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【ボーイミーツガール & ハイファンタジー!】君を探して 白羽根の聖女と封じの炎  作者: 芋つき蛮族
十二章

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414. 地力差

 耳木兎ミミズクの魔人の右肩口にて、火が瞬く。

 

「カ……ッ!?」

 

 そこを撃ち抜いた『熱線』に巻き込まれる形で、大きく開かれていたルゼアウルの右の翼もまた、赤きアトマの光条に貫かれる。

 

「なに、を――」


 突如我が身を襲った魔術の顕現を、その根源を、琥珀色の瞳が凝視する。

 そんなルゼアウルが見たのは、半ば炭化した己が右肩より抜け落ちてゆく、赤熱した刀身だった。

 

 本来であれば、深く美しい蒼き輝きを放つ短剣。

 それを追いかけるようにして、地に九つの羽弾が落ちる。

 

「まさか、短剣を起点に術を……!?」

「大当たり! 名答ってヤツだ!」

 

 術者の統制を失い消えゆく羽根を踏みしめて、俺はルゼアウルに向けて突進を開始した。

 術法が発動する、その起点。

 あちらがこちらの左手だとばかり決めつけていた、『熱線』の投射箇所。

 

 しかし今回その役目は、既に俺が投げ放ち、ヤツの肩口に突き立っていた蒼鉄の短剣にこそ課せられていた。

 ぶっつけ本番の思い付き。

 嘗ての師が俺に披露してみせていた『術者の肉体以外を起点とする』攻撃術。

 それを見様見真似で、しかしワンランク条件を下げることで再現した奇襲法。

 

 即ち『術者が愛用する品』足る、『蒼鉄の短剣』を起点とした術法の発露。

 それこそが、勝利を確信していたルゼアウルの身に降り注いだ、『熱線』の正体だった。

 

「せあッ!」

「ぐっ!?」


 大きく踏み込ませた左足を軸に据えての、右足刀蹴り。

 標的の鳩尾目掛けて放たれたそれが、惜しくも魔人の腕に阻まれるも、しかし俺は止まらない。


 右足で地を捉えると同時に、右の肘鉄で相手のガードを抉じ開けにゆく。 

 例え防がれようと構わない。

 常に密接し続けて、まともに攻める機会を与えない。

 

 否。

 ここで絶対に、主導権を与えるわけにはいかなかった。

 

「ルゼアウルさま……!」

「なりません、ターレウム! これしきことで……ぐぬっ!」


 主が攻め立てられる様を前にして、赤銅の魔人が戦斧を手に身を乗り出すも……しかし結局、飛んできた制止の声に身動きぬままで終わる。

 惜しい。

 ここでターレウムがルゼアウル側の敗北条件である、『特定の第三者の介入』に抵触してくれていれば、『制約ギアス』の術効で決闘終了となっていたのだが、流石にそれはないようだ。

 

 まあ、それ自体はいい。

 もしものもしものうっかりで、あちらがやらかせばラッキーぐらいの代物だ。

 そんなことより大事なのは、そもそものこの決闘をルゼアウルが受けてしまった(・・・・・・・)という、僥倖中の僥倖を利用しきることこそが、俺にとっての最も優先すべき目的だった。

 

 むしろ問題は他にある。

 まず、周囲の警戒に向かったローブの魔人ツェブラクの存在。

 コイツがこの戦いに気づき、舞い戻ってきた際は洒落にならないことになるのは明白だった。

 

 決闘の話など知る由もないツェブラクならば、ターレウムのように迷うこともなく、こちらに攻撃を仕掛けてくるだろう。

 それも恐らくは、ルゼアウルを救う為にあの変幻自在の爪で容赦なく。

 そうなれば、こちらはもう殆ど詰みに等しい状態となる。

 

 何故かといえば、今回の『制約ギアス』にはツェブラクを『特定の第三者』として条件に盛り込めていなかったからだ。

 如何な拘束力を持つ『制約ギアス』でも、術法式を構築した時点でその場に存在しないものに対してまで、条件付けを行うことは出来ない。

 そんなことが可能だとしたら、遠く離れた人間をノーリスクで呪い放題だ。

 

 しかし実際にはそうではない。

 案外と『制約ギアス』に対する抜け道は多いのだ。

 そして更に、もっと根本的な問題なのが――


「ぐぅ……うぅうぅうおぉおお!」 

「!」


 組みつきながらの格闘戦を拒絶する、獣の咆哮。

 そしてそれに付随して撒き散らされる瘴気の波動。

 退がらねば巻き込まれる。

 巻き込まれたならば、無傷では済まない。

 

 そう判断すると同時に、右の拳を固めていた。

 

「おぉ――ッ!」

 

 眼前で吹きあがる黒い靄へと、瞬時に練り上げた己がアトマを乗せて、拳打を叩きつける。

 

「ぬぐッ!?」


 瘴気の壁を貫きやってきたのは、確かな手応え。

 そして全身を包む虚脱感。

 

