410. ギアス・オブ・デュエル
薄闇の中、突如叩きつけられた挑戦状。
「なにを言い出すかとおもえば……馬鹿馬鹿しい限りですね」
「そうか?」
それを失笑を以てあしらってきたルゼアウルに向けて、俺は巨漢の魔人ターレウムに後ろ手にされた両腕を拘束されたまま、間髪入れずに問いかけていた。
「アンタさ。しつこいほどに影人どもを使って迎賓館を攻めていたけど。あれって、偵察……いや、救出作戦のつもりだったんだろ?」
耳木兎の魔人の意識がこちらから逸れぬ内にと発した確認には、ただただ無言。
しかしこの場を離れる為の準備とやらは中断したまま、彼はその場に佇んでいた。
「そもそもがさ。俺がいた『隠者の森』に放っていた影人だってそうだった筈だ。あそこにいた影人が、俺を見て『ワガキミ』ってカタコトで言ってたからな。あの時点で、アンタのいう我が君とやらを……この体を操っていた筈の主を探していたんだろ?」
ここまでに拾い集めていた情報の断片を、ルゼアウルの立場に立ち、予想してゆく。
徘徊ではなく、捜索。
襲撃ではなく、救出。
初めて影人と出くわした際の出来事と、今回の迎賓館の襲撃。
「続けなさい」
肯定も否定も含まぬその促しを受けて、俺は後を続けた。
「アンタの想定では……その我が君とやらは、人間たちに捕まり、囚われている筈だったんだろ。もしくはなにかしらの理由……そうだな。記憶喪失や独自の考えがあって、人間たちと共に行動していたか。なんにせよ、俺という人間が影人と戦っているとは思ってもいなかった筈だ」
フラム・アルバレットという人間。
その存在自体が、魔人ルゼアウルにとっての想定外。
予期しえなかったイレギュラーだとすれば……
「そう考えると、色々と納得がいくんだよな。勿論、全部とはいえないけどさ」
「もし」
独白染みたその言葉には、はっきりとした区切りで以て問いが返されてきた。
「もしも貴方のいうとおりだとして。それとこれと、決闘云々がどう繋がるというのですか。先の見えない話し方はおよしなさい」
「そうだな。これは受け売りなんだけどさ。アンタ、もう既にかなりのリソースを……手間や戦力を、今回の一件で吐き出しているだろ? 特にあの『爆炎』の術法式を搭載した馬鹿デカい影人は、かなり無理をしたはずだ」
「それは……」
「おっと、まだあっただろう? 『虚蛇』メグスェイダ・フォルオーンに、『岩弾』ムグンファーツ・ギルベスタ。魔人も二人投入しておきながら、共に撃破されている。ま、どれだけ軽くみても大打撃、ってとこだな」
続くこちらの断定に、琥珀色の瞳が大きく見開かれる。
「何故、貴方があの者たちの名を……」
茫然と呟くルゼアウルに、俺は口端に『ようやく本格的に喰いついてきた』と喜びを添えて、再び不敵に笑ってみせた。
それが彼の好奇心を刺激したのだろうか。
「メグスェイダはともかく、ムグンファーツは人語を喋れぬ筈。一体、どんな手を使ったのですか。答えなさい、フラム・アルバレット」
「悪いが、そこは秘密だな。知りたければ勝負を受けて勝ち取ればいい。洗い浚い、知ってることを話すぜ。それが俺の賭け金だ」
「むぅ……」
ここに来て、ルゼアウルがはっきりと迷う様子を見せてきた。
そうだろう、と俺は思う。
これはティオからの受け売りだが……
これまでの動向から予想するに、ルゼアウルが率いる魔人、並びに影人の軍勢はかなりの損耗を強いられてしまっている。
それは彼の想定上では救出対象であった筈の主が不在であり、且つ、俺という人間として敵対状態にあったことが、一番の誤算だっただろう。
そして同時に、殆ど確定ともいえる推測がもう一つ。
それはルゼアウルが『我が君』とやらが俺の体を支配し、彼の上に座するということを、至上の目的としているのであろう、という事だ。
