412. 抑えきれぬ本質
同条件での『制約』を用いての、決闘。
それを受け入れたルゼアウルへと向けて、俺は開幕から全速力で突っ込む姿勢を見せていた。
「ホゥ――!」
そこに耳木兎の翼が翻り、無数の羽弾が撃ち込まれてくる。
まずは予測済みであったこの応撃を、進路を横へと変えてやりすごす。
薄闇のなか頭上に浮かんだ『照明』の輝きを中心に正対する、俺とルゼアウル。
互いその額の中心には、小指の先ほどの菱形の紋様――『制約』の刻印が浮かび上がっていた。
「ふむ。どうやら上手く術法式を起動させたようですね。とても初めてとは思えない腕前です。状況が許すのであれば、一度術法論について是非とも語り合いたいものですが……」
「何処かの誰かみたいなことを言うなって。言っておくけど、その刻印を『解呪』しようとしたり、強引に抑え込もうとすれば、即座に『忘我』の魔術が発動するからな」
「ホウ。それでは貴方のそちらの刻印を『解呪』すれば、私の目的は叶う、というわけですね」
「う……! それは、反則だろ!?」
「ホッホッホ。やりませんよ、そんな無粋な真似は。ただ、あれこれと術効に凝り過ぎると思わぬ落とし穴に嵌りますので。時にはシンプル抑えておくのも善いでしょう」
「策士、策に溺れる、ってか……気を付けます」
才気走る生徒を導くかのようなルゼアウルの言葉に、思わず頷きで返しつつも……
瘴気の波動に、アトマ光波。
羽弾の嵐に、不定術式。
互い、持てる札を駆使しての戦闘が進んでゆく。
現状では、ティオと息吹の撃ち合いからフェレシーラの特大『光弾』を浴びせられたこともあり、ルゼアウルの動きは精彩を欠いている感が否めない。
だがしかし、一手一手攻防を繰り広げるごとに、その挙動は鋭さを増し、じりじりとこちらを追い立て始めている。
戦闘経験の不足からくると思われた、当初の動きの粗さが嘘のようだ。
とはいえ俺はそれを、特段おかしなことだとは思わない。
そもそもルゼアウルという魔人の適正は、『荒事に不慣れで、それ以外の方面が得意』、というだけであり、頭の回転の早さや判断力といったものは十二分に備わっているであろうことは、こうして言葉を交わしていれば否が応でも理解出来る。
突発的なアクシデントや戦闘での駆け引きに弱い面はあるにしても、それを補うだけの十分な理知を備えている、といった印象だ。
その証拠に、始めはこちらのいる場所だけを狙ってきていたルゼアウルの攻撃は、俺が避けにいく方向に先回りする形で放たれている。
そうかと思えば、今度はガードに入ろうかというタイミングでは、密度と火力を増した一撃が飛んでくるのだ。
お陰でこちらは反撃を投げ打っての緊急回避に走らざるを得なくなり、結果としてルゼアウルに攻めの継続を許してしまっている。
「どうしました? 幾ら眺めに制限時間がとってあるとはいえ……時間切れでは何も得るものはありませんよ。フラム・アルバレット」
「……そうやって言葉で反撃を誘ってくるなんざ、随分と余裕だな。あんまり調子こいてると、吠え面掻く羽目になってもしらねーぞ?」
「生憎と、どれだけ不慣れでも貴方を相手に正面切って力負けするつもりはありませんので。もう先程の飛び蹴りのようなビックリ箱は、通用しませんよ」
「親切なアドバイス、どうも痛み入るね」
じりじりとこちらを追い詰め始めてきた耳木兎の魔人に向けて、俺は内心舌を巻く。
まあ、わかっていることではあった。
ルゼアウルは、高位の魔人だ。
それもおそらくは、相当に高い位階に在る実力者だ。
全ての魔人の統率者とされる、魔人王。
その王の直属である、六体の魔人将。
そしてそれ以外の兵士たる、無数の魔人。
彼ら魔人の区分は、知られている限りでは非常に単純明快だ。
だがしかし、その大雑把な区分けは魔人たちが自らそうである、と宣言したわけではない。
飽くまでそれは、積み重ねてきた観測と研究、そしてそこから生み出された推論から、人類種が立てた「こうであるに違いない」という区分けに過ぎないと、俺は思っている。
そうした定説から離れて見た場合。