 予想外の反撃を受けたからか、ルゼアウルが大きく後退する。

 そこに追い縋ろうとするも、体に力が入らない。

 共にダメージはある。

 いや、むしろ肩と翼を『熱線』で貫かれたことを加味すれば、損耗自体はルゼアウルの方が大きい。

 

 しかしそれでも――

 

「ふぅ……いやはや、驚きましたよ」


 二本の羽角。

 右肩と右の翼。

 距離を詰めてからの連続攻撃。


 そしてたった今、俺が放った渾身の右ストレートを頬に受けて、尚。

 

「術法の起点を誤認させることで、直に攻撃術をぶつけてくるとは。完全に裏を掻かれました」

 

 ルゼアウルは、平然として戦いの場に立っていた。


「短剣を喉に受けていれば、危うかったかもしれませんね。もっともその場合、流石に喋りづらいので短剣はすぐに抜いていたので、事無きを得たやもですが」

「……そうかよ」

 

 ホッホと笑う耳木兎ミミズクの魔人に対して、俺は毒づくことすら叶わずに、やっとのことで戦闘態勢を維持していた。

 

 幾度となく浴びせた攻撃も、ルゼアウルにとっては決定的な痛手ではない。

 この戦いで勝利を勝ち取る上での、もう一つの、そして最大の問題。

 

 それはルゼアウルと俺の基本的な能力に、大きな隔たりがあるということだった。

 

「ま、フェレシーラの『浄撃』が通用していなかった時点でわかっちゃいたけどな……」

「ム? ……ああ、あの教団の聖女とやらの攻撃のことですか」


 思わず内心を吐露してしまったところに、ヤツは反応を示してきた。


「アレはアレで、それなりに効きましたよ? 貴方の攻撃術を無効化するのを優先したので、好きにやらせておきましたが……メグスェイダやムグンファーツであれば、只では済まなかったでしょうね。ターレウムも梃子摺っていたようですし」

「……化け物が」


 一連の攻防を終えて、「ホ、ホ」と笑い続けるルゼアウル。

 そこに何か気の利いた軽口で返そうとするも、口を衝いてきたのは本心からの悪態のみ。


 パワー、タフネス、そしてこちらの魂源力アトマに対する魂絶力ゼフト……それらすべての、絶対的な差。

 

 俺にとっての最大の問題点は、この耳木兎ミミズクの魔人にとっては、今回の決闘を『受けてやった』最大の理由でもあるのだろう。

 ローリスクハイリターン。

 ひっくり返しようのない地力を武器に、『制約ギアス』の術効により手間を省いた情報収集と身柄の確保を両立できる。

 

 まあ、如何にヤツが好奇心旺盛で、目の前にぶら下げられた餌に弱い手合いだとしても……

 結局はその餌自体に旨味がなければ、唐突に突きつけられた決闘なぞに応じてくる筈もない。

 

「今度は貴方から、か……」 

 

 我知らずの内に、俺は呟く。

 そうして己の掌に視線をおとせば、そこに在るのは肌がひりつくほどの熱。

 

 オーバーヒート。

 不意打ちで放った『熱線』の起点を、手元から離れた短剣に無理矢理に設定したことの反動が、不調を示していた霊銀盤に多大な負荷を及ぼした、その影響だ。

 

 どう足掻こうが、この状態で不定術法式を起動することは出来ない。

 下手をすれば、アトマを流し込んだ段階で破損しかねない。

 

「降参をば。出来れば|貴方を無駄に傷つけたくはありません」

「無駄に、って辺りがポイントだな」

「……フラム・アルバレット。これでも私は貴方に敬意を表して言っているのですよ? これ以上の戦いが無駄であることは、わかっている筈です」


 余計なお世話でしかないその発言の揚げ足を取りにいくと、諭すような言葉が続いてきた。


「仲間を逃がす時間であればもう十分に作れたでしょう? 貴方の言う覚悟なくして、ここまで出来ないことは理解できました。ならばそちらも、勇気と無謀を履き違えないことです」 

「へっ――」


 覚悟。

 そこに触れられたことで、今度は簡単に口が開いてくれた。

 

「馬鹿いうなって。まさかこの程度の算段で、アンタに勝負なんて挑むわけがないだろ?」 

「強がりはお良しなさい……といったところで、聞く耳は持ちそうにありませんね」

「そういうこったな」


 余裕を示すルゼアウルに甘えて、俺は地に転がっていた短剣へと手を伸ばす。

 アトマの熱に炙られた刀身は青黒く変色してしまっており、未だ握り手も熱を帯びている。

 

「それじゃ正真正銘の、フラム・アルバレットからの最後の一手」


 逆手に構えた刃に、力を巡らせ狙いを定め――

 

「受けてもらうぜ、『砂閣』のルゼアウルさんよ!」


 俺は全力で以て、勝ちを掴みにいった。



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