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【ボーイミーツガール & ハイファンタジー!】君を探して 白羽根の聖女と封じの炎  作者: 芋つき蛮族
十二章

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413. 此処より其処へ

 躱せども躱せども、地に薄墨の如き足跡を残す、瘴気の残滓。

 意識的に身に纏わせたアトマの護りなくば、そこに踏み入ること自体が、立派な自傷行為といえるだろう。

 

 直撃すれば外傷もなしに生命力を奪われ、激しい虚脱感や眩暈等の不調を引き起こすそれは、ある種の毒素染みた負のエネルギーであり、場合によっては死に至る『奈落の大気』だともいわれている。

 

「く……!」

 

 加えてそこに飛来してくる、羽弾の群れ。

 ルゼアウルの翼が動くたびに散発的に繰り出されるそれは、その羽毛をすり減らすわけでもなく、突如として虚空に生み出されては閃き、こちらに向けて殺到してきている。

 

 たった二つの攻撃手段だというのに、付け入る隙がどんどんと削られているのが困りものだ。

 特に厄介なのが、瘴気の波動だ。

 残存性が高く撃ち込まれた地点に留まり続ける性質を持つ為、回避のすればお終い、というわけではないのが性質が悪い。

 

 一射ごとに直径1mほどの規模でしか発生しておらず、また、ゆっくりとではあるが消滅しているので、さすがに周囲一帯を埋め尽くすような事態には陥らないが……

 それでも間近に障壁のように撃ち出されでもすれば、接近戦を挑む際は無傷というわけにもいかないだろう。

 

「いい加減、弾切れなりしろってんだよ……!」

 

 もう一歩でルゼアウルに肉薄出来る、というタイミングでやってくるそれらの攻撃を前にして、俺は思わず悪態を吐いてしまう。

 そうしながらも後退を行うと、入れ替わるようにして地へと羽弾が突き立った。

 

「やはり、妙ですね」


 僅かな間を置き、ルゼアウルが口を開いてくる。

 耳木兎ミミズクのそれを想起させる外見からも、その立ち振る舞いからも、如何にも接近戦よりは遠距離戦への適性を有していそうな魔人ではあるが……

 

 どうやら始終優位に立ち続けているこの状況に慢心せず、疑問を抱いているようだ。

 

「妙ってなにがだよ」

 

 絶好の息を整えるチャンスということもあり、こちらもそれに応じておく。

 するとルゼアウルが、自ら一歩だけ、間合いを詰めてきた。

 

「既に攻撃術の詠唱は終えており、その力の行使……『結』の発動を待つのみの、待機状態。撃ち込む隙を狙っているとしても、些か悠長が過ぎる。羽根を放つ際に放つなり、瘴気の密度の濃い場所を隠れ蓑にしてくるなり、如何ようにも攻め方はあると思うのですが」

「いやまあ、それも考えたけどな」

 

 ばさりと両翼を羽ばたかせて問うてきた標的に、俺は内心、舌を巻きながら言葉を返す。

 

「こっちは誰かさんのお陰で連戦続き。出張って来て欲しくもない、ワケのわからない鷲兜に体を乗っ取られるわ、街に撤退してる最中にまた団体さんでやって来られるわで、ぶっちゃけ余裕もないからな」

 

 きっちりと本心を交えつつ左の拳を握りしめると、手甲に仕込まれた霊銀盤が微かな異音を立てているのがわかった。


 フェレシーラより貸し与えられた、不定術法式の起動を可能とする特殊な霊銀盤。

 ここまで俺を支えてくれた、魔術士の真似事が出来るまでに押し上げてくれたそれが、ここにきて限界を迎えようとしている。

 

 まあ、言いたくはなかったが……それは無理もない、仕方のない話だった。

 

「そうだな。ここは敢えて言っておくか」

 

 右手には蒼鉄の刃を携えて、左手には魔術の熱を握りしめて、その事実を告げてゆく。

 

「俺は術具のサポート抜きじゃ、まともに術法なんて扱えなかった身だ。いわゆる術法的不能者ったヤツさ」

「それは……影人に持ち帰らせた情報からも把握はしていました。その割に術具の扱いは見事なので、首を捻るところではありましたがね」

「まったくだな」


 言いつつ本当に首を捻ってきた耳木兎ミミズクの魔人に、思わず苦笑してしまう。

 そんな答えが返ってくる辺り、やはり彼はこちらに対してあれこれと探り続けていたのだろう。


 ともあれ、これは覚えている限りの話ではあったが……

 生まれ育った『隠者の塔』にいた頃は、俺は一度足りとて魔術や神術といった『己の体一つで完結可能な』術法を成功させた経験がなかった。

 

