる護りを集中させての突進だ。
見ようによっては自殺行為にも等しいそれが、回り込む形で飛来してきていた羽弾の大半が変化しきる前にすり抜ける。
残る数発を、交差させたアームブロックにてなんとか相殺しきる。
「馬鹿な……!」
「重さが足りてねんだよッ! コントロールに気を回しすぎたな!」
急ぎ後退するルゼアウルへと、意気を叩きつけて怯ませにかかる。
何だかんだで、あと数発受けていればこちらが吹き飛ばされていたところだ。
ここを逃せば本当に後がない。
「ならば、受けなさい!」
お前の攻撃は軽い。
そう言われたことが癇に障ったのだろう。
耳木兎の魔人が素早く後退しながらも、その全身に闇を纏い始めていた。
攻防一体、瘴気の波動の放出。
今度のそれは、全力の一撃に違いない。
迫るこちらに対して、ギリギリまで力を溜め込み、一気に解き放とうという意図が見て取れた。
構わず、俺はそこに突っ込んでゆく。
「原初の灯火、火の源流。導く軌跡にて、我は戻り逝く――」
「……!」
定めた獲物へと向けて疾駆しつつ呪文を詠じ始めたこちらをみて、ルゼアウルの面持ちに緊張が走るのがわかった。
「やはり術法が使えぬ等と、引っ掛けでしたか……小賢しい!」
瘴気を練り上げながらの、鋭い舌打ち。
それはルゼアウル自身が、己が能力の限界を熟知していたからこその、反応だったのだろう。
ここまでヤツと交戦してきて、組み上がっていた仮定の、その一つに。
ルゼアウルはその異能と……『発現した術法に対する干渉能力』と、その他の能力を同時に操ることは出来ないか、または相当に負担があるのでは、という仮定があった。
その根拠は、最初にルゼアウルの羽角を攻撃した際の攻防と……
そしてヤツとティオが、息吹での撃ち合いを演じていた最中の、出来事にあった。
あの時、後僅かでティオの氷の息吹を狂風の息吹で押し切らんとしたいた、その瞬間。
ルゼアウルは、横合いから割って入ってきたフェレシーラ渾身の『光弾』に対して、成す術もなく直撃を受けてしまっていた。
ヤツがもし異能とその他の行動を同時に使えるのであれば、むざむざフェレシーラの『光弾』を喰らっている筈もない、というわけだ。
そして今、ルゼアウルは全力で瘴気の波動を放出しにかかっている。
となれば、きっと今度も異能による術法の無効化にまでは及べないか、相当な負担を強いられるとみて間違いない。
故にこの状況下。
ヤツが採るであろう選択肢は、凡そ二つに絞られる。
即ちそれは、瘴気の波動の放出を断念して、異能による『熱線』の無効化を選ぶか……
またはその身に纏いし闇を解放して、こちらを打ちのめしてくるかの、どちらかであり――
「吹き飛ばして差し上げます!」
互い、回避不可能なその間合いにて、呪文の詠唱が完成していた。




