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【ボーイミーツガール & ハイファンタジー!】君を探して 白羽根の聖女と封じの炎  作者: 芋つき蛮族
十二章

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409. 伝えるべきは、その狙いなり

 がくりと膝から地に崩れ落ちたところで、後ろから両腕を掴まれた。

 

「うごくな。おまえ、ちいさい。うで、もげる」 


 そう言いながら巨大な指先でもって、こちらの左腕を摘まむようにして持ち上げたのは、ターレウム。

 フェレシーラの猛撃を耐え凌いだ剛の者だけあり、戦斧の振り下ろしの隙をついての渾身のゼロ距離アトマ光波の直撃で以てしても、俺はコイツに対して致命打を与えることは出来なかった。

 

 しかしまあ、俺を拘束する力加減は見事なもので、がっちりと保持していながらも痛み自体はそう大したことはない。


「なにか隠し玉でもあるのかと思いきや。なんとも拍子抜けでしたね。これならば、あの鎖使いの方が余程手応えがありました」


 右腕に五指を食い込まれて見下ろしてきたのは、ツェブラク。

 ティオの咎人の鎖(クリミナルハンガー)もかくやと言わんばかりに伸び縋る十本の爪が、シンプルながらに只管に厄介な相手だった。

 同時に操れるのは五本まで、複雑な動きをするのであれば三本が限界と見ていたが……

 一度躱したと思っても気が抜けず、じわじわと余裕を削る立ち回りと相まって、こちらはまともに反撃らしい反撃も出来ない有様だった。


 こちらも腕を掴んでくる力は大したことないが、身じろぎするだけで肌に爪が喰い込むのでわりと痛い。

 

「いやいや……か弱い少年一人にむきになりすぎだろ、アンタら。やる前から勝ちは見えてたんだから、もう少し手加減して――あだっ!?」


 取り敢えず軽口を叩いてみると、右手に衝撃がやってきた。


「そう思うのであれば、武器は早々に手放すものですよ」


 羽弾うだんにてこちらを咎めてきたのは、正面より見下ろしてきていたルゼアウルだ。


「まったく以てごもっともなアドバイスだな。それで? 首尾よく俺を捕えたわけだが……ここからどうするよ。ルゼアウルさんとやら」


 蒼鉄の短剣を弾き飛ばされ、痺れの残る右手に力を籠めつつ、俺は言った。


「そういや抵抗出来ないように、手足のニ、三本は叩き折っておくんじゃなかったのか?」

「あれは脅し文句に過ぎません。貴方がた人間は、場合によってはあっさりと痛みのショックで死に至ってしまうこともありますからね。取り扱いは要注意だと学んでいます」

「なるほど、随分とお優しいこったな。それなりに人間のことを研究している、ってわけか」

「ええ。我ら魔人は、その強さ故に人類種と相まみえるにあたり、個々の力、己が実力のみを用いるのが常ではありますが……どこにでも変わり者はいるのですよ」

「変わり者、ね」


 穏やかな口調で語る耳木兎ミミズクの魔人の魔人に、俺は唾の代わりに言葉を吐き捨て続ける。

 

「その変わり者とやらのせいで、こっちは大迷惑、こんな騒ぎになってんだ。何をどう取り繕おうが、俺からすれば結局はアンタら魔人が敵ってことに変わりはねぇ。したり顔して、『私はあんな連中とは違います』とばかりに気取ってんなよ」

「……あまりそういう風に、濫りに相手を煽るのはよくありませんよ。命までは奪うわけにはいかないのは確かですが、こちらも少なくない損失を出しているのです。そちらに何の狙いがあって、こんな自滅紛いの真似を仕出かしてきたのかは、理解出来ませんが……無駄に痛い目に遭いくなければ、自重なさい」


 勝利を確信した故の余裕か、それとも生来の性質というヤツなのだろうか。

 語るルゼアウルの佇まいは、こちらに二本の羽角を斬り落とされたにも関わらず、理性に満ちたものだった。

 

 思わず、俺は本心からの溜息をつく。

 

「なんですか、その溜息は」 

「いや……話せばわかる相手なんじゃないかってさ。そう思っただけだよ。勿論、それで済むわけがないのはわかってるけどさ」


 既にここまでやりあった相手だ。

 あちらに事情を開示されたところで、失ったものを思えば安易に受け入れることなど出来ないのは百も承知。

 そう思いながらも返答を行うと、琥珀色の瞳がこちらをじっと覗き込んできた。

 

 種族柄、容姿の関係もあり、それで向こうが何を考えているのか、表情から読み取ることは出来ない。

 が、逆にいえばそれは俺があちらの感情を知り違っている、という証左でもあるのだろう。

 