 しかしその反面、術具や陣術といった『起承結』の術法構成のうち、『起』以外の要素。

 つまりは術法のエネルギー源たるアトマの供給以外を、体外で担えるものであれば……

 その術効機能・制御難度に関わらず、思うまま望むままに扱える、という結果も示していた。

 

 もっともそれ自体は、『術具や陣術はアトマを流して、固定の効果を発揮するだけのもの』という認識の元、必要なアトマさえあれば出来て当たり前、という認識だったのだが。

 

「なんにせよ、だ」


 そんな俺に、憧れに過ぎなかった魔術の発露を齎してくれたこの霊銀盤には、感謝の念しか抱いてはいない。

 フェレシーラがいうにはとても貴重な代物で、術具の扱いには一家言ある俺にさえ、彼女はこの霊銀盤に手を加えることは元より、メンテナンスの許可さえも与えてはくれなかった。

 

 正直、隠れてこっそりと構造を調べてみようだとか、暇があれば整備してみようだとか、頭の片隅を過ぎらなかったわけではない。

 だがしかし、結局はそうすることもなく……当然の帰結として、この不可思議な術具は不調を示してきている。

 

「俺の勘では、もってあと1回。負荷の大きい術法を用いれば、コイツはオーバーヒートして使い物にならなくなるだろうな。そうなれば二度とその力を頼りにすることは出来なくなるかもだし……下手すりゃこの『熱線』の起動に耐えられずに、暴発する可能性もある」

「それはそれは……こう言ってはなんですが、口になさらないほうが良かったのでは?」

「理屈の上ではそうだな。でもこれは、覚悟の話さ」

「ふむ。理解し難いですね。まあ話半分ぐらいに聞いておきましょう。引っ掛けられても困りますので」


 言って更に半歩だけ、ルゼアウルが前に進み出てくる。

 明らかな誘い、返しの札を握っての行動だ。

 

 それが罠であるにせよ、好奇心や慢心からのものにせよ……

 どちらにせよ、ここは勝負に打ってでるしかない。

 

 維持した『熱線』も無制限にキープ出来るわけでもない。

 もしも可能だとしても、それこそ霊銀盤にかかる負荷は時間と共に増してゆくだけだ。

 それはルゼアウルにもわかっているだろう。

 

 もし彼が把握していないことで、利用出来るものがあるとすれば――


「!」


 思考の最中、一直線に羽弾が放たれてきた。

 数は三つ。

 寸でのところで身を捻りそれを躱そうとするも、そのうちの一本は避け切れずに二の腕にもらってしまう。

 

「あっ、つ……!」


 予想外の一刺し。 

 それまで予備動作として見せていた、羽ばたきは伴ってなかった。

 

「いけませんね」

 

 痛みに動きを鈍らせたこちらに対して、今度こそルゼアウルが羽ばたきを打つ。

 直後そこに現れたのは、十を超える羽弾。

 

 それらを一種の攻撃術として捉えれば、先の三本が無詠唱。

 そして今、俺の眼前に展開されたものこそが、詠唱付きの全力攻撃、といったところだろう。

 

「何事も、確証もなしに決めつけるのは!」

 

 ルゼアウルの戦意が膨れ上がる。

 恐らくはこちらの四肢を射抜くべくして生み出された、一刺しの群れ。

 

 そこに俺は、素早く右の一振りを繰り出していた。

 

「シィ――ッ!」

 

 鋭く呼気を吐き出してアンダースロー。

 掌中にて炸裂させたアトマによる後押しも加わり、こちらの掌より蒼鉄の短剣が撃ち出される。

 

「ぬ、ぐッ!?」


 槍の如く薄闇を突き進んだそれは、しかし羽弾の一つを掠め落としたことにより軌道に狂いが生じたのか、惜しくも耳木兎ミミズクの魔人の首筋を逸れ、その右肩口に突き立っていた。

 

「小細工を!」


 その叫びと共に、残る九つの羽弾が解き放たれる。

短剣によるダメージを意に介さない、好機を逃さんとする構えだ。

 

「起承結――」


 迫る脅威を前にして、俺は左の掌を前方に突き出す。

 あらかじめ左手の『熱線』へと注意を引きつけてからの、右の短剣による不意打ち。

 それ自体は、既に開示し終えている。

 

 そしてこちらの本命である『熱線』は、いまからルゼアウル目掛けて撃ち込んだところで、先に彼の放った羽弾がこちらの体を貫くことは、必定だった。

 

「愚かな!」


 それを知った上で、耳木兎ミミズクの魔人が翼を打つ。

 手甲に仕込まれた霊銀盤が、悲鳴をあげる。

 度重なる不定術の行使により摩耗したパーツが、更なる駄目押しの無理難題に限界を迎えかけた、その瞬間。

 

「我が内なる式よ――其処そこに、顕現けんげんせよ!」 

 

 ルゼアウルの右肩にて、煌々たる赤きアトマが火花散らして炸裂した。

 


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