俺がもしもルゼアウルであれば、今回彼が取った気紛れや酔狂の類にしか思えぬ行動にも、納得することが出来た。
何故、あのまま俺を捕縛しこの場を去れば良かった筈のルゼアウルが、わざわざ『制約』等というデメリットとしかない代物を受け入れてまで、決闘に応じてきたのか。
答えはきっととてもシンプルだ。
高位魔人としての彼の矜持。
小賢しい策を弄してきた人間に対する興味。
そして『制約』という使い勝手が悪すぎて滅多に扱う機会もない術法の活用法と組み合わさり……
彼をその気にさせたのであろうと、俺は感じていた。
要は、『大口を叩くからには、どの程度の物か確かめてやろう』、といった心境だろう。
大人が子供を試してやるのと、そう変わりもしない。
そしてそれは、ルゼアウルが別に慢心しているわけでもなれば、油断しているわけでもない。
本当に、この耳木兎の魔人と俺の間には、大人と子供ほどの差があるのだ。
そうでなければ、如何な理屈・仕掛けがあったところで、こちらのフルパワーの『熱線崩撃』が霞の如く掻き消されるなど、有り得ない。
おそらくあれは、ルゼアウルが備えていた羽角を一種強力な『解呪』の術効を持つ術具のように用いることで、術法式によって生み出された『特定の事象を引き起こす力』を霧散させているに違いない。
その推測が正しいかどうかは、また別の話だとしても。
なんにせよルゼアウルがやっていることは、とんでもない出鱈目な芸当だ。
しかし如何に出鱈目に見えるとはいえ、そこに彼自身の力量――即ち魔人の力であるゼフトの強度や総量が影響を及ぼしていると考えるのが、物の道理というもの。
アトマを持つ者のように『探知』で以てそれを測れずとも、力の差は歴然だった。
「どうやら貴方は、正規の術法を用いる為に一度体外に術法式を展開する必要があるようですね。そうでなければ、正規のものより劣る術法しか扱えない。違いますか?」
……なんてことを考えていたら、ルゼアウルがこちらの術法的不能に起因する弱点を指摘してきた。
「沈黙は肯定と仮定しますよ。それだけみればアトマ関連の障害でしょうが……しかしその不完全な術法の行使に併せて、ほぼタイムラグなしにアトマそのものを光の刃として撃ち出してきてもいる」
「いやいや……戦闘中によく喋るな、アンタ!」
「これは失敬。どうにも性分、性質というやつですね。ふーむ……やはり、アトマの並列起動とでも呼ぶべき挙動を苦も無くこなしていますね。大変、興味深いです」
「そりゃお気に召したようで、どうも……っとぉ!」
ついには会話の最中に曲線を描いて飛来し始めた羽弾に対して、俺は前方へと体を投げ出しつつ、ルゼアウルとの距離を強引に詰めにかかる。
瘴気の波動、ないし他の手段で迎撃される可能性が高い選択だが、四の五のといっていられる状況ではない。
時を重ねるごとに、手の内を晒すごとに、この耳木兎の魔人はこちらを攻め立てつつも、丸裸にしようと観察を続けている。
その対象が、俺の戦闘面に向いている内はまだいい、と言いたいところだが……
「おや、来ますか。もう少し様子をみたくはありましたが、仕掛けてくるのであれば仕方もありませんね」
「そりゃあ、その為にこんな博打を仕出かしているんでな!」
だがしかし、悲しいかな。
そろそろ俺の手札は晒し尽くす形となってしまっている。
形勢としては決して良いとはいえぬ状況だ。
ならばこれ以上時間をかけたところで、こちらが不利となるのは自明の理。
「原初の灯火、火の源流。導く軌跡にて、我は戻り逝く……」
「ホ。リスクを承知で距離を詰めてきたかと思えば、また『熱線』ですか。なんとも芸がない、と言いたいところですが――」
琥珀色の瞳をスゥと細めて、ルゼアウルが翼を広げて迎撃の姿勢を取る。
如何にも怪しいタイミングでの『熱線』の詠唱開始。
距離を詰めたことを無為にするかのような、投射型の攻撃術の選択。
「善いでしょう。そちらの手に乗ってあげます。果たして何を見せてくれるのか……楽しみです!」
その奥にある伏せ札に手を伸ばすかの如くして、彼は己がもつ本質を……
即ち、如何なる状況下に措いても抑えきれぬ『知的好奇心』を炸裂させてきた。