「要はアンタにとってはさ。その我が君とやらが無事にこの身体を支配さえ出来れば……幾ら損失を出したって、どれだけ仲間を失ったって、何の問題にもならないんだろ?」
「……何故、そう思うのです」
「ああ、そこは別に理屈で言ってるんじゃない。単にアンタを見ていて、そう思っただけさ」
「勘という奴ですか。不可解ですが、馬鹿に出来ないものですね」
ふう、とルゼアウルが深い溜息を吐いてきた。
「たしかに貴方のいう通り、我が君の帰還は私の宿願、誓いです。その為には、喜んで全てを捨て去る覚悟はあります。ですが、いまはまだその時ではない。願いは叶うと希望を抱いた時こそ、無情に遠退くものです。決して油断はしません。全ては主が為に」
静かに、しかし途切れることなく語るその姿の奥に、俺は一瞬、彼の歩んできた苦難の道を幻視する。
そこに同情の念は抱けない。
あるのはただ、こちらはこちらで道を拓かねばならないという思いだけだ。
「ならアンタは尚の事、この決闘を受けるべきだ」
「それは……貴方の持つ情報に、それだけの価値があるということですか」
「そうだ。このまま俺を連れ去ったところで、そう簡単に我が君とやらには逢えない……いや、そもそもこの身体に、そいつがいるかどうかもわからない。だからアンタには、俺の協力が必要不可欠な筈だ」
ここでいう、俺の持つ情報とは実のところ、これといって存在しない。
しかしルゼアウルほどの者であれば、俺はこれまで生きてきた中の出来事を耳にしただけで、『我が君』との接点を見出してくる可能性は非常に高い。
術理とは、情報の集合体だ。
取るに足らぬ日常の断片から、大いなる奇跡が顕現することもあれば、完璧に思えた理論がただ一つの不足により、毛一本を揺らす風すら生み出さぬこともある。
彼のいう『我が君』が俺の体に取りつき操るための、情報はあって損はない。
その事実を突きつけられて、ルゼアウルが迷いを振り払うようにして首を横に振ってきた。
「別にそんなことをせずとも、術法で貴方の記憶や意識を操れば良いでしょう」
「そんな事が、可能だとおもうか?」
「――」
間髪入れずのその指摘に、今度こそ耳木兎の魔人が固まる。
無論、手間と時間を惜しまねば、ルゼアウルのいうやり方でもなにかしらの成果はあがるだろう。
が、それでは遅い。
そしてなにより、不確定だ。
これからの成果を考慮するのであれば……
コイツにとって俺の持つ情報は、喉から手が出るほど貴重なものだ。
しかも今はそこに『何故、配下の魔人の情報まで知り得たのか?』という疑問が、こちらの情報に箔をつけてくれている状態だ。
だから俺は、このままゴリ押す。
ここが勝負どころ、賭け時があるが故に強気で押し通す。
「例えアンタが傷を癒して、万全の状態だったとしても。俺は強引な情報の引き出しには全力で抵抗するぞ。白羽根神殿従士フェレシーラ・シェットフレンお墨付きのアトマで死ぬ気で抵抗してみせる。他の方法にしたってそうだ。誰がいいように、得体の知れない相手に自分の体を奪わせるの協力するかってんだ」
「なるほど。それで決闘を受けろと。しかし私が勝ったところで、貴方が約定を守るという保証がない」
「あるさ。保証ならな」
遂には約束の保証まで口にしてきたルゼアウルに、俺は拘束された腕を捻り断言する。
そこにあるのは、合皮の手甲に仕込まれた霊銀盤。
「今から俺は、自分自身に『忘我』の『制約』をかける」
今度こそ、俺の眼前で耳木兎の魔人が驚愕の表情となったのが、はっきりとわかった。
掟破りの術者自身への『制約』の行使――
「指定する内容は『決闘に敗北した際の術効の発動』と『自己解呪不可』の制約。これが俺の用意する保証だ。ま、当然アンタにも同じものを受け入れてもらうがな」
その条件を前にして、最早ルゼアウルに首を横に振るという選択肢は残されていないようだった。