「なんだよ、アンタこそ」

「いえ……もしや私たちは試しておいでなのでは、と思ってしまいまして」

「……?」


 不意に意味不明なことを言い出されてつい首を傾げそうになるも、その直前、俺は「ああ」と呟き、耳木兎ミミズクの魔人が言わんとすることを理解した。

 

「あれか。アンタのいう『我が君』ってヤツが、フラム・アルバレットのふりをして、こんな真似をしてるんじゃないのかって……そう思ったって話か」

「――名答です」


 こちらが発した、大雑把にも程がある推測の言葉。

 それに対してルゼアウルは、何処か懐かしむような響きで以て答えを寄越してきた。

 

「その答えが欲しいっていうんなら、まずはその『我が君』ってヤツについて詳しく教えてもらわないとな。どうせここで俺がそいつのふりをしたところで、すぐに尻尾が出ちまうし」

「残念ながらそれは出来ません。なので今の言葉は忘れて構いません。どの道、我が君がその体を支配すればすぐにわかることですので」

「アンタにとっては、それが全て、ってことか」


 その問いかけに対する答えはない。


「なんにせよだ。アンタが期待してるのが、実は俺が魔人のお仲間、ってオチならさ。俺はこの通り、立派なアトマ持ちだ。悪いがご期待に添えないな」


 これに対するリアクションもなし。

 というかルゼアウル自身、わかっていてもつい口にしてしまった、というところだろう。


 まあ、この魔人にどんな事情があるのは知らないが……

 一つ確定したのは、やはりコイツは『こちらの命まではとれない』ということだった。


 とはいえ、それで安心は出来ない。

 どうやら肉体的に痛めつけることは、デメリットを考慮して避けているようだが、それ故に余計に、術法ないし、それに準ずる異能でこちらを昏倒させたり拘束してくる可能性が大きくなる。

 そしてそうした手段に及ばずとも、『飛翔』などの術効でコイツらの活動拠点に連れ攫われてしまう危険性も高い。

 というか、この状況であればそうするのが普通だろう。

 

 なので、俺が粘れるとしたらそこまでだ。

 出来る限るの情報は引き出しておきたいところだが、それを無事に持ち帰れなければ何の意味もない。

 

 思考を回すその最中、ルゼアウルが視線をこちらから外してきた。 

 

「ツェブラク。ここはターレウムに任せて、貴方はしばし周囲の警戒を。私は撤収の準備に取り掛かります」

「は? し、しかしそれでは、万が一こやつめが何か企んでいた際に、貴方様をお守りすることが……」

「企んでいるやもしれぬ、からこそですよ。どうもこの者の行動と、余裕が気にかかります。この場に全員の注意を引きつけていること自体、術中に嵌っているのかもしれません」


 その言葉を耳にして、俺は無言でルゼアウルを睨みつける。

 その視線に気付いたのか、耳木兎ミミズクの魔人が我が意を得たり、とばかりに目を細めてきた。

 

「やはり侮れませんね。お行きなさい、ツェブラク。怪しいものがいれば迷わず始末して構いません。手に余るようであれば合流を」

「ハッ……! ターレウム、この場は任せるぞ」

「あい。まかせろ。つぇぶらく、おれ、たよりしてる」


 手早いやり取りを経て、ローブの魔人がその場を駆け去り、赤銅の魔人が俺の両腕を拘束する。

 ルゼアウルはといえば、独り瞼を伏して精神を集中させ始めている。

 察するに、ヤツのいうところの撤収の準備に移るための、瞑想に入ろうとしているのだ。

 

 ここでこいつの集中を乱すことが出来れば、時間を稼ぐことは可能だろう。

 しかしそれを敢えて一度は捨て置き、俺もまた、思考の渦の中へと意識を飛び込ませる。

 

 少なくない損失。

 この場に全員。

 周囲への警戒。

 

 メグスェイダが口にしていた、鉄巨人の存在。

 

「主なき忠臣、ルゼアウル。アンタに決闘を申し込む」

 

 それらのキーワードを念頭に再び口を開くと、耳木兎ミミズクの魔人がぴくりと肩を揺らしてきた。

 当然、その言葉だけで彼の瞑想は解かれない。

 

 だがしかし、ルゼアウルの意識はこちらに向いている。

 横から口出しをしてきそうなヤツも、いまは不在だ。

 

 一つの一つ、言葉をはっきりと。

 これこそがこちらが単身・・この場に残った目的、ルゼアウルが気にかけていた『正解』であるという事実を、確実に伝えきることだけに専心して――

 

「そちらが勝てば、今後はどんなことがあって俺はどんな要求にも従おう。隠している(・・・・・)ことも全て話す。こちらが勝てば、その逆だけどな」

 

 俺は驚きに見開かれた琥珀色の瞳に向けて、ニヤリと笑みを浮かべてみせた。

 


